「ここから見てもおしゃれな街並みだなぁ」
茶色のレンガ作りの民家や時計塔も、実に良いアクセントになっている。
街を囲む湖は太陽の光に青く輝き、鳥たちが空をはばたく。
「異世界って
モンスターとかいるんだろうか」
石造りの橋の前では人々がごった返していた。
皆、布の服を身にまとい、中世ファンタジーの世界に送られたのだと改めて実感する。
「通行止めなのかな?」
商人や旅人たちはボヤくものもいれば、忙しそうに走り回っている者たちもいる。
(話を聞くのは難しそうだな……)
聞こえてくる声は女神の力なのか日本語なのは助かる。
しかし話しかけられないのでは仕方がない。
「あの、お困りでしょうか……?」
「おおうっ!」
背中から話しかけられ、村上は飛び上がるほど驚いた。
振り返るとそこには、稲穂のような金髪の髪を背中まで伸ばす少女がいた。
整った美人系の顔立ちで、年の頃はかなり若そうだ。
前髪の横の房を片方だけ三つ編みに結んでいる。
細身の体躯、金色の刺繍が入った白を基調としたフード付きのローブも、さらに清楚な雰囲気を高めていた。
(耳の形からして、エルフってやつか)
あまり見るのも失礼なので、村上はすぐに視線を外した。
「ご、ごめんなさい。
驚かれましたね」
「い、いえ、大丈夫です。
ええと、あなたは?」
「私はリリーベルと申します。
旅の治癒師です」
(治癒師ってのは、ヒーラーってやつか。
つまり、この異世界には魔法があるんだな)
「俺は村上と申します。
しがない……」
自分が何者なのか、村上は知らなかった。
心の中でステータスオープンと唱えて自分の職業を確認する。
「……軽食屋の店員です」
(なんだ軽食屋の店員って!
アルバイトか!?)
考えてみれば軽食の女神のチートテスターなのだから、肩書の大筋はあっているような気もする。
しかもクラスチェンジと書かれたボタンが、暗くなっているのが、気にかかる。
(店員が何にクラスチェンジできるんだ)
「まあ、料理人なのですね。
大きなリュックは食材が入っているのですね」
リリーベルは小さな口元を抑えて、感心したようだった。
「ええ、まあ」
「ずいぶん珍しい服装でしたので、異国の方とお見受けします」
スーツ姿を見つつリリーベルは続ける。
「湖の町アウラレイクに入れずお困りなのか思い、お声がけさせていただきました」
「ありがとうございます。
実はこの辺りには到着したばかりで、ええと、何かあったんですか?」
リリーベルは不思議そうな顔を一度して、道端に咲く小さな花のように優しく微笑んだ。
「ヴィーゼ伯爵家のご息女のお誕生日なんです」
「なるほど。
それで一目見たい方々や商人が並んでいる、と」
「ムラカミさんも、そのお一人ですか?」
「お恥ずかしながら、何も知らずの気ままな一人旅でして」
「そうですか――」
ふむ、とリリーベルは考え込む。
「申し上げにくいのですが、この混雑では今日は入れないかもしれません。
明日改めてお越しいただいた方が良いかもしれません」
「げ、マジですか」
村上の異世界の目的は異世界を自由気ままに旅することだ。
早くも大混雑で道を塞がれたような気もしたが、考え方を変えれば、今日はまだ冒険できるということでもある。
「まぁ、仕方ないか。
ありがとうございます、リリーベルさん」
「あの、どちらに?」
「街に入れない人たちが大移動する前に、宿を探そうかと」
近くに村の一つでもあるだろう。
なければ暖かいし野宿でも問題あるまい。
「あ、そうだ。
色々教えてくださったお礼に――ファストフード!」
ポンッ。
手元にとある包みを呼び出す。
「しょ、召喚魔法ですか!?」
「召喚、ああ、まあ似たようなもんです。
どうぞ、お礼です」
リリーベルは不思議そうに俺の手元を覗き見る。
長細くて熱々の包み。
「ホットアップルパイです。
俺の国ではこういう形のアップルパイもあるんですよ」
「どうやって食べるのでしょう?」
「この真ん中の紙を引っ張って――はいどうぞ」
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【本日のファストフード】
・ホットアップルパイ(マクドゥ・ナルトン)
・140G
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「パイで丁寧に包まれて可愛らしいです」
恐る恐る桜色の唇がパイに近づき、小さな口で噛みつく。
「――!!」
清楚な姿のリリーベルからは想像もできないほど、目が大きく見開いた。
「ううう! うううぅぅぅう!」
(涙目を浮かべながら咀嚼してる……)
よっぽど衝撃だったのだろう。
「ちょ、ちょっと熱いですが――すごく、お・い・し・いぃぃ!」
(ああ、アップルパイって、猫舌は気を付けないとな)
「今まで食べたこともないほど、甘くて深みがあって……言葉にできません!」
さらにもう一口食べる。
「こんなにサクッとしたパイ生地も食べたことないです!
ほくほくで、中のアップルも口の中でとろけて――!」
頬すらも桜色に染めながら彼女は、一瞬で平らげてしまった。
まさかこれほどとは。
恥ずかしそうにしながらも、少し指をなめている姿は、年相応で可愛らしい。
「口にあったようで嬉しいです。
それでは俺はこれで」
踵を返して、リリーベルに背中を向ける。
石畳の街道から反れるように小道がいくつかあったので、まずはそのあたりから探索してみよう。
宿がないのにワクワクしている姿が、少しおかしくて村上はつい笑ってしまう。
「あ、あの、お待ちください!」
「ん?」
歩き出したとき、リリーベルが村上の背中に声をかけた。
「こんなにも高価なお礼では、あまりに
「気にしないでください。
この世界のことを知れて、本当に助かりましたから」
さらに歩き出そうとすると、リリーベルは肩を掴む。
「おっふ」
「私の気がすみません!
ええと、近くの村までご案内いたします。
いかがでしょうか?」
彼女はポンと手を打って、にへへと笑って見せた。
舌が少し赤くなっていたので、猫舌ドジっ子ヒーラーエルフさんなのかもしれない、と村上は心に刻んだ。
後に軽食の女神には「温度調節できたら嬉しい」と、フィードバックを送る真面目なテスターなのであった。
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第4話
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