「わー、お父さん広いね! 本当に部屋が3つもあるよ!」
たしか、あのときの私は新しい家に心からはしゃいでいた。
「そうだろう、そうだろう! あとで鈴と門音の部屋も作らないとな!」
「お父さん、まだ二人とも小さいんですから、寝るときはみんな一緒ですよ? それより……ここ、少しじめっとしてません?空気が悪いような……」
「そうか? 人も住んでいなかったしこんなもんだろ、まぁ、あとで除湿機でも買ってくるか」
「1つで足りるかしら……」
父と母がそんな会話をしていたのを覚えている。
私たちが引っ越した先は、ピンク色の外壁が目印のアパートだった。
そのすぐ前には大きな公園、そして公園の脇には水道施設と、長い階段の先には深い森が広がっていた。
「さーて、引っ越し記念に家族写真でも撮るか!」
「わーい! いっぱい撮ろう!」
父の提案に、私は元気いっぱいに応えた。
「はい、お父さん。このカメラでいいですか?」
「お、さすがお母さん。頼む前に準備してくれるなんて、さすが俺の嫁!」
「おだてても何も出ませんよ?」
「かどもとりゅ!」
「お父さん、お母さん、門音も写真撮りたいって!」
まだ門音は上手に話せなかったが、にこにこと嬉しそうな顔をしていた。
「よーし、みんなでとるか!」
父が三脚を立て、カメラをセットする。
「じゃあ撮るぞ! はい、チーズ!」
「ほら、早くお父さん、シャッターなっちゃいますよ!」
父が慌ててこちらに駆け寄ってきて数秒後。
——パシャ。
シャッター音が、静かに部屋に響いた。
「よし、いっぱい撮ったしこんなもんでいいだろ!仕事早く終わったらカメラ屋に行ってくるよ」
「写真楽しみですね!」
「お父さん、今日いかないの?今行こうよ!」
「鈴、今日はお父さんを休ませてくれ……明日行ってくるから」
「えぇ〜」
確か、この時の私、かなり拗ねたんだっけ?今は家でも簡単に写真をプリントできるけど、この頃はまだ、写真はカメラ屋さんで現像してもらう時代だったはず、便利な世の中になったよね。
▲▽▲▽▲
数日後。私が門音と遊んでいると、父と母の話し声が耳に入ってきた。
「母さん、これ見てくれ」
父が数枚の写真を母に手渡していた。
「これが、どうかしましたか?いい写真じゃないですか?」
そのとき、父の表情が少し険しくなっていたのを覚えている。
「写真の隅に……白い、丸いものが3つぐらい写ってないか?」
そんな父の言葉に、母はくすりと笑った。
「ふふっ、お父さん。まさか、心霊写真だと思っているんですか? これは光の加減ですよ」
「そうか……考えすぎだよな。悪い、悪い!」
私は、その写真が気になって両親に話しかける。
「え、何かいたの?もしかしてお化け?」
「違いますよ。怖がりのお父さんがお化けと勘違いしただけですよ、ほら鈴も見ます?」
「うん!」
私が頷くと、母から写真を見せてもらった。
写真を見ると確かに白い玉が3つあった。
けど、お化けを期待していた私は、正直ちょっとがっかりしていた。
「お父さん、カッコ悪い……こんなのが怖いの?」
「カッコ悪いですって、お父さん?」
いつも笑顔が絶えない母だったけど父をからかう時の母はちょっと意地悪な顔をしていた。
「ちょっと待ってくれよ、お前たち!」
さっきまで不安そうに眉をひそませていた父はいつもの明るい表情になっていた。
——今思うと、たぶん……この写真から始まっていったのだと思う。