妖精キリリに、朝採れたスルールの実を一つ手渡す。彼女は小さな手でスルールを受け取り、果実を高々と掲げた。
陽光に照らされ輝くスルールの実と共に、キラキラ舞うキリリの姿を、カサンドラは微笑を浮かべて見守った。
婚約者に婚約破棄されて、家を離れ、この別荘にメイドのシュシュと来てから。カサンドラの周りには、不思議で楽しい、出来事ばかりが起こる。
獣人のアオ君との出会い、魔女のお祖母様 そして小さな妖精のキリリ。皆が家族のように、彼女の生活を彩っている。
――私、こんなに幸せでいいのかしら?
カサンドラの心に一抹の不安がよぎる。それは、あの日、庭園で見た未来の光景。あんな、恐ろしい出来事を回避したくて逃げてきたが、それで全てが終わったわけではない。
三か月後の舞踏会――。あの場で何かが起こる。カサンドラの胸に不安がじわりと広がる。それでも、彼女は心に誓った。
みんなを守りたい。
しかし、今の自分では力が足りない。守り抜くための何かを手に入れなければ――。カサンドラは妖精キリリの踊りを見つめながら、静かにそう思った。
「ドラお嬢様、妖精さん、とても可愛らしいですね。」
「ええ、本当に。」
「妖精が住みつくなんて、滅多にないことだ。」
「みんなで守っていきましょう。」
カサンドラの声に、みんなが頷いた。大切な家族、大好きな人たち――彼らのために。
⭐︎
数日後、スルールの低木を住処にしたキリリを残し、カサンドラは慌ただしい日々を送っている。
冒険のため、カーシン国に向かう準備をしつつ、お祖母様から薬草と毒草の見分け方を学び、シュシュやアオ君と共に魔法の修練に励む。動きやすい服装を新調しながら、少しずつ戦いの準備を進めていた。
「カサンドラ、魔力が安定していないよ。」
「はい……お祖母様。」
シュシュとアオ君に比べ、カサンドラの魔力量は遥かに多い。しかし、その反面、彼女は基本的な魔法操作も、ままならない状態、
カサンドラが出来るのは水を少し出したり、小さな氷を作ったりする程度がやっとで、戦闘には程遠い。
「もうっ! どうしてパッパと魔法が使えないの!」
「ドラ、焦るなよ。二日前みたいに魔力切れを起こすぞ!」
「そうです、お嬢様……倒れる姿なんて見たくありません!」
みんなに言われて、二日前のことを思い出す。それは魔法の練習中、カサンドラの魔力が暴走し、周囲を水浸しにしてしまったのだ。
幸いら庭のスルールの低木に被害はなかったが、魔力を使い果たした彼女はその場で倒れてしまった。
「シュシュ、アオ君……ごめんなさい。」
「いいさ。ただ、ゆっくりでいいんだ。急ぐな。」
「ほんとうです、お嬢様。」
シュシュの優しい声に、カサンドラは少しだけ、気持ちを落ち着けた。
しかし、胸の焦燥感は拭えない。迫りくる舞踏会の日。繰り返し見る悪夢――断頭台の冷たい感触や、シュシュとアオ君が傷つき倒れる姿。
夜ごとその恐怖に苛まれ、誰かにそばにいてほしくて、シュシュやアオ君の部屋に、行こうとしたこともあった。
「ドラ、それはまずい。」
アオ君の真剣な言葉が耳に残る。翌日、心配したお祖母様に「タヌっころの部屋ではなく、私の部屋に来なさい」と言われた。