――だけど、この聞き覚えのある声は、お祖母様だわ。
「誰だ、お前」
「どなたですの?」
アオ君が知らないのは当然として、シュシュもまた、カサンドラが「お祖母様は亡くなった」と聞かされた後に屋敷へ来たのだから、会ったことはない。
「見ない顔だね。カサンドラのお友達かい?」
(お祖母様……まさか。別荘をカサンドラに奪われたと思って、お墓から出てきたのかしら?)
『人の屋敷に勝手に住むなぁ……』
ーーそんな理由だとしたら、恐ろしすぎる。
「こちら、仲間のアオと、メイドのシュシュですわ。ご、ごめんなさい、お祖母様……決して無断で別荘を使っているわけではなくて。お母様から正式に譲り受けたのです」
「そうかい、マーラが譲ったのかい。――けれど、カサンドラは皇太子殿下の婚約者だっただろ? どうして王都を離れ、こんな辺鄙な土地にいるんだい?」
アサルト皇太子殿下の婚約者……。
「それが、お祖母様。実はひと月以上前に、私……アサルト殿下に婚約を破棄されましたの。次の婚約者には、妹のシャリィが選ばれる予定ですわ」
「なに……? 優秀なカサンドラが婚約破棄だと? だがこの縁談は、国王陛下が直々に決めたと聞いていた……そんな簡単に、破棄できるものなのかい?」
お祖母様の声には、わずかに怒気がにじんでいた。
自分のために怒ってくれる。それだけで、カサンドラは嬉しかった。けれど、まだ怖くて、シュシュとアオ君の背に隠れたままだった。
「大丈夫だ、ドラ」
「ええ、ご安心くださいませ」
「ふふ……カサンドラは、まだ幽霊が怖いのかい。そういえば、昔はよく、怖がるお前をからかって、怖い話ばかり聞かせたっけね」
――怖い話?
「そ、そうですわ。お祖母様の魔法のお話はとても面白かったのですが……夜な夜なトイレから手が生えるとか、窓の外に亡霊が立っているとか、真夜中に天井に黒い影が這うとか……。あの頃の私には、あまりに怖すぎて……しばらく一人で眠れなくなりましたの」
だから今でも、幽霊は怖い。
けれど、それよりも――ギロチンのほうが、ずっと恐ろしい。
(でも……もし本当に、お祖母様とまた会えるのなら)
幽霊でも、嬉しい。たくさんのお話を、また聞かせてほしい。そう思ったとき、カサンドラの震えは静かに止まった。
「おや、少し落ち着いたようだね? ところで、カサンドラは今、十八歳だったかい? 最後に会ってからもう十年以上になる。……顔を見せておくれ」
「はい、お祖母様……ごきげんよう」
そっと二人の背から顔を覗かせて挨拶すると――目の前に立つ幽霊のお祖母様は、まるで生きているかのように、健康的な肌色で、活き活きとしていた。
――こんな、生気に満ちた幽霊がいるのかしら?
何よりも驚いたのは、十年以上前に会ったはずのお祖母様が、あの頃よりも若く見えるということ。
「……え、うそ」
カサンドラは、次の恐怖に耐えきれず、シュシュとアオ君の手をぎゅっと握った。
「どうした、ドラ?」
「どうなされたのですか、ドラお嬢様?」
「お、お祖母様が……マーラお母様と同じくらい……いいえ、それよりも若く見えるのです」
「「えぇっ!!」」
カサンドラの衝撃の言葉に、アオ君とシュシュも、驚きを隠せない。そのカサンドラ達を見たお祖母様の口元がこうを描く。
「ふふ、そうかい。わたしの見た目が若いか。そりゃあ、そうだろうね。――まあ、この話はエントランスで立ち話することじゃない。奥の食堂で、食事をしながら話そうじゃないか」
お祖母様はそう言うと、くるりと踵を返して、食堂へと歩いていった。
その後を、カサンドラ達は何とも言えぬ、気持ちを抱えながら追った。