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第四十三話 もう一人の兄

 先に来ていた人物が眞城君の知り合いというだけでも驚きなのに、それがまさかのお兄さんということにさらにびっくりである。

 あまりの驚きに、思わず奇声を発してしまったけれど、眞城くんに「兄さん」と呼ばれたその人は、あまり驚く様子もなく、僕に穏やかな顔を向ける。



「はじめまして。兄から少しだけ話を聞いているよ。私は眞城 令順のりより。九郎の兄だ」



 ……のりより……?? まずその名前に僕ははっとする。

 のりより。その名前がそのまま前世と関係があるのなら。

 そしてこの人の言う『兄』というのは、昨日会ったちょっと怖そうな人か……あの人は頼朝の記憶を持つと言っていた。



 義経の兄で、頼朝の弟の……のりより。それは、つまり。

 僕は一瞬、ぞくりとする。

 この人の前世……僕はきっと、知っている。



 だけど昨日のお兄さんとは対照的に優しそうな雰囲気に面喰いながらも、僕も挨拶を返す。



「伊月 友成です。よろしくお願いいたします」



 こんな僕たちの様子を見ながら、その令順と名乗るお兄さんは、何か珍しいものでも見るかのような口ぶりで言う。



「ははぁ、君が、なんだね」

「……」

「名前から、君はもう私の前世はお気づきかな」



 やや挑戦的なようにも見える笑みを浮かべる仕草は、眞城くんとも似ている。だけど、可愛らしい美少年な眞城くんとは違って、温和で友好的な印象を与えるこの人に……だけど僕は、やや警戒心をあらわにする。

 対峙することで、この人の前世がただの憶測でないことを感じながら、丁寧に言葉を返す。



「……貴方は……貴方の前世は……源義朝が源範頼みなもとののりより殿でしょうか」



 のりより……即ち、源範頼。

 この人はつまり、僕が前世で……、相手側の総大将である。ちょうど今朝、夢に見たから、わかる。

 だが、この時には総大将同士での直接的な戦闘は行われなかったはずで、むしろその後の九州地方の防衛戦で手を焼いたのではなかったか。……そこの記憶はまだはっきり戻っていないために、殆どが後付けで学んだ知識でしかないのではあるが。


 やや警戒しながら応える僕を見ながら、令順のりよりと名乗るお兄さんは満足そうな顔で僕に言う。



「そう。私の前世は源範頼。私の名は『令順』と書くので、漢字は違うのだが。源平合戦では義経ばかりが目立って、範頼はなんとも目立たない武将とも言われるけれど、君だけは覚えていてくれると思っていたよ」

「……」

「……えぇと、そんなに警戒しないで。私も今世では君とも仲良くやりたいんだが……難しいかな?」



 きっと僕が眞城くんと出会っていなかったら、僕はもっと警戒していたと思う。だけど僕は、眞城くんが今世では新しい関係を築きたいと言っていたのが本心であったことを知っている。

 僕は、ちらりと眞城くんを見る。今まで黙って僕らの会話を見ていた眞城くんは「…‥だってさ」と、いつもの調子で言う。


 信じても、良いのだろうか。

 僕は一度静かに息を吸い込み、令順さんを向く。



「……いいえ。本日、初任務となりますが、何卒、よろしくお願いいたします」

「やっぱり、知盛殿はすごいなぁ。此方こそ、よろしくお願いいたします」



 互いに挨拶を交わすと、眞城くんは、ふふっと笑い始める。

 何が面白いのだろうと思っていると、令順さんは堅苦しさを崩して、「はぁ~」と大きなため息をついた。



「ごめん、ごめん。恐縮していたのは私の方だよ。なんせ、君の前世は平知盛と聞いた。ものすごい、知将だ」

「……?」

「源範頼の話……君は聞いたことはないかな? 源平合戦では大手軍を率いるも、史実ではあまり注目されることが少ない武将でもある」



 ……確かに、歴史の授業でもあまり聞きなじみのない武将の一人かもしれない。まぁ、平知盛や宗盛も同じような気もするけれど。

 令順さんは続ける。



「一ノ谷でも大手軍を率いていながらも、義経の逆落としの活躍が大きく、その後の九州上陸も、知盛殿に大きく阻まれた」

「……」

「できることなら、今世では争いたくない相手だと思っていた。九郎は友達になりたいと言っていたが。私も……できれば、友好的に任務にあたりたい」

「……えぇ。僕も、それは」

「……よかった」



 僕を見てにこりとする令順さんは、安堵に近い笑みを浮かべる。

 前世を持つ人でも、今世ではきっとそれぞれいろんな考え方を持つのだと、思った。

 僕はまだ少し緊張していたけれど、先ほどよりは随分と警戒心はほぐれていたように感じる。

 だけどこの場にいるのは、僕を含めてたった三人。他に来る人はいないのだろうかと思っていると、徐に令順さんと眞城くんが話始める。



「あとは、法皇様が来られるのを待つだけだね」

「他はいないの」

「多分ね。もしかしたらこの辺の討伐団が加勢くらいはしてくれるかもしれないけれど」



 ……討伐団? それは、侍従とは何かが違うのだろうか。



 眞城くんは、そんな僕の疑問を見抜いたかのように「伊月くんさ」と話しかけてくる。



「僕らが備後で会った時、元服に際して、神勅が下る条件って話をしたでしょ。その三つ目……君は遮って最後まで話を聞かなかったけれど、その条件って、なんだか知ってる?」


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