見慣れぬリュックサックが地面に落ちていた。
「異世界ハッピーセットのリュックサックか。
なんでこんなに大きくなってんだ?」
だが持ち上げてみると羽のように軽かった。
「あの女神が渡してくれたということは――」
リュックの中を探ると中は異空間のように暗い。
試しに先ほどのハンバーガーの包みを入れてみると、吸い込まれるように亜空間に消えた。
視界の端に『ゴミくずを手に入れた』と、テキストが流れた。
「ゲームのアイテムボックスみたいだな」
村上は学生時代、ゲームを幅広くやりこんでいたので、こういった仕様はおおよそ理解できた。
「ん、これは……」
リュックサックのサイドポケットに手紙が挟まっている。
『こんにちは、軽食の女神です。
突然異世界に到着し、さぞ驚いたことでしょう。
一般的にはトラックを使うのですが、あいにく今はすべて出払っていて――』
「軽食にも女神なんているのかよ。
しかも手紙が10枚もあるぞ……」
さすが八百万の神が住まう国、日本。
実に設定が、がばがばである。
「――最後に大切な説明です。
ムラカミさんには異世界生活に便利な無限BOXリュックを差し上げます」
それと――と最後の手紙を読む。
「軽食の女神として「ファストフード」スキルを授けます。
実はこのスキル、まだテスト中なので、村上さんに試していただきたいのです」
「スキルにもテストプレイってあるのか」
神々の世界も、色々と大変そうである。
IT業界だったので気持ちはよく分かる。
「可能な範囲で構いません。
色々なスキルを取得したら、レポートタブから感想を送ってもらえたら、豪華景品をプレゼント――!
では楽しい異世界ライフを――あいむらび……ここは読まなくても良いか」
手紙を折りたたみ、リュックの中に放り込む。
「豪華景品ってなんだろ」
とりあえず、当面の目的はスキル開放をしながら、のんびり異世界を満喫してみるのが良いかもしれない。
まずは書かれていた内容のままとりあえずステータスを開いてみる。
「ステータスオープン!」
視界にステータスが表示されるが、先に確認したいのはスキルタブだ。
スキル画面は何処までも枝葉が伸びる木が表示されている。
今はまだ地面のあたり。
「次に開放できるのはヨッシノイエ、ケン・タツキ……どこもファストフードの有名店舗だな」
他にも読めないスキルがいくつも並んでいるので、何かが隠されているようだ。
「旅に必要な食事はなんとかなりそうだな」
村上はスーツの上からリュックを背負った。
まずは森を出てみよう。
明日の仕事を気にせず、自分の意思決定で行動を決められる。
そんな当たり前のことに、なぜか胸がときめいた。
「ありがとな、女神さん。
それじゃ少し、世界を旅させてもらうよ」
◇ ◇ ◇
何事もなく、森を抜ける。
春のような柔らかな風が頬を撫でるので、上着は収納した。
「街道か」
石畳がどこまでも遠く伸びている。
この道を辿っていけば、大きな街に辿り着けるかもしれない。
「映画とかだと、ここで馬車などが通りかかるけど……実際はそこまで都合良くないか」
リュックサックを背負いながら春の香りを感じていると、初めて上京した日を思い出す。
(匂いは不思議なもんだ。
吉祥寺に住んだあの日も、井の頭公園で桜が舞ってたなあ)
荷解き前に、駅の近くで購入したコーラを片手に街を散策したものだ。
「今こそ試してみるか」
村上は思い出したように、宙に手を伸ばす。
「――ファストフード!」
思い描いたようにコーラ(サイズM)が手元に現れた。
「おお、すごい」
視線の端では「-270G」と流れたので、どうやら、「
「初期資金は10,000Gだから、稼ぐ手段は必要かもしれないな」
腕をまくりながら、キンキンに冷えたコーラ片手に街道をのんびりと歩いていく。
目的もなくただ歩いたのは、何年ぶりだろう。
やり残した仕事や、会社の人間の顔を思い出さなくてもいい。
「ただ歩くことがこんなにも気持ちが良いなんてな」
それを思い出せただけでも、異世界に来て良かったのかもしれない。
太陽が頂上に到達するころ、河川を超えた橋の先に、湖に浮かぶ街が小さく見えてきた。
街に入るにはあの大きな橋を渡る必要があるようだ。
「結構、賑わってそうだなあ」
遠くから見ても馬車や人だかりが見える。
「異世界人ってどんな感じなんだろうな」
村上は、数十年間、眠りについていた好奇心を感じながら、心のままに小走りに向かっていくのだった。
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第3話
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