私の誕生日も終わり、月日はゆっくりと流れていった。
そんなある日、アパートの上の階に一組の家族が引っ越してきた。
女の子の名前は、えりなちゃん。
私と年が一緒で、しばらくの間は妹も交えて、3人でよく遊んでいた。
「鈴ちゃん、遊びに来たよ!」
「えりなちゃん、いらっしゃい! 今日は何して遊ぶ?」
「うーんとね、公園のブランコで遊ぼう!」
「いいよ!」
「お姉ちゃんだけずるい! 門音も遊ぶ!」
私はえりなちゃんと友達になれたのがとても嬉しくて、公園でブランコも滑り台も鉄棒も、たくさん遊んだ。
妹のおままごとにも3人で付き合って、大騒ぎだった。
玄関に出てきた母が、にこにこした顔で私たちに声をかける。
「えりなちゃん、2人のことよろしくね!」
「鈴ちゃんのお母さん、おはようございます! はい!」
えりなちゃんは、とても眩しい笑顔で答えていた。
私と同じ年なのに、なんだか“お姉さん”っぽくて、私は少しだけ拗ねていた。
公園でたっぷり遊び、気づけばお昼頃になっていた。
「ねぇ、えりなちゃん、お腹すいたね?」
「ごはんにする?」
「門音、もうお腹ぺこぺこ!」
そんな会話をしていると、アパートから母が顔を出した。
「お昼ご飯できたから、一回戻ってきなさい! あっ、えりなちゃんのお母さんにもお話しておいたから、一緒にご飯食べていかない?」
「いいの!? 食べるー!」
「やったね、えりなちゃん!」
私とえりなちゃんは大喜びだった。
4人でお昼を食べ終えると、母が私たちにこう言った。
「30分ぐらい、お買い物に行ってくるから、みんなでお留守番できる?」
「できるーっ!」
3人そろって元気に答えた。
母が出かけて少し経ったころ、私は2人にある遊びを提案した。
「ねえ、家の中でかくれんぼしない?」
「外じゃなくて、ここで?」
えりなちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「うん、隠れるところいっぱいあるから、楽しいよ。ね、門音?」
「えりなお姉ちゃん、やろうよ!」
「うん、やってみる!」
こうして、“お家かくれんぼ”が始まった。
最初は門音が鬼。えりなちゃんは、すぐに見つかり私は、浴槽の中に隠れているところを妹に発見された。
「鈴ちゃん、お風呂の中に隠れてもいいの?」
「いいんだよ、お家なんだから!」
「2人とも、よわーい!」
えりなちゃんが驚くなか、門音は誇らしげだった。
次は私が鬼の番だった。
「えりなちゃん、みーっけ!」
「見つかっちゃったか!」
えりなちゃんはソファの後ろに縮こまって隠れていた。
今になって思えば、えりなちゃんはきっと、遠慮してわかりやすい場所に隠れていたのかもしれない。
私とえりなちゃんで、門音を探し始めた。
でも……どこにもいない。
「門音ちゃん、すごいね。家の中なのに、全然見つからないね」
「ちっちゃいから、いろんなところに隠れられるんだよ!」
えりなちゃんの感心した様子に、私はちょっと悔しくて負け惜しみを言った。
それにしても、本当に見つからなかった。
15分くらい経ったころだった。
——泣き声が、聞こえた。
「鈴ちゃん、あっちの部屋から聞こえるよ。早く行かないと!」
えりなちゃんの声に、私は頷いた。
泣き声のする部屋へ向かい、クローゼットを開けると——
そこには、目を真っ赤に腫らした門音がいた。
「お姉ちゃん、ひどいよ。何回も出ようとしたのに、“出さない”って……門音を出さないようにして……」
私は驚いて、えりなちゃんと顔を見合わせた。
「門音ちゃん? 鈴ちゃんは、私と一緒にいたよ? そんなことしてないよ?」
「したよ! 女の子の声だったもん! えりなお姉ちゃんはそんなことしないから、お姉ちゃんだよ!」
「門音のことだから、クローゼットで寝ちゃって夢でも見たんでしょ?」
「寝てないもん! 起きてたよ!」
妹と私が言い合いになりそうになったそのとき、えりなちゃんが慌てて止めに入った。
「ほら、2人ともケンカしないで。門音ちゃんの好きなおままごとでもしよ?」
今まで涙を流していた門音だったけど、えりなちゃんの「おままごとでもしよ?」の一言で、すぐに笑顔になっていた。
「おままごとするー!」
「え〜、またぁ?」
「お姉ちゃんはやんなくていいよ、2人でやるから!」
結局、私は文句を言いながらも、3人でおままごとをすることになった。
少しして、母が帰ってきた。
そのあと、えりなちゃんも帰っていった。
「ただいま〜。お前たち、いい子にしてたか?」
「おかえり、お父さん! 門音は疲れて寝ちゃったよ」
「おかえりなさい、お父さん。お疲れ様です。門音は先にご飯食べさせましたから、早めに夕ご飯にしましょう」
父が帰宅し、私たちはリビングの椅子に座った。
私は、今日の出来事を父と母に話した。
「そうかそうか、家でかくれんぼしたのか。何か壊してないよな?」
「壊してないよ! すごく楽しかった!」
「お父さん、叱ってください。この子ったら、また家でかくれんぼして……」
楽しそうな父とは対照的に、母はため息をついていた。
でも、そんな空気を気にせず、私は話を続けた。
「えーっとね! 門音ったらひどいんだよ?
私がクローゼットに閉じ込めて、“出さない”って言ったって——」
そのとき。
父と母の顔が、ピクリと険しくなった。
「お父さん? お母さん? どうかしたの?」
2人はすぐに表情を取り繕った。
「なんでもないぞ? ほら、ご飯にしよう!」
「そうね。今日は鈴の好きなハンバーグですよ?」
「ハンバーグ! 食べるー!」
私は何も気にせず、ハンバーグを夢中で食べた。
そしてそのまま、眠りについた。
——深夜。
ふと目が覚めた私は、両親の会話を聞いてしまった。
「……今日の鈴の話、どう思う?」
「そうですね……少し神経質になってるのかもしれませんけど、いちどお祓い、お願いしてみますか?」
——お祓い? なにそれ?
私は、眠気をこすりながら聞き耳を立てた。
「このアパートを建てたとき、前に話しただろ?
人骨が出てきたって……」
「ええ、たしか……」
「なんか昔、この辺でコレラが流行ったらしくてさ。感染した人を砂山に埋めたって話でさ。
“コレラ山”って呼ばれてたらしくて……たぶん、このアパートもその近く。
正確に同じ場所かどうかまでは、わかんないけどな」
母の表情が固まっていた。
「お祓いの件、急いで頼めるかしら?」
「ああ。明日、連絡してみる」
私は、次第に目が重くなっていった。
——コレラって、なんだろう?
そんなことを考えながら、私は再び目を閉じた。
あれ……門音がまた、寝言言ってる……
声がちっちゃくて聞こえないや。