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第6話 忘れ物


 俺が「律」という名前で路上ライブを始めたのは先月の事だった。


 音響などもフリマアプリで中古のものを購入して何とかそろえることができたが、人々がこちらを見る目は冷たく、足を止めてくれるのはほんの数人くらいだ。


 最初は楽しかったはずなのに、ライブを重ねるごとに自信はなくなっていった。


 来週末にはライブハウスで他のミュージシャンと一緒に出演することになっているけれど、人を呼べる気が全くしない。


 もうあきらめた方がいいのかな、なんて思っていたけど、今日はなんとファンになってくれそうな人に会う事ができた。


 その人は多分同い年くらいだと思うけれど、明るい金髪でピアスをたくさんつけていてあまり身の回りにはいないタイプだった。

 でも、どこか儚げに見えるその笑顔は以前どこかで目にしたことがあるような気がする。

 いや、あんな派手な金髪にピアスだったら一度会ったら覚えているはずだしきっと気のせいだろう。


 そんなことを考えながら、ポケットから取り出した鍵で自室のドアを開ける。

マンションの三階だけどエレベーターが狭くて暗いので少し怖くて、あまり使っていない。


 部屋の隅にギターと音響を置いて一息つくと、重大なことに気付いた。


「うわ、やばい」


 思わず独り言が飛び出す。

財布などを入れていた鞄が見当たらない。どうやら置いてきてしまったようだ。


 幸いスマホはポケットの中だ。交番に電話したらいいんだろうか。

そう思ってロックを解除すると通知が届いていた。SNSのDMが届いたらしい。


差出人は「kei」


「ケイ……?」


とりあえず開いてみるとこんな内容だった。


『こんばんは、CDを買わせていただいた者です。さっきライブをされていた場所に鞄を忘れていますよ』


 さっきの金髪の人か。どうやら鞄は無事だったようでほっと息をつく。

しかし送信されたのは二十分くらい前。急いで返信しなければ。


『すみません!連絡ありがとうございます!取りに行くので預かっておいてもらえますか?』


 送ってからちょっと図々しかった気がしてメッセージを消そうかと思ったが、既読になってしまった。


『分かりました。明日持って行きます。何時頃がいいでしょう?』


『明日は特に何もないので何時でもOKです。本当すみません』


『かしこまりました。では忘れてあった場所に明日の午前10時に持って行きます。よろしくお願いします』


『ありがとうございます!』


 これで一安心だ。しかしケイ……は金髪なのに馴れ馴れしさがないというか、変に堅苦しい感じがする。まあ俺の金髪に対する偏見なのかもしれないけど。


それにしても、ケイ……か。変な偶然だな。


そう思いながらスマホを充電器につないだ。


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