― 翌日
「おはよー! 伊月、昨日大丈夫やったか?」
昨日の大嵐から一転、快晴となった今日はいつも通り学校で、南中の学び舎へ向かう僕は、ばったりクラスメートの村上くんと会った。
「村上くん、おはよ。うん……大丈夫。大変だったけど」
「大嵐も、すんごかったしなぁ。そんでそんで、剣道の全国大会! どうだったん?」
「……決勝戦まで進んだけど、魔物の出現で中止になったよ」
「うわぁまじかぁ……けどやっぱ伊月、凄いんじゃなぁ! ……って、中止になったのに何にやにやしとるん」
「え?」
自分ではにやにやなんかしていないつもりだったのに、どうやら顔に出ていたらしい。興奮した心もずっとそのままに、昨日もよく眠れなかった。
だけど、昨日の最後に「今見たことは内緒な」と秋宮くんに釘を刺されていたために、どこまでなら話して良いのかわからず、結局村上くんにも何も話せないのがちょっぴりもどかしい。
「なんでもないよ」
「そんなことなかろ? 会場でかわええ子でも見つけたんじゃないん? 伊月、すーぐ表情にでるんじゃけぇ」
「そっ、そんなこと、ないよ」
まぁ、確かにかわいい子がいたといえばいたが、男子である。それも、かわいいと言うよりは美少年だし……そして、今でも彼の言った『前世』というものが気になっている。
……そうだ。昨日の一連の事は、すべて眞城くんが言った『前世』という言葉から始まっている。
残念ながら僕のニヤニヤは収まることがなかったようで、村上くんは「なんなん、言えや~」なんて暫く言って来たけれど、僕はなんとかごまかすことに成功した。
……昨日。警報と避難勧告が出るほどに荒れた天候が、なぜか急にぴたりと止んだ津波と雨に、誰もが驚いていたようだった。そうしてまもなく避難勧告も解除されたようだ。
昨日見たあの魔物は、瀬戸内海の広範囲に出現したらしいが大方討伐されたらしく、被害はほとんどなかったという。
それから……同時に、ある事が噂になっていた。
「昨日のあの天気も大波も、すんごかったじゃろ。でもピタッと止んだんは水神様のおかげやって」
「水神様」
水神様、と聞いて、一番に昨日の秋宮くんが思い浮かぶ。
「そう。この辺だと宮島の神社に祀られとるて」
「あの神社って、水神様がおったんじゃ」
「そう。じゃけぇ昨日は、宮島の神社には水神様が
僕も宮島には何度か行ったことがあるけど、何の神様が祀られているというのは正直知らなかった。この有名な神社は、海に浮かぶ朱い大鳥居と寝殿造りの社殿が神秘的でもある。この社が建立したのが確か……平安時代末期のことではなかったか。
平安時代末期。昨日の兄が言っていた『平宗盛』が生きた時代も平安時代末期だったと、帰ってから、知った。
「俺も神様、
水神様。
あの後、秋宮くんはなんの神様なんだろう、と考えていた中に出てきた一つでもある。
海を司る
天気を司るのは
まさか、秋宮くんが天照……? むしろ昨日のあれは、夢だった、説。
……いや、あれは確かに現実だった。
だけど僕の中で、神様の顕現というのは、現実味を増していた。
色々と空想を広げていると、不意に剣道部の仲間が数人、僕を見つけるなり全速力で走ってくる。
「いぃいつきいぃぃいいいい~~~~~っ!」
「……!?」
「無事だったんかぁああ!! おン前、昨日あれから何処へ行きよったんなぁあ!???」
……そうだ、すっかり忘れていた。
剣道の大会会場を無断で抜け出して、結局戻らずに兄と共に帰ったのだ。
「ごっ、ごめ……」
「心配したんやぞッ!!! 決勝戦もなくなるし……主催も眞城は会場を離れると聞いとったらしいが、伊月は勝手におらんなるんじゃけぇっ!」
……そっか。眞城くんが一度館内に戻ったのは、それを告げるためでもあったんか。それから……昨日佩いていた、太刀。あれを取りに戻ったのだと。
だがそんなに悠長に考えている暇はない。
僕は剣道部の仲間に「無事でよかった!」ともみくちゃにされた挙句、「顧問の先生にみっちり絞られてこい!」と、朝から先生のお説教を受けることになったのだった。
◇ ◆ ◇
顧問の先生のお説教でみっちり絞られた僕は、だけど最後は「無事でよかった」と、頭をくしゃくしゃと撫でられた。先生も相当心配してくれていたらしい。
昨日の大会は中止となってしまって大変残念ではあるけれど、また一緒に全国を目指してがんばろうと言ってくれた。
……そうして教室に着くと、やっぱり昨日の話でもちきりだった。
あの大嵐怖かったね、と話す女子や、村上くんのように神社との関係を話す人もいて、いつもよりガヤガヤとしたような雰囲気だった。……が、一番騒がしい場所は僕の隣の席で、久しぶりに見る顔がそこにいた。
「……
隣の席で幼馴染の朝霞くん。彼は元服した数少ない人の一人で、二年生になってから天皇家に仕えているために学校には殆ど来ない。……が、お暇をもらえた時にはこうしてくることもあるし、中学の学習内容は夏期講習等でまとめて学習するために、一応席と籍だけは置いてある。
朝霞くんは切れ長の目にふとめの眉毛が印象的で、短く硬そうな髪はツンツンとしている。中学生にしては背も高くて体格が良く、筋肉質だなぁとは思っていたけれど、しばらく見ない間にまたひとまわり大きくなっている気がする。
「お! おはよう、伊月くん。久しぶり。昨日のあの大嵐、大丈夫だったん?」
「なんとか、ね。それより朝霞くん、久しぶりじゃなぁ」
「昨日よぉ働いたけえって、今日は休暇を
「それはすんごいなぁ! 朝霞くん、ばり活躍しとるじゃん!」
朝霞くんは「いやぁ、」と言いながら、ちょっと困ったような、はにかんだような笑顔を作る。
周りにいた友人が「こいつ、めちゃめちゃ魔物倒しとるらしいで」とか、「賞与貰たんじゃろ?」など、好き好きに朝霞くんと話をしている。
「そう。でも、その賞与も全然身に覚えがなくて。賞与は結局辞退したんじゃけど、まぁ現に魔物も倒しとるし、最近忙しくて少々成績もよろしくないけぇ、とりあえず学校行けって」
「 「 「成績もよろしくない」 」 」
三人ほど同時に全く同じことを言うので思わず笑ってしまったけれど、「最近忙しかったけぇよ!」と朝霞くんは強調していた。でも、身に覚えのない賞与って、なんなんだ?
「頼む伊月くん、今日俺に勉強教えて」
「あー、そっか。じゃけぇ朝霞くんは伊月くんの隣なんかぁ」
「伊月くん、勉強できるけぇね。な、頼む~」
そう言う朝霞くんに、今日の放課後は一緒に勉強をすることになった。
僕……
でも昔からチビで中学二年生になる今も声変わりしきっていない声に、時々小学生と間違えられることもある。……が、僕の成長期はこれから来るのだ。そんな僕は隣にいる朝霞くんとは、二十センチ近く身長差がある。
チャイムが鳴ると、皆バタバタと自分の席に着く。
先生はまだ来ない。そんな、少々ざわついている中で、朝霞くんは僕に話しかけてきた。
「なぁ伊月くんは、神様って信じとる?」
「……昨日の天気と大波を鎮めたんは水神様だっていう話?」
「それもあるけど」
「僕は」
今まで自分の中のイメージは薄らぼんやりとしていたけれど、僕の中で「神様」といったら、完全に昨日の秋宮くんが浮かんでいた。
「おると、思うよ」
その答えを聞いて朝霞くんはへへ、と笑うと「やっぱな」と言って満足そうに授業の準備を始めていた。