お祖母様の言葉に、カサンドラは首を傾げた。その表情を見て、深夜にアオ君のところへ行くことがなぜ問題なのか、理解できないという戸惑いが見える。
隣のシュシュもまた、同じように首を傾げていた。
「お祖母様、アオ君は家族ですのに、どうして行ってはいけないのですか?」
その問いに、お祖母様とアオ君は一瞬驚きの表情を浮かべる。カサンドラは王妃教育の中で、閨について学んでいるはずだった。
だが、シュシュと一緒に恋愛小説を幾冊も読んできた彼女たちにしてみれば、男女の関係はどこか現実感のない話だったらしい。
――それもそのはず。貴族にとって、恋愛よりも、政略結婚が当たり前だったのだから。幼い頃から婚約者が決められ、恋愛をすることなく、その相手と結ばれる運命。本の中で繰り広げられる恋愛模様は、彼女たちにはただの「別世界」の話に思えたのだ。
「カサンドラ、シュシュ、お前たち、もう年頃だろう? 恋の話くらいしないのかい?」
お祖母様の問いに、カサンドラが少し考え込んだ後、口を開いた。
「恋のお話ですか? 私は子どもの頃からずっと、王城で王妃教育に通っておりましたので、そのような暇がありませんでしたわ。それに、憧れていたアサルト皇太子殿下も妹をお好きでしたし……ようやく時間ができたのは、王妃教育をやめた数か月前と、今だけですわ」
シュシュも静かにうなずく。
「私も……メイドの仕事とドラお嬢様のために、ドレスの刺繍や寸法直しをしながら、毎日忙しく働いておりました。時間ができたのは、今になって初めてです」
カサンドラは子どもの頃から、婚約者であるアサルト皇太子以外を見ずに育ち、シュシュはメイドとしての仕事に明け暮れてきた。
そんな彼女たちにとって、日々の新しい体験や発見はどれも新鮮で、心が躍る出来事だった。
(私は恋愛結婚だったから……王妃教育がどんなものかは知らないけれど。メイドの仕事も側から見るだけで、朝から晩までの労働の苦労は分からない……)
「タヌっころ、ちゃんと教えないと、また今夜も来るかもしれないね」
「え、魔女様、お願いします。ドラとシュシュに教えてください」
「お前がしっかりしていればいい話だよ。それに、一緒に寝るくらいなら、構わないんじゃないかい?」
「一緒に寝るくらいって……」
アオ君の顔が一瞬にして真っ赤になる。
その理由は、カサンドラの寝巻き姿だ。彼女本人はまったく意識していないようだが、黒髪を下ろし、月光に輝くその姿はどこか神秘的で、瞳は潤み、寝巻きの薄布が肌に沿っている――それはどう見ても危うい。
「あれでは……他の男なら喜んで、襲うだろうな……」
「……ハァ」
お祖母様がため息をつきつつ、ふとカサンドラの様子に目を留める。
「そうかい。一度、カサンドラとシュシュには、わたしの知っている範囲で、しっかり教えたほうがよさそうだね。でも……カサンドラ、最近、夜あまり眠れていないみたいだね?」
「え?」
(お祖母様に気づかれていた……? 嘘をつくわけにはいかないわ)
「え、ええ……最近、夢見が悪くて眠れませんの。それで、アオ君に一緒に寝てもらおうと思ったのです」
カサンドラの正直な告白に、アオ君の表情がはっと変わる。彼女の眠りを妨げているのが、三か月後の舞踏会――それに対する不安やプレッシャーだということを、彼はようやく悟ったのだった。