誘拐事件の余波
ミラは自宅で落ち込んでいた。悪魔フェレスによる誘拐事件が原因だ。フォレスト辺境伯に助けられることで、ミラも完璧ではなく、か弱い一面があることを印象付けようとした。しかし、その計画は思わぬ方向に進んでしまった。
確かに、辺境伯の人気は急上昇した。彼の勇敢な行動は市民たちの心を掴んだ。しかし、同時にミラも完璧なヒロインでありながら、か弱い一面があるという印象を与え、「守ってあげたい」という思いを人々の中に生んでしまった。結果として、ミラの人気はさらに高まってしまった。
ミラは思い悩む
「どうしてこうなったのかしら…」
さらにミラは父親のアルスランド公爵から厳しい説教を受けた。
「ミラ、お前が誘拐されたことで周りがどれだけ心配し、迷惑をかけたか分かっているのか?」
「はい、父様…」
ミラは自分の行動がどれだけ多くの人々に影響を与えたかを痛感し、自主的に自宅謹慎して反省することを決意した。しかし、これがさらなる誤解を生むことになる。
ミラが自宅謹慎していることが「誘拐事件のショックで外出できないほどのトラウマを受けて寝込んでいる」として広まり、人々はミラに対してさらなる同情と人気を寄せるようになった。
市民1:「ミラ様、あんなひどい目に遭ったなんて…おかわいそうに。」
市民2:「ミラ様を守るために、私たちも頑張らなくちゃ!」
この状況にますます落ち込んでいた。やることなすことすべて裏目に出ているように感じられた。
ミラはこれからどうすれば良いのかを考えながら、自分の置かれた状況に悩むのだった。
ミラは自室で静かに本を読んでいた。誘拐事件の後、反省のために自主的に自宅謹慎していたが、その状況が誤解されていた。ドアがノックされ、メイドのエルザが入室してきた。
「お嬢様、お見舞いのお花が届いております。」
「は?」
「お嬢様が誘拐のショックで床に伏していると勘違いしている方々からのお花です。」
ミラは驚愕し、頭を抱えて床に転がった。
「あああ~、皆さん、許してー、私は心配されるような資格のある女じゃありません!」
エルザはクールな笑みを浮かべながら、ミラを見下ろした。
「いいじゃありませんか。この花を見るたびに良心の呵責に耐えきれないほどの反省ができますよ。」
「え、え、え、エルザー…」
「何でしょう?お嬢様が私になにか言えるのでしょうか?」
ミラはしばし黙り込んだ後、ため息をつきながら言った。
「言えません、ごめんなさい。」
エルザは満足げに頷き、部屋の片隅に花を飾った。
「お嬢様、皆さんの気持ちを無駄にしないように、これからも立派にお過ごしください。」
ミラは苦笑しながらも、エルザの言葉に少し元気を取り戻し、再び本を手に取った。しかし、心の中では重い気持ちが残っていた。
「どこか、とおくにいってしまいたい…」
その時、再びノックの音が響いた。
「はい?」
「お嬢様、セシリア様、アリシア様、キャナル様、アリア様がお見舞いに来られました。」
ゴン! ミラは、読んでいた本を落とし、テーブルに頭を打ち付けた。
「どうします?お帰り願いますか?お嬢様は、ショックで誰かに会うことが恐ろしくて怯えているのですと。」
ゴン、ゴン! 今度は2回、テーブルに頭を打ち付けた。
「エルザ、許してください。あなたの精神攻撃が最も応えます。」
「お嬢様は、それぐらいのことをやらかしたんです。黙って攻撃を受けてください。」
「…はい、みんなとちゃんとお話します。案内してください。」
「かしこまりました。」
エルザがセシリアたちを案内してきた。みんな、口々にお見舞いの言葉を伝える。
「ミラ様、無事で本当によかったです。」セシリアが言った。
「私たち、すごく心配してました。」アリシアが続けた。
「もうあんなことはおきません。私がミラ様をお守りします」キャナルが力強く言った。
「ミラ様に元気になってほしい」アリアが微笑んだ。
ミラはみんなの温かい言葉に感謝し、少しずつ笑顔を取り戻していった。
「ご免なさい。心配をかけてしまって、今休んでるのは誘拐事件のショックでではないのです。だから心配なさらないでください。私は今謹慎をしてるのです。」
「謹慎?」セシリアが首をかしげた。
「謹慎ってどうして?」アリシアも疑問を口にした。
「私は今、身分不相応にも聖女などと呼ばれる立場にあり、誘拐などされたばかりに皆様に心配をかけたうえに国中が、私の救出に動き、その結果、皆さんに多大な迷惑をかけたのです」ミラが説明した。
「誘拐されたのは、ミラ様の責任ではありません」キャナルが反論した。
「私の責任なのです。誘拐されたのは、私の油断とおごりです。そんなものがなければ誘拐なんかされませんでした。これは、私の過失なのです」ミラは力強く言った。
「そんな風に考える必要はありませんわ、ミラ様。」セシリアが優しく言った。
「皆、ミラ様の無事を願ってた。」アリアも同意した。
「私が誘拐されたとき、ミラ様やみんなが助けてくれた。でも、今回は、私たち、私はなにもできなかった。ミラ様は、悪くない。絶対悪くない、だから早く学院に戻ってほしい」アリアが涙ぐみながら訴えた。
後ろに控えていたエルザは内心で『このボディーブローは、相当なダメージがありそう』と思いつつ、冷静な表情を保っていた。
『アリアちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい。あなたがたが責任を感じることなんてなにもないのに…』内心で猛烈に謝りながらも、ミラは微笑んだ。
「アリアちゃん、心配かけてごめんなさい。ありがとう。もう少し反省したら学院に戻ります。」
その日の午後、再びドアがノックされた。「ヒルデガルド様とクラリス様が面会に参られました」とエルザが知らせてくれた。ノイエシュタイト家とアーバンフェイム家はアルスランド家と親戚筋で親密である。彼女たちは、謹慎していることを知っているようだ。
「ミラ様、ごきげんよう。」ヒルデガルドとクラリスがやってきた。
「ミラ様、どう?そろそろ、よろしいんじゃありません?」ヒルデガルドが言った。
「そうですわ。ミラ様がいないとお寂しいですわ。学院も灯火が消えたようですわ。」クラリスも同意する。
「気にすることはありません。油断やおごりと言っても悪いのは誘拐犯なんですもの。」ヒルデガルドがミラを慰めた。
「そうですわ。誘拐される経験なんて滅多にないし、ちょっと面白いかななんて思ったりしても悪いのは誘拐犯のほうですし。」クラリスが心臓をえぐるようなことを言ってきた。
「ク、ク、ク、ク、クラリス様?」
「私には、調べられないことはございませんの。」
「私は最近、クラリス様がとても恐ろしく感じられます。」
「クラリス様、一つだけお教えください。」
「はい、なんでしょうか?」
「情報ソースはどこでしょう?」
「それは、どなたにでもお教えできません。」
「でも、私の身内ですわよね?」
「お答えしかねます。」後ろでそっぽを向いて控えているエルザを睨みつけながらミラは憮然としている。
「今の私は、なにも言う資格はございませんから」ミラはため息をつきながら言った。
「それでも、ミラ様、戻ってきてください。学院はあなたがいないと本当に寂しいのです。」ヒルデガルドが優しく微笑んだ。
ミラは友人たちの言葉に胸を打たれ、少しずつ心の重荷が軽くなるのを感じた。