チロちゃんは泣き止み、ようやく笑顔を見せてくれた。
(アオ君には悪いけど、やっぱり可愛い子には笑顔が一番ね!)
カサンドラたちはチロちゃんの案内で、パン屋の開店準備を手伝っていた。そのとき、チロのお母様の診察を終えた、お祖母様と旦那のスズさんが戻ってきた。
スズさんはチロちゃんに「大切な話があるから、ママの様子を見ていてくれ」と頼む。
チロちゃんは素直に頷き、お母様のもとへ向かっていった。彼女を見送ると、カサンドラたちはパン屋のイートインスペースに移動し、テーブル席で話し合いを始める。
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「お祖母様、チロちゃんのお母様のご病気が分かったのですか?」
「ああ、分かったよ」
お祖母様が静かに語り始めた。診断によると、チロちゃんの母親は「ロンヌの花」の毒花粉による炎症を起こしていた。この毒は身体のだるさと高熱を引き起こし、放置すれば命にも関わる。
「妻は風邪ではなかったのですね……それで、魔女様、治療法は?」
「治療には『スルール』という果実が必要だ。柑橘系の果汁を飲ませれば、症状は軽くなる」
「スルールの果実?」スズが首を傾げた。「そんな名前、初めて聞きました。アオ、何か知っているか?」
アオ君は顎に手を当てて考えたあと、頷く。
「ああ、知ってる。確か西のミソギ山に実る、オレンジ色の果実だ。ただ、どの辺りに実るかは分からないな」
スルールの存在を聞いて、スズは安堵しかけたが、次の瞬間、その顔は険しいものに変わった。腕を組み、難しい表情で黙り込む。
スルールの果実は、幻の果物と言われるほど、希少だとお祖母様と話す。
「その果実を見つけたら、絞って果汁を飲ませるか、乾燥させてお茶にして飲むといい。だが、ミソギ山には瘴気が漂い、強力なモンスターが出没する場所だよ」
「では、スズさん。冒険者ギルドに依頼するのが良いのでは?」
カサンドラの言葉に、スズさんは渋い顔を浮かべた。
「ギルドに、依頼をしたいのはやまやまですが、依頼金が払えません」
「ああ、ミソギ山に行くには、最低でもレベル五十以上が必要だ。そのレベルの冒険者に依頼を出すには、多額の依頼金が必要になる。できればオレが行きたいが、レベル三十五だ……無理すれば大怪我を負うだろうな」
スズさんとアオ君の言葉に、スルールの果実を手に入れる難しさが、じわじわと胸に迫ってくる。
(だけど、チロちゃんのお母様は助けたい。依頼金が払えないのなら、)
「スズさん、アオ君、私のお願いを聞いてくださるのなら、私が金額をお支払いいたしますわ!」
スズさんの瞳が開かれる。
「カサンドラ様……それで、願いとは?」とスズが恐る恐る尋ねてきた。そのスズさんの問いに、カサンドラは胸に手を当て。
「私とシュシュの冒険レベル五に上げと、生きたスライムを見せてくださることですわ!」
と答えると、スズさんとアオ君は口を開けて固まった。
「そ、それがダメでしたら……パンの作り方を教えてくださる?」
慌てて、条件を変えようとするカサンドラに、スズさんは首を横に振った。
「いいえ。その願い、簡単すぎる願いではありませんか? 本当にそれでいいのですか?」
「ええ。私、スライムがどうしても見たいのです!」
屈託のない笑顔を浮かべるカサンドラに、スズさんは笑顔を浮かべながら、深く頭を下げた。
「わかりました。その願い、叶えさせていただきます」
「ほんとうですか。シュシュ、本物のスライムが見られるわよ」
「はい、楽しみです」
目を輝かせて、カサンドラとシュシュの姿に、スズさんとアオ君は微笑む。その側で、お祖母様はそんな様子を、優しく見守っていた。