僕はこの日夢を見た。
深く、長い夢である。
……時は西暦一一八四年二月七日、平安時代末期 …… 場所は、一ノ谷。
治承・寿永の乱……後に源平合戦と呼ばれる戦の緒戦ともされるこの戦いで、献上鉄壁、難攻不落とも言われた一ノ谷に構える平家の陣は、一人の武将の奇策によって落とされたのだ。
その武将の名は ―
◇
北には屏風を立てたように切り立つ崖が聳えたち、南には広い瀬戸の内海が広がるここ……一ノ谷は、そう簡単に落とされるはずがなかった。
南北を自然の盾とするこの要塞の、その東西を守り固めるが如く、一ノ谷の西側には敦盛と
そして東側、大手軍を迎え撃つ生田森には、私(知盛)と弟の
……だが、戦とは、時に無慈悲である。
「新中納言殿!……西の方をご覧下さい。……一ノ谷は、もう落ちてございます」
「……っ!」
生田森で
……本陣は、落とされたのである。
「一ノ谷は……西側から……落とされたとでもいうのか………」
それが、一ノ谷を見た時の、率直な私の感想であった。生田森は、まだ、負けてはいない。だが、別の使いの者によくよく話を聞くと、落とされたのは西側からではなく、
信じられない思いで一ノ谷が燃えゆく様子を見るも、その事実を未だにそれを受け入れられない自分がいる。
……だが。
― まだ、戦は終わってはいない。
しかし私が下知を飛ばすよりも早く、一ノ谷の様子を見た郎党たちは、慌てふためき始める。
「一ノ谷は落ちたそうだぞ!」
「源氏が……やりよったのか」
「平家は源氏に敗れた! もう逃げよう……!」
平家の郎党共は、我先にと敗走を始める。その様に、私は刹那立ち竦んでいた。……が
「戦え! まだここは……っ、ここはまだ終わってはおらぬ!!」
だが私のその声虚しく、敗走する者共には私の声は響かない。
「退くな、戦えーっ!!!」
「新中納言殿……!」
「最後まで……っ、敵に背を向けてはならぬっっ!!!」
「新中納言知盛殿っ!!」
家臣が私を呼ぶ声は、近いようで、遠く感じられる。わかっている……わかっては、いるのだ。だが私は目にする現実を受け止められぬまま、ここ……一ノ谷での戦を、あきらめきれなかったのだ。