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第6話 みそとしると、旅の目的と。

「これはみそ汁っていう、俺の国のスープだね」


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【本日のファストフード】

・みそ汁(あおさ入り/ヨッシノィエ)

・88G

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 ご飯粒を頬につけたままのリリーベルに、みそ汁を手渡す。


「ふわぁ……温かいです」


 ついでに村上は自分の頬をトントンと突くと、彼女は気が付いたようで、慌てて頬のご飯を口へと運んだ。


「あ、ありがとうございます」


 受け取りつつ、温度に注意しながら、口元へゆっくり、みそ汁を運ぶ。


「ふあぁぁぁ」


  身体の芯から油断したような声が漏れていた。


「す、すみません、つい!」


「温かいスープって安心するよね」


 村上も夜空を見上げながら、みそ汁をすする。


 牛丼の甘しょっぱい味と絡み合う味噌の風味が、身体の奥から癒しを生み出す。


「こんなに美味しい食事がある国なんて知りませんでした。

 世界はまだまだ広いですね」


「そうだね。

 俺も、ずっと狭い世界しか知らなかったから、新鮮だ――」


 異世界の空は、宇宙に立っているように錯覚するほど、満天の星空だ。


 村上は、こんなにも暗い地上と、眩しい空を初めて見た。


「あの、ムラカミさんは、なぜ一人旅をしているのですか?」


 リリーベルが両手でみそ汁を包み込みながら、村上を見つめた。


「あっ、今日会ったばかりなのに不躾ぶしつけな質問をして失礼しました……!

 他の旅人と全然違う雰囲気なので、つい――」


「気にしなくていいよ。

 少し考えをまとめてたんだ」


「考え、ですか?」


「……かっこ悪い話だな、まとめてみたら。

 いや、若い子に話せるもんじゃないさ」


(要約すると、仕事と反りが合わずに、異世界へとやってきたわけだからな)


 だが、リリーベルはお椀を地面に置いて、そっと村上へと手を重ねた。


「うん?」


 さすがに年齢が違いすぎる女性に触れられてドギマギするような歳ではない。


 だが他人に触れられるなんて何十年ぶりだろうか。


 かすかな温もりが、手の甲を伝ってくる。


「ムラカミさん。

 辛いときは、口にしてもいいんですよ」


「――」


(表情に出てしまっていただろうか……いやはや、締まらない大人になっちまったぜ)


「瞳、呼吸、表情、身体の力の入り方――それを見れば、すぐに分かるんですから」


 と言いますか、とリリーベルは続ける。


「どうして誰も聞いてあげなかったのでしょう。

 こんなにも……想いを背負っているのに」


「いや、そんな大層なもんじゃないよ。

 日常のあれやこれやだからさ、気にしないでくれ」


 おどけた拍子でいったが、リリーベルの顔は真剣だ。


「ダメです。

 私は、他の人のように、見なかったことにしたくない」


「リリーベルさん……」


 透き通るような青い瞳が、村上の瞳をまっすぐに見据える。


 目を離すことができないほど、強い眼光だ。


「ありがとう。

 まったく、涙腺が弱くなったもんだ」


 彼女の手を外して、頭をかいた。


「誰も俺の話を聞いてくれないような職場だったから、恥ずかしい話、少し疲れちゃってさ。

 それで好きなものでも食べながら、世界を巡って、元気になりたいなってだけさ。

 情けないけどな、ぬははは」


「恥ずかしくありません」


「ぐっ」


 軽く話したつもりだが、リリーベルは泣いていた。


「情けなくなどありません」


「ちょ、リリーベルさん」


「だ、だって、こんなにも優しくて、意を決して自分の傷を話してくれるような方が……情けないはずがありません」


(――弱さを話せる強さ、か)


 村上は大人になってから、誰にも話さないことが強さだと思っていた節があった。


 それに社会では自分の考えを話しても、取り合ってくれないことの方が多い。


 その結果、誰かに話すことすら、全て諦めて押し込んで生きていた。


「春の夜ってのは良いもんだな。

 話し相手がいて嬉しいと、初めて感じたよ」


「なんでも話してください、これでも治癒師なんですから」


 涙を指で拭いながら、リリーベルは、はにかんだ。


「ちなみにリリーベルさんは、なぜ旅をしてるんだい?」


「私は……これです」


 彼女はローブの胸元から、一冊の革の手帳を取り出した。


「母の日記です」


「お母さんの?」


「ええ、私は母が旅した行程をなぞる旅をしているんです」


 彼女はボロボロになった表紙をそっと撫でる。


「エルフは生まれ育った森から出ることはほとんどありません。

 ですが母は旅立ち、父と出会い、私を産み、3人で旅をして――少し前に亡くなりました」


「そうか……」


「だから、うまく言葉にできないんですけど……死んだら何も残らなくって……私にもいつかそんな日が来るから、」


 口元をふむっとしながらも、リリーベルは言葉を選びながら、口にする。


「大好きだった母と父が若いときに辿った歴史を知りたいなって……思ったんです。

 何を感じて世界を歩いてきたのか、何を見て来たのか、私が生まれたその日までの道を」


「素敵な話じゃないか」


「森のみんなには反対されましたけどね」


「何か新しいことをするとき、周囲は反対するものさ。

 結局、踏み出すのは自分自身だから、リリーベルさんは凄いよ」


 村上の言葉に、リリーベルはハッとして顔を上げた。


「どうかしたかい?」


「いえ、まさか母と同じ言葉だったから……ありがとうございます、ムラカミさん」


 恥ずかしそうに前髪の三つ編みの房を、彼女は照れ隠しのように何度も触っていた。


 二人で無言のまま夜空を眺める時間が過ぎる。


 夕飯も終わり、村上は食器をアイテムボックスに収納した。


 これで綺麗に片づけられるのだから便利なものだ。


 リリーベルは手帳を大切に抱きかかえながら、村上をじっと見つめて、何か考え込んでいる様子だった。


「じゃ夜も更けてきたことだし、そろそろ寝ますか」


 テントに入り込もうとしたとき、控えめな声に呼び止められる。


「もし、もしですよ」


「うん?」


「私が護衛だったら、う、うれしいでしょうか……?」



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