悪魔フェレスとの戦いを終えたミラは、教会の瓦礫の中に立っていた。
彼女は満足げに微笑むと、ふと自分が誘拐されたことで王都がどのような大騒ぎになっているかを想像した。
「今をときめく“聖女”と称される16歳の公爵令嬢が誘拐されれば、そりゃあ大変なことになるわよね。」
一度考えを巡らせたミラは、何事もない顔で帰ったらどんな噂が立つのかも容易に想像できた。
「……えーと、少し誤魔化しておいたほうが良さそうですわね。」
そう呟くと、ミラは教会の祭壇の前にそっと倒れ込み、気を失ったふりを始めた。無防備な姿を装いながら、ドアが開くのを待つ。
間もなく、教会の大きな扉が勢いよく開き、一人の男が現れた。
辺境伯フォルスト侯爵――王国随一の実力者であり、ミラにとって頼れる存在でもある彼だった。
「ミラ様!」
侯爵は駆け寄ると、何の躊躇もなくミラを抱き上げた。
『え、ちょっと待って、お姫様だっこ!?』
突然の出来事に、ミラは心の中で悲鳴を上げた。頬が熱くなるのを感じながらも、気を失っている設定を崩さないように努める。
「気が付きましたか、ミラ様?お怪我はありませんか?」
フォルスト侯爵の問いに、仕方なく気が付いたふりをして目を開ける。
「あの……大丈夫ですので、おろしていただけますか?」
ミラは恥ずかしさを隠しながら、そう頼んだ。
しかし、侯爵は彼女を見つめたまま微笑みを浮かべると、軽く首を振った。
「皆、貴女のことを大変心配していました。もちろん、私もです。その罰として、しばらくこのままでいてもらいます。」
「えー!?そ、そんな……!」
ミラは驚き、顔を真っ赤に染めた。お姫様だっこのままでは格好がつかないと思いながらも、侯爵の強い腕の中から抜け出すことはできなかった。
ミラは恥ずかしさに耐えながらも、無力を装うことを選んだ。
「……まあ、皆さんに心配をかけたのは事実ですから、これも罰の一つとして受け入れるしかありませんわね。」
そう自分に言い聞かせると、侯爵の腕の中で静かに身を任せた。彼の真剣な表情を見て、何かを言い返すのもためらわれたのだ。
教会の外では、騎士団や王都の人々が待ち構えているはずだ――そして彼女の帰還を見て、さらに大きな騒ぎになるに違いない。
『これ以上変な噂が広がらないといいのだけれど……。』
ミラは心の中でため息をつきながら、侯爵の胸の中で運ばれていった。
教会を出ると、外には騎士団や民衆が集まり、歓声が沸き起こった。
「ミラ様が無事だ!」
「聖女様が戻られた!」
侯爵の腕の中にいるミラは、できるだけ目立たないように俯き、赤くなった頬を隠した。
『……これ、絶対に後で何か言われるパターンですわ。』
彼女は心の中でそんなことを考えながらも、ひとまず帰ることができる安堵感に満たされていた。