目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第2話 コーラを片手に街道を歩く日。

 見慣れぬリュックサックが地面に落ちていた。


「異世界ハッピーセットのリュックサックか。

 なんでこんなに大きくなってんだ?」


 だが持ち上げてみると羽のように軽かった。


「あの女神が渡してくれたということは――」


 リュックの中を探ると中は異空間のように暗い。


 試しに先ほどのハンバーガーの包みを入れてみると、吸い込まれるように亜空間に消えた。


 視界の端に『ゴミくずを手に入れた』と、テキストが流れた。


「ゲームのアイテムボックスみたいだな」


 村上は学生時代、ゲームを幅広くやりこんでいたので、こういった仕様はおおよそ理解できた。


「ん、これは……」


 リュックサックのサイドポケットに手紙が挟まっている。


『こんにちは、軽食の女神です。

 突然異世界に到着し、さぞ驚いたことでしょう。

 一般的にはトラックを使うのですが、あいにく今はすべて出払っていて――』


「軽食にも女神なんているのかよ。

 しかも手紙が10枚もあるぞ……」


 さすが八百万の神が住まう国、日本。


 実に設定が、がばがばである。


「――最後に大切な説明です。

 ムラカミさんには異世界生活に便利な無限BOXリュックを差し上げます」


 それと――と最後の手紙を読む。


「軽食の女神として「ファストフード」スキルを授けます。

 実はこのスキル、まだテスト中なので、村上さんに試していただきたいのです」


「スキルにもテストプレイってあるのか」


 神々の世界も、色々と大変そうである。


 IT業界だったので気持ちはよく分かる。


「可能な範囲で構いません。

 色々なスキルを取得したら、レポートタブから感想を送ってもらえたら、豪華景品をプレゼント――!

 では楽しい異世界ライフを――あいむらび……ここは読まなくても良いか」


 手紙を折りたたみ、リュックの中に放り込む。


「豪華景品ってなんだろ」


 とりあえず、当面の目的はスキル開放をしながら、のんびり異世界を満喫してみるのが良いかもしれない。


 まずは書かれていた内容のままとりあえずステータスを開いてみる。


「ステータスオープン!」


 視界にステータスが表示されるが、先に確認したいのはスキルタブだ。


 スキル画面は何処までも枝葉が伸びる木が表示されている。


 今はまだ地面のあたり。


「次に開放できるのはヨッシノイエ、ケン・タツキ……どこもファストフードの有名店舗だな」


 他にも読めないスキルがいくつも並んでいるので、何かが隠されているようだ。


「旅に必要な食事はなんとかなりそうだな」


 村上はスーツの上からリュックを背負った。


 まずは森を出てみよう。


 明日の仕事を気にせず、自分の意思決定で行動を決められる。


 そんな当たり前のことに、なぜか胸がときめいた。


「ありがとな、女神さん。

 それじゃ少し、世界を旅させてもらうよ」


◇ ◇ ◇


 何事もなく、森を抜ける。


 春のような柔らかな風が頬を撫でるので、上着は収納した。


「街道か」


 石畳がどこまでも遠く伸びている。


 この道を辿っていけば、大きな街に辿り着けるかもしれない。


 「映画とかだと、ここで馬車などが通りかかるけど……実際はそこまで都合良くないか」


 リュックサックを背負いながら春の香りを感じていると、初めて上京した日を思い出す。


(匂いは不思議なもんだ。

 吉祥寺に住んだあの日も、井の頭公園で桜が舞ってたなあ)


 荷解き前に、駅の近くで購入したコーラを片手に街を散策したものだ。


「今こそ試してみるか」


 村上は思い出したように、宙に手を伸ばす。


「――ファストフード!」


 思い描いたようにコーラ(サイズM)が手元に現れた。


「おお、すごい」


 視線の端では「-270G」と流れたので、どうやら、「Gゴールド」がかかるらしい。


「初期資金は10,000Gだから、稼ぐ手段は必要かもしれないな」


 腕をまくりながら、キンキンに冷えたコーラ片手に街道をのんびりと歩いていく。


 目的もなくただ歩いたのは、何年ぶりだろう。


 やり残した仕事や、会社の人間の顔を思い出さなくてもいい。


「ただ歩くことがこんなにも気持ちが良いなんてな」


 それを思い出せただけでも、異世界に来て良かったのかもしれない。


 太陽が頂上に到達するころ、河川を超えた橋の先に、湖に浮かぶ街が小さく見えてきた。


 街に入るにはあの大きな橋を渡る必要があるようだ。


「結構、賑わってそうだなあ」


 遠くから見ても馬車や人だかりが見える。


「異世界人ってどんな感じなんだろうな」


 村上は、数十年間、眠りについていた好奇心を感じながら、心のままに小走りに向かっていくのだった。


…━━━━━━━━━━━━━━━━…

第3話


…━━━━━━━━━━━━━━━━…


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?