妹、シャリィからの手紙の続きには、こうとも書いてあった。
「近々、カサンドラお姉様にお似合いのドレスを選んで、別荘に送りますわ」
普通なら嬉しいはず。でも私は――その一文に、背筋が凍る思いをした。
(……シャリィの選ぶドレスって、正直言って恐怖しか感じませんわ)
毒のこともあるけれど、それ以上にシャリィのセンスが問題だった。流行から何年も遅れたリボンだらけのゴテゴテドレスか。胸元が深く開いた、娼館スタイルの過激ドレスを選ぶ。
――どちらも、正装の舞踏会にはとても着ていけない、代物だった。
けれど。今、カサンドラが持っている数着のドレスは、サイズの合わないものばかり。しかも、今回の招待状は皇太子殿下から送られたもの、断るわけにはいかない。
「……こうなったら、シャリィが送ってくるドレスを着て、堂々と舞踏会に出て差し上げますわ。フフッ……たくさんのリボンがついた流行遅れかしら? それとも、胸元ざっくり開いたドレスかしらね」
カサンドラのその言葉に、妹が選んだドレスを思い出した、シュシュは苦笑いを浮かべた。
⭐︎
婚約披露の招待状と、妹から贈られるドレスの話で騒いでいるうちに。お祖母様が用意してくださった、料理はすっかり冷めてしまった。
「お祖母様、せっかくのお料理が……申し訳ありません」
「いいんだよ、カサンドラ。冷めた料理はね、こうすればいいんだ」
お祖母様は、どこからか細い枝を取り出すと、指揮者のように一振り。すると、冷たくなっていた料理から、ふわりと湯気が立ち上がった。香りまで、まるで出来立てのように蘇る。
(……まあ、これって魔法?)
「お、お祖母様! 今の魔法、一体なんという魔法なのですか?」
「ん? これかい? これは私が考えた創作魔法さ」
「創作魔法? そのような魔法名、初めて聞きましたわ」
「へぇ、これが創作魔法……魔女様にしか使えないって、聞いたことがあるぞ。ということは……」
アオ君の目が、大きく見開かれた。
「……え、お祖母様が、ま、魔女?」
「ドラお嬢様の、お祖母様が魔女ですか⁉︎」
私とシュシュは揃って、驚きの声を上げた。そんな私たちを見て、お祖母様は口元に笑みを浮かべた。
「おやおや、タヌっころは、魔女のことをよく知っているようだね」
「タヌっころ? ……まあいいか。知ってるものにも、年に何度か、珍しい薬草採取の依頼が冒険者ギルドにあがる。その依頼の大抵は魔法使いか、魔女様からのものだからな」
「ふふ。自分で採るのは何かと面倒だからね」
「だろうな。薬草の量がとにかく多い……けど、そのぶん、依頼料がいい」
「そりゃそうさ。あれだけ払わなきゃ、誰も受けたがらないだろう?」
「ああ、確かにな」
二人のやりとりを横目に、カサンドラはシュシュと目を合わせた。
「ねぇ、シュシュ……魔女って、本当に実在するのですね。物語だけの存在かと思っていましたわ」
「私もです、ドラお嬢様」
「物語の中の魔女って、お姫様にドレスを出したり、カボチャの馬車を贈ったり、毒リンゴを作ったり……」
「毒リンゴ? ドラお嬢様、それは物語が混ざっておりますわ」
「あら、そうね」
二人で笑い合っていると、お祖母様も楽しそうに肩をすくめた。
「ハハハ、私が魔女だと知ったら、怖がりのカサンドラに、怖がられるかと思っていたけど……安心したよ。しばらく、この別荘に厄介になるね」
「えぇ、もともとはお祖母様の別荘です。いくらでも、いてください。あ、でも。私とシュシュ、アオ君とで、全ての部屋を使っていまして……」
「カサンドラ、それは心配いらないよ。自分でなんとかする。さあ、料理が冷めないうちに、食べようか」
「はい。アオ君、シュシュ、いただきましょう!」
「おう、いただきます!」
「はい、いただきます」
皇太子殿下からの婚約披露の招待状も、妹の毒ドレスも衝撃だったけれど。一番驚いたのは、お祖母様が魔女だったことだった。
そして、楽しい食事の途中、お祖母様がふと思い出したように言った。
「そうだ、私がここにいる間に、ドラには毒の種類を教えておこう。自分の身は、自分で守るんだよ」
「お祖母様が教えてくださるの? とても嬉しいです……けれど。明日は、早朝から隣国へ行くんです」
「隣国? そうなのかい」
「あ、悪い。ドラ、オレは一人だけでも行けるけど」
アオ君が申し訳なさそうに呟くと、カサンドラはしっかり首を振った。
「いいえ。アオ君だけに行かせるわけにはいきません。チロとスズさんに、みんなで伺うとお約束しましたの。それに、チロのお母様の病気を、一刻も早く治さないといけませんわ!」
「そうですよ。みんなで助けて、またあの美味しい、パンを食べるんです!」
シュシュの目がきらきらと輝いている。彼女はスズさんが作る、パンが相当気に入ったようだった。
「私も、あのあんこたっぷりの、パンが忘れられませんわ」
「ドラ様、私もです。絶品でしたね」
「なに? あんこ入りのパンだって? ……ふむ、私もその病とパンを見に行こうかね?」
「本当ですか、魔女様! ……あっ、いえ。ありがたい話ですが、魔女様の出張は高額だと聞いております。私たちでは、とても……」
「そうなのですか?」
「あぁ、魔女様を呼べるのは王族、貴族、大金持ちの商人だけ。平民は自力で薬草を探して、自分達で治すしかないんだ」
そのアオ君の言葉に、お祖母様が箸を置いた。
「……タヌっころの言うとおり、魔女の治療費は高い。だけど、私も鬼じゃないからね。孫の仲間からは取らないよ。今回は……そのパン屋の、あんパンが食べたくなっただけさ」
「いいんですか? それはありがたい……魔女様、ありがとうございます」
アオ君は立ち上がり、胸に手を当ててお祖母様に深く頭を下げた。