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第4話 クローゼット

私の誕生日も終わり、月日はゆっくりと流れていった。

そんなある日、アパートの上の階に一組の家族が引っ越してきた。

女の子の名前は、えりなちゃん。

私と年が一緒で、しばらくの間は妹も交えて、3人でよく遊んでいた。


「鈴ちゃん、遊びに来たよ!」

「えりなちゃん、いらっしゃい! 今日は何して遊ぶ?」

「うーんとね、公園のブランコで遊ぼう!」

「いいよ!」

「お姉ちゃんだけずるい! 門音も遊ぶ!」


私はえりなちゃんと友達になれたのがとても嬉しくて、公園でブランコも滑り台も鉄棒も、たくさん遊んだ。

妹のおままごとにも3人で付き合って、大騒ぎだった。


玄関に出てきた母が、にこにこした顔で私たちに声をかける。


「えりなちゃん、2人のことよろしくね!」

「鈴ちゃんのお母さん、おはようございます! はい!」


えりなちゃんは、とても眩しい笑顔で答えていた。

私と同じ年なのに、なんだか“お姉さん”っぽくて、私は少しだけ拗ねていた。


公園でたっぷり遊び、気づけばお昼頃になっていた。


「ねぇ、えりなちゃん、お腹すいたね?」

「ごはんにする?」

「門音、もうお腹ぺこぺこ!」


そんな会話をしていると、アパートから母が顔を出した。


「お昼ご飯できたから、一回戻ってきなさい! あっ、えりなちゃんのお母さんにもお話しておいたから、一緒にご飯食べていかない?」


「いいの!? 食べるー!」

「やったね、えりなちゃん!」


私とえりなちゃんは大喜びだった。

4人でお昼を食べ終えると、母が私たちにこう言った。


「30分ぐらい、お買い物に行ってくるから、みんなでお留守番できる?」


「できるーっ!」


3人そろって元気に答えた。


母が出かけて少し経ったころ、私は2人にある遊びを提案した。


「ねえ、家の中でかくれんぼしない?」

「外じゃなくて、ここで?」


えりなちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「うん、隠れるところいっぱいあるから、楽しいよ。ね、門音?」

「えりなお姉ちゃん、やろうよ!」

「うん、やってみる!」


こうして、“お家かくれんぼ”が始まった。


最初は門音が鬼。えりなちゃんは、すぐに見つかり私は、浴槽の中に隠れているところを妹に発見された。


「鈴ちゃん、お風呂の中に隠れてもいいの?」

「いいんだよ、お家なんだから!」

「2人とも、よわーい!」


えりなちゃんが驚くなか、門音は誇らしげだった。


次は私が鬼の番だった。


「えりなちゃん、みーっけ!」

「見つかっちゃったか!」


えりなちゃんはソファの後ろに縮こまって隠れていた。


今になって思えば、えりなちゃんはきっと、遠慮してわかりやすい場所に隠れていたのかもしれない。


私とえりなちゃんで、門音を探し始めた。

でも……どこにもいない。


「門音ちゃん、すごいね。家の中なのに、全然見つからないね」

「ちっちゃいから、いろんなところに隠れられるんだよ!」


えりなちゃんの感心した様子に、私はちょっと悔しくて負け惜しみを言った。

それにしても、本当に見つからなかった。

15分くらい経ったころだった。


——泣き声が、聞こえた。


「鈴ちゃん、あっちの部屋から聞こえるよ。早く行かないと!」


えりなちゃんの声に、私は頷いた。


泣き声のする部屋へ向かい、クローゼットを開けると——

そこには、目を真っ赤に腫らした門音がいた。


「お姉ちゃん、ひどいよ。何回も出ようとしたのに、“出さない”って……門音を出さないようにして……」


私は驚いて、えりなちゃんと顔を見合わせた。


「門音ちゃん? 鈴ちゃんは、私と一緒にいたよ? そんなことしてないよ?」


「したよ! 女の子の声だったもん! えりなお姉ちゃんはそんなことしないから、お姉ちゃんだよ!」


「門音のことだから、クローゼットで寝ちゃって夢でも見たんでしょ?」

「寝てないもん! 起きてたよ!」


妹と私が言い合いになりそうになったそのとき、えりなちゃんが慌てて止めに入った。


「ほら、2人ともケンカしないで。門音ちゃんの好きなおままごとでもしよ?」


今まで涙を流していた門音だったけど、えりなちゃんの「おままごとでもしよ?」の一言で、すぐに笑顔になっていた。


「おままごとするー!」

「え〜、またぁ?」

「お姉ちゃんはやんなくていいよ、2人でやるから!」


結局、私は文句を言いながらも、3人でおままごとをすることになった。


少しして、母が帰ってきた。

そのあと、えりなちゃんも帰っていった。


「ただいま〜。お前たち、いい子にしてたか?」

「おかえり、お父さん! 門音は疲れて寝ちゃったよ」

「おかえりなさい、お父さん。お疲れ様です。門音は先にご飯食べさせましたから、早めに夕ご飯にしましょう」


父が帰宅し、私たちはリビングの椅子に座った。

私は、今日の出来事を父と母に話した。


「そうかそうか、家でかくれんぼしたのか。何か壊してないよな?」

「壊してないよ! すごく楽しかった!」

「お父さん、叱ってください。この子ったら、また家でかくれんぼして……」


楽しそうな父とは対照的に、母はため息をついていた。

でも、そんな空気を気にせず、私は話を続けた。


「えーっとね! 門音ったらひどいんだよ?

私がクローゼットに閉じ込めて、“出さない”って言ったって——」


そのとき。

父と母の顔が、ピクリと険しくなった。


「お父さん? お母さん? どうかしたの?」


2人はすぐに表情を取り繕った。


「なんでもないぞ? ほら、ご飯にしよう!」

「そうね。今日は鈴の好きなハンバーグですよ?」


「ハンバーグ! 食べるー!」


私は何も気にせず、ハンバーグを夢中で食べた。

そしてそのまま、眠りについた。


——深夜。

ふと目が覚めた私は、両親の会話を聞いてしまった。


「……今日の鈴の話、どう思う?」

「そうですね……少し神経質になってるのかもしれませんけど、いちどお祓い、お願いしてみますか?」


——お祓い? なにそれ?


私は、眠気をこすりながら聞き耳を立てた。


「このアパートを建てたとき、前に話しただろ?

人骨が出てきたって……」


「ええ、たしか……」


「なんか昔、この辺でコレラが流行ったらしくてさ。感染した人を砂山に埋めたって話でさ。

“コレラ山”って呼ばれてたらしくて……たぶん、このアパートもその近く。

正確に同じ場所かどうかまでは、わかんないけどな」


母の表情が固まっていた。


「お祓いの件、急いで頼めるかしら?」

「ああ。明日、連絡してみる」


私は、次第に目が重くなっていった。


——コレラって、なんだろう?


そんなことを考えながら、私は再び目を閉じた。


あれ……門音がまた、寝言言ってる……

声がちっちゃくて聞こえないや。


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