薪割り場はテントが一つ設置できそうな広さがある。
宿屋の裏手側にあり、周囲は森林に囲まれていた。
切り株があったので、村上は座りながらステータス画面を開いている。
「軽食の女神様。
いつもお世話になっております……っと」
(神様へのメールの書き出しに、ビジネスマナーは必要なんだろうか)
人類が誰も答えを導けない疑問を抱きつつ、チートテスターとしてメールを記入していく。
「マクドゥ・ナルトンは温度調節機能があると猫舌の人にも便利です――っと」
メール画面を指でタップしていく。
「よし、これで送信!
こんな簡素で良いのだろうか」
――ユーガットメール。
「返信はや!?」
受信トレイを開くと目も覆いたくなるほどの長文が書かれていた。
「軽食の女神さんって、世間話が好きなんだな……」
ほとんどの内容が、ここ最近食べて美味しかったホットケーキの話題だったので、ここでは割愛する。
『最後に、初レポート送信なので特別に豪華景品を送ります。
ぜひ異世界旅行に役立てください。
では、あいむらびぃ――』
「これ以上は読まなくていいか」
添付ファイルを開くと自動で無限リュックにアイテムが収納された。
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・ワンタッチテント(二人用)を入手しました。
・スキルスクロール(特別配布用)を入手しました。
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「テントは有り難い!」
早速、アイテムボックスからテントを選択する。
すると草色のテントが地面に自動で設置された。
「おお! お手軽!」
靴を脱いで中に入ってみると二人ほど寝ても余裕がある。
テントに詳しくないが、風に飛ばないように、すでに杭も打ち込まれている。
「雨風もしのげるし、さすが女神さまだ。
あとはもう一つあったな――よっと」
スキルスクロール(特別配布用)をタップすると、チートスキル「ファストフード」画面で、スキルポイントが増加した。
「なるほど、このスクロールでポイントが増えて、次に覚えるスキルを選ぶのか……」
色々なスキル名が、タップしてくれと光り輝いている。
「どれも迷うなぁ。
異世界に来てから味覚が復活してきたから、なおさらだ」
腹の虫が大きくなった。
「ならば、サラリーマン必須スキルと言えば、これが大定番だろう!」
村上は勢いよく、点灯しているスキルをタップした。
★☆★
リリーベルは所用を済ませた後、宿屋でお風呂を借りてから自室へと戻っていた。
胸のざわめきが消えずに、今もモヤモヤと頭の片隅に残っている。
ゆったりとしたワンピース姿のまま、控えめな胸の前で手を置いては、何度目かの溜息をついた。
「……はあ、ムラカミさんはちゃんと泊まれたでしょうか」
別れ際にすぐ立ち去ってしまったので、言いそびれてしまったが、もしかしたら部屋は満室だった可能性がある。
だとすると、遠くの村まで案内したのは迷惑をかけたかもしれない。
「……やっぱり、女将さんに聞いてみましょう。
初めての国で右も左も知らない不安は――よっぽどなことです!」
開いている窓から春の夜風が入り込み、レースのカーテンを揺らす。
――と。
「……何か、いい匂いがします」
はしたないと分かっていても、ついクンクンと匂いの方へと向かってしまう魔力が秘められている。
「甘そうな……でも、塩気が効いている、食欲をそそる香り……」
野菜と果実中心で、必要最低限の肉料理しかないエルフの森では、絶対に嗅ぐことのない魅力的な匂い。
「外からですね……?」
これはただの料理じゃないと、リリーベルの本能が警鐘を鳴らしている。
歩き疲れた1日の最後に、これほどまでに優しくも上品な食事は一体。
リリーベルが匂いにつられて窓から顔を出すと、真下は薪割り場だった。
そこには星明りに照らされた細身の中年男性が一人。
「ム、ムラカミさん!?!?」
「お、リリーベルさん。こんばんは!」
昼間に案内した中年男性がキャンプしていることにも驚いたが、それ以上にリリーベルの脳を焼くほどの衝撃がそこにはあった。
謎の丸形の食器に盛られたお肉……!!
「今すぐ行きます!!!」
村上が誘う前に、リリーベルは人生で一番早いスピードで普段着に着替えて部屋を飛び出した。
★☆★
「そ、それは一体!?!?」
息を切らしたリリーベルが数秒で村上のキャンプ地へとたどり着いた。
「今日の晩御飯なんだけど、俺の国のソウルフードかな」
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【本日のファストフード】
・牛丼(並/ヨッシノィエ)
・453G
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彼女のキラキラとした瞳は星空よりも美しい。
高原に咲く一凛の美しい花のようだったリリーベルさんも、さすがに牛丼という異国料理の前に、清楚さを宇宙まで吹っ飛ばしていた。
「もし夕飯がまだだったら、一緒にどうかな?
外で申し訳ないけど」
軽食の女神に貰ったキャンプセットから、コンパクトチェアを差し出すと、恐る恐るリリーベルさんは座った。
「包まれるような座り心地……!?」
(神様からの贈り物だもんなぁ……)
「並盛で良いかな?」
「は、はい。
すべて、お、おまかせで」
並みの意味がよく分からないが、彼女はコクコクと頷いた。
そろそろおなかの音が鳴りそうなのか、必死で腹部を押さえている。
(じゃあ七味と、紅ショウガもつけるか)
「はい、並盛お待ち!」
村上の手に生まれたドンブリを受け取り、ついでに先割れフォークも手にする。
「不思議な食器です……!」
「お箸はまだ難しそうだもんね、
じゃ、いただきます!」
村上が牛肉とご飯を箸ですくい取り、口にする。
炒めた玉ねぎの甘さ。
じっくり煮込まれた牛肉の旨味。
それに、ほのかに香る甘い醤油の匂い──。
それらが溶けあって、空気いっぱいに広がっていた。
「味がする……やっぱ、異世界に来てから、味覚が戻ってる……!」
味覚に感動しつつも、新人時代にお世話になっていた懐かしい味に手が止まらない。
そっと、リリーベルに目をやると、彼女は、ご飯とお肉を頬いっぱいに詰め込んでいた。
完璧にリスである。
「あ、あの、こ、これには深いわけがあってですね……!」
「美味しそうで良かったです」
「で、ですから、あの、そうではなくてですね!」
頬を染めながらも彼女の手も止まらない。
「この甘くて塩気が効いてて……もぐ、もぐ、不思議な赤いスパイスと、赤くて長細いピクルスのようなものがですね、……もぐ、もぐ。
とても刺激して――と、止まらないんです」
これまでにないほど恥ずかしそうに、リリーベルはうつむきながらご飯をかきこんだ。
「それに合う汁物もしっかり準備してますので、少々お待ちください」
村上の言葉によって、瞳の輝きが更に強くなったのは言うまでもない。