その年の貴族学院の入学式は、異常な盛り上がりを見せた。
最上位貴族の公爵家の令嬢ミラが入学してくるという異例の事態だ。
ここまでなら学院内だけの話であったろう。
そこに輪をかけた前代未聞の事態が起こった。
3人の王子が入学するという話が広がり、聞きつけた庶民がその姿をひと目でも拝もうと学院の校門前に押し寄せていた。
学院内の校門の内側には、在校生たちが新入生の王子たちとお近づきになりたいと列を作って待ち受けている。
そんなことになっているとは知らない他の新入生たちは異様な盛り上がりを見せる群衆の中を通り抜けて学院内に入っていく。
「なにごとかしら?」
ミラを乗せた馬車が人々の中を通り学院内に入っていく。
馬車の中にもひときわ大きな歓声が聞こえてくる。
どうやら、
「王子を乗せた馬車なの?」
という歓声らしい。
その歓声の矛先はすぐに変わった。本当の王子たちを乗せた馬車が近づいてきたからだ。
彼らは馬車の窓から手を振っているらしい。
第1王子のアルフオルスは、知性を誇示するような表情で手を振っていた。
「これが貴族学院か…興味深い。」 第2王子のハロルドは、馬車の中から見える景色に夢中で、手を振ることも忘れている。
「あの彫像、なかなかの出来だな…」 第3王子のアレスターは、手を振りながらも目立つように豪快に笑っている。
「ハハハ!皆、楽しんでいるか?」
ミラは、王子たちが注目を集める中で自分が目立たないことを期待していた。
「これで少しは静かに過ごせるかしら…」
しかし、その期待はすぐに打ち砕かれる。
王子たちが到着するやいなや彼らの周りに群がる人々はさらに増え、学院内はますます騒がしくなった。
ミラは新しい友人たちと自然に接することができるかどうか、不安に感じ始めた。
王子たちの登場でミラの存在はすっかり目立たなくなった。
ミラはこれ幸いと馬車を降りると、コソコソと誰にも気づかれることなく学院内に入っていくことができた。
「ふぅ、なんとか騒ぎに巻き込まれずに済んだわ」
ミラは胸をなでおろした。
入学式が始まる前、ミラは他の生徒たちと歓談して過ごしていました。王子たちの周りは大変な人混みでその列からあぶれた何人かの生徒たちがミラの姿を見つけて恐る恐る近づいてきた。
「同じ新入生の方かしら?よろしくね」
とミラは気さくに声を掛けた。
「ええ、よろしくお願いします」
一人の生徒が緊張しながら応える。
別の生徒も
「ミラさんって、公爵家のご令嬢ですよね?すごいです…」
恐る恐る尋ねる。
「すごいと言われましても、私が何をしたわけでもありません。単に公爵家の娘として生まれただけです。私がすごいわけではないので、そんな緊張なさることはありません。もっと親しく接してください」
ミラは優しく微笑む。
生徒たちはその言葉に少し驚きながらも緊張が解けたように微笑んだ。その自然体で親しみやすい態度に生徒たちは次第に緊張をほぐし、打ち解けていく。
別の生徒
「王子たちの周りはすごい人混みですね。ミラさんはどうしてここに?」
「ミラ様は王子殿下とお話にならないのですか?」
生徒の一人が尋ねる。
「私はただ、みなさんとお話ししたいのです。それに人混みと騒がしい雰囲気は苦手なのです」
ミラは笑顔で答える。
「なんだと、いくら殿下といえ、そんな言い方はあんまりではないですか!」
突然の大きな声とともに騒ぎが起きていた。
ミラはその声に気づき、頭を抱えた。
「初日から何やらかしてんだ、あのバカ共は…」
騒ぎの中心には第一王子のアルフォルスがいた。
彼は腕を組んで男爵令息に冷たい目を向けていた。
「男爵令息ごときが気安く話しかけるなと言ってるんだ」
「同じ学院の生徒ではありませんか?」
男爵令息は食い下がった。
「同じ学院だと?だが、貴様とオレは同じではない!」
アルフォルスは鼻で笑った。
ミラは内心穏やかではなかった。「ああああああああっ、めんどくさっ…て、この場を収められるのは私だけか…」
心の中で叫びながらも、彼女は冷静を装って周囲を見回した。
「おまえら、ほんま、くんなっ…て、もう入学しちゃったんだよな」
ミラは内心で嘆息しつつ、目の前の騒ぎを鎮めるために動いた。
「アルフォルス殿下、何をしているのですか?」
ミラは冷静な声で問いかけた。
周囲の視線が一斉に彼女に向けられる。
「そんなところにいたのか、我が婚約者よ」
「アルフォルス殿下、私たちはまだ正式に婚約しているわけではありません」
ミラは冷静に答えながら、内心では再び面倒な事態が訪れたことに頭を抱えていた。
「それでも未来の婚約者として君の行動には関心があるのだ」
アルフォルスは笑顔で答えたが、その目は少しも譲る気配を見せなかった。
「アルフォルス殿下、ここでは皆が平等に学ぶ場所です。どうかそのようなことは控えてください」
ミラは毅然とした態度を崩さずに言った。
アルフォルスは一瞬驚いたような表情を見せたが、やがて微笑んで
「わかった。君の意見を尊重しよう」
と答えた。
そのやり取りを見ていた生徒たちは、ミラの強さと冷静さに感嘆して彼女への尊敬の念を深める。
ミラは内心
「この学院生活、本当に波乱万丈だわ」
と感じつつも、前を向いて歩み続ける決意を新たにした。
「兄上、まだ兄上が婚約者と決まったわけではありませんよ。おおっ、ミラ、今日もあなたは美しい。まさに私に最もふさわしい人だ」
第二王子のハロルド。彼はアルフオルスの言葉をさえぎり、ミラに向かって情熱的に語りかけた。
「頭、痛っ…」
ミラは内心でため息をつきながら、状況の収拾を考えていた。
もうこれ以上、この場を混乱させたくないという思いが募るばかりだった。
「ハロルド殿下、ありがとうございます。
でも、ここは学ぶ場所ですので皆と同じように過ごしましょう」
ミラはできるだけ穏やかに答える。
「そうだぜ。兄上、ミラは俺のものになるんだ。がははは」
アレスターが豪快に笑い飛ばした。
「あんたのものになんかならんって、この脳筋!」
心の中で叫びながら、ミラはあまりのばかさかげんにめまいを起こしそうだった。
少しよろめく。
「少し、疲れたようです。少し静かなところで休んできます」
ミラは微笑みを浮かべながら、その場を離れた。
彼女は静かな場所を求めて学院の庭へ向かいベンチに腰を下ろした。
「この学院生活、本当に波乱万丈だわ」
再び心の中で、少しの休息を取ることにした。