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第4話 木こりの村とやさしさと。

 先頭を歩くリリーベルは、背筋をピンと伸ばしている。


 指先まできれいな所作で、溢れる気品が目を惹く。


(リリーベルさんも、名のある血筋に見えるなあ)


 そよ風に森林が、さあああ――と音を立て、リリーベルは揺れる髪を押さえる。


「もうすぐ西の村ランバージャックです」


 春の陽気かホットアップルパイの力か、彼女の足取りは花のように軽い。


「ランバージャック……木こりって意味か」


 彼女はポンと手を打って、振り向いた。


「ムラカミさんは博識ですね。

 木こりの方々が多くお住いの村です」


 得意げに指を振りながら教えてくれる。


「ヴィーゼ領は自然豊かな地域で、住みやすいことから、色々な街が発展しています」


 肌を撫でる風や、近くを流れるせせらぎの音は、リリーベルの言葉通りだ。


「これは街を巡るのが楽しみだな」


「ぜひお楽しみください」


 森を眺めて歩いていると、村上はこれまでずっと気になっていたことを思い出した。


「リリーベルさん、この辺ってモンスターは出るのかい?」


「モンスターですか?

 本当にムラカミさんは色々な言葉を知っていますね」


「そんなに珍しいの?」


「モンスターが世界にあふれていたのは、今から100年くらい前です。

 要約すると勇者と魔王が争いましたが、お互いに和解し、世界は平和になったと言い伝えられています」


「勇者とか魔王がいたんだ」


 物凄いファンタジーな世界だ。


 異世界にいながらそんなことを思った。


(勇者ってどんな人間なんだろうか。

 俺みたいな現代人なのか、それとも現地の人なのかな)


「和解したことによって、モンスターが人里に降りることは滅多になくなりました」


「平和な世界なんだ」


 のんきな返答にリリーベルはクスッと笑う。


「そうでもありませんよ。

 森にはこわーい熊さんや狼さんもいます。

 ドラゴンさんや精霊さんの類も、地域によってはいるので、油断はできません」


 いたずらする子供のような顔で、彼女は誇張して村上に話した。


「弱肉強食は健在か。

 だからリリーベルさんのような治癒師とかいるんだね」


「自然の驚異はいつもそばにありますから。

 旅人さんは、冒険者ギルドで護衛を雇うのが普通です――そういえば、ムラカミさんの護衛さんは見当たらないですね」


「なんせまだ着いたばかりで、この辺りの事はよく分かっていなくてね」


「賊にも気をつけないといけません。

 あ、見えてきましたよ、ランバージャックです!」


 すっかり話に夢中になっていたが、リリーベルが指さした先には、牧歌的ぼっかてきな村が見えてきた。


 夕暮れに照らされているのんびりした村の情景に、ビル群しか目にしてこなかった村上の心は揺れた。


 木造平屋建ての民家が数十件。


 煙突からは白い煙が出ている家もあった。


 真ん中にあるのは集会場と井戸だろうか。


「実は私は数日前から村に宿を取っていたんです。

 アウラレイクには入れても宿を取るのは難しそうだったので」


「あの混雑じゃなあ」


 揺れる小麦畑を横目に村上とリリーベルはランバージャックへと入る。


 入り口は簡素な作りだ。


 柵がある程度で門などは見当たらない。


「ここまでありがとう、リリーベルさん。

 すごい助かったよ」


「あんなにも美味しいお礼をいただいたら、誰だって居ても立ってもいられませんよ」


 くすくすと微笑む姿は気品もあるが庶民的な雰囲気もあり、とても話しやすい同行者だった。


 ここで別れるのも少し惜しい気もするが、一期一会とはそういうものだ。


「じゃあ、俺も宿をとってみるよ。

 機会があれば、また今度!」


 村上は初めて会えた異世界人がリリーベルだったことに、最大の感謝を込めて強く手を振った。


「旅の無事を祈ります。

 ムラカミさんにとって良い旅になりますように」


 取り残されたリリーベルは、胸に手を置いてから、寂しげに小さく息を吐いた。


「私も、いかないと」


 尾を引かれるように彼女も歩き出すのだった。


★☆★



 木造二階建ての村唯一の宿屋は一階が飲み屋兼食堂、二階が寝室となっていた。


 村の木こりたちが日頃の疲れを癒すかのように、すでに酒を飲み始めている。


(俺は下戸だから飲めないけど、夕方から飲めたら旨いのかもしれない)


 木材の優しい香りを感じながら、カウンターへと歩みを進める。


「部屋を一つお願いしたいんですが」


 恰幅のいい女将さんは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに困惑した。


「ごめんなさいね。

 ヴィーゼ伯爵家のロロウェルミナ様のお誕生日祭でね。

 すべて埋まってるのさ」


「やはりそうですか」


「この辺りの村は全部そうだろうねえ。

 よその国からわざわざ観光に来たのかい?」


「ええ、ですがここまで混雑するとは思っていませんでした」


「そうかい、うーん……」


 叔母さんは腕を組み、こめかみをトントンと叩く。


「遠路はるばるお越しいただいたお客様を叩き出すなんて、女将の名が廃るってもんだ」


 よしっ! と意を決したように、女将さんは手を叩いた。


「うちの薪割り場で良いなら、キャンプ地に貸したげるよ!

 ちょうど薪割り係も欲しかったからね」


「ほ、ほんとですか!

 いくらでも叩き割りますよ!」


「うははは、冗談だよ!

 お客様にやらせられますか!」


 なんて気前の良い女将さんだろう。


 話を聞いていた常連客も、


『さすが女将さん!』

『面倒見の良さは世界一だね!』

『これでエールをもう一杯、サービスしてくれたら最高なんだが!』


 と茶々を入れる。


「バカ言うんじゃないよ、あんたらは早く家に帰って、奥さんと仲良く飲みな!

 さあ、ルル、案内を頼むよ!」


 はーい、と調理場から15歳くらいの少女が出てくる。


 ブロンドヘアーをポニーテールにした、エプロンドレスの活発そうな子だ。


「おじさん、こちらでーす!」


「恩に切ります、女将さん!

 ありがとうございます!」


 豪快に笑う女将さんに深々と頭を下げて、ルルの後に付いて行く。


 宿屋の裏手にある薪割り場に付いたとき、ルルは振り返って不思議そうな声を上げた。


「あれ、おじさんなんで泣いてるの?」


「……泣いてる?」


「うん」


 そっと指で目元を拭うと、水滴を感じた。


 社会人になって20年以上。


 こんなに人に優しくされたことなんて無かった。


「あはは、花粉症かなぁ」


 空を見上げると、そろそろ夕飯を告げる星空が輝きだしていた。

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