「お、俺が護衛……?
俺がリリーベルさんを雇う方じゃなくて?」
テントに入り込もうとしたまま、リリーベルの意外な申し出に固まってしまった。
「は、はい。
いかがでしょうか」
決意をもって話してくれたのだろう。
もじもじしながらも、俺から目線を外しはしない。
「いかがって言ってもな。
俺はこの通り、ただのオッサンだ。
喧嘩だってしたことないから、頼りにならんもんさ」
せめてチートスキルが軽食を呼び出す「ファストフード」ではなく、超高速移動とか肉体強化だったら話は別だが、そんなオッサンは見たことも聞いたこともない。
「ム、ムラカミさんが良いんです」
「リリーベルさんの方が強いと思うよ。
それにリリーベルさんにも護衛がいるんじゃないのかい?」
この世界の旅人は冒険者ギルドで護衛をつけるのが普通だと言っていた。
彼女も旅人だし、治癒師だ。
普通に考えれば護衛がいても不思議じゃないだろう。
「――それには理由があるんです」
真剣な面持ちでリリーベルは手を強く握る。
(よほど悲しいことがあったのか……)
ここは異世界だ。
現実世界とは違い、危険は至る所に潜んでいる。
種族の違いで差別が起きたり、国同士の戦争に巻き込まれることもあるかもしれない。
村上の知識だけでは想像の及ばないことが多々あるに違いない。
「……の、……ちが……が」
「ん?」
もそもそと口ごもり、よく聞き取れない。
「しょ、しょくじの……ちが、……いが、その……」
「むむ?」
心の傷が大きい話題なのだろう。
村上は彼女がゆっくりと話せるようになるまで、静かに待つことにした。
穏やかな夜風が二人の間を静かに通り抜ける。
「……私はエルフです」
「うん」
ぽつりと言った言葉を優しく受け止める。
「エルフのイメージは、古代に書かれた書物のままで、木の実とお野菜が主食で、たまに果物を食べる程度だと
上目遣いで見る彼女に、村上はうなずく。
「だから護衛の方を雇っても、私だけはずっと野菜ばかりなんです。
みんなには肉が出ても、ケーキが出ても……今更イメージが違う言われるかと思うと――ずうううっと、私は野菜ばかりを食べてきました」
「リリーベルさん……」
手をわなわなと揺らし、瞳から色が失われていく。
「あくる日もあくる日もニンジン、玉ねぎ、白菜、しいたけ、大根……料理ができる冒険者は稀!
そもそも冒険者の方々は、口に入れば良いという豪気な方ばかり!
そもそも料理人は冒険者にならないという盲点……!」
(食事で相当苦労してきたようだな)
一見笑い話のようだが、種族の違うエルフの彼女からしたら、空気を読んで仲間にも言い出しにくかったのだろう。
(だからあんなに牛丼を勢いよく食べてたんだな)
この世界のことをよく知らない村上の前だからこそ、リリーベルは素直になれた。
「リリーベルさん、おなかにまだ隙間はあるかい?」
我に返り、リリーベルはお腹をさすった。
「は、はい。
まだまだいけます」
細身の清楚系エルフだが、もしかしたら胃袋は相当なわんぱくガールなのかもしれない。
村上はスキルメニュー画面を開いて、ある商品をタップした。
「これはリリーベルさんの為にあるような食事だ。
これから、よろしく頼む。
紙でできた小箱をリリーベルへと手渡す。
「え、ということは――!」
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【本日のファストフード】
・ジャイアントマクドゥ(マクドゥ・ナルトン)
・480G
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彼女が宝石箱の箱を開くように、そっと開く。
香ばしいゴマが振りかけられているバンズ。
肉汁が閉じ込められたビーフパティは贅沢に2枚使用されている。
「い、いただいても?」
「もちろん」
今日何度目かの満天の星のような目の輝きを放ちながら、手が汚れるのも忘れて両手でしっかりとバンズを握る。
「おおきい……!」
初めてハンバーガーを見た子供みたいだなと村上は思い、自分はついでに召喚したコーヒーを口に運んだ。
「で、では、いただきまーす!」
――はむっ。
「ん、んんんー!!」
満天の星だった瞳は超新星爆発を起こしたように、カラフルな輝きを放ちそうだった。
「このソース、複雑な味がします!
なんでしょう、たまねぎ? ピクルス? オニオン……?
すううううっごく、食欲をそそります!」
小さい口で二口目にかぶりつく。
「んぐんぐ、あれほど食べたレタスも素直に口に運べます――!
もう二度と飲み込みたくないと思っていたのに……!!」
(そんなになんだ……)
「間に挟まっているチーズも良いアクセントになって……サンドイッチとも違う……このパンは一体……!」
牛丼(並)を平らげたばかりなのに、ジャイアントマクドゥも簡単に胃の中に収めてしまった。
(見てる方が嬉しくなるような食べっぷりだ)
「はい、ナプキン」
リリーベルは指に付いたソースをじっと見つめていたが、ハッとしてナプキンで指と口を拭いた。
「ありがとうございます、ムラカミさん。
では、契約成立ですね」
「ああ、ちょうど働き口も探していたから助かるよ。
戦力になれないのは申し訳ないがな」
「……そんなことないです」
小さく呟いた言葉は、春風に流されてよく聞こえなかった。
「では、おやすみなさい。
良い夜を、ムラカミさん」
「リリーベルも」
二人は手を振りあって、別れた。
村上はテントの中でスーツの上着を掛け布団にして、腕枕で天井を見つめる。
今度は別れを惜しむような気持はなかった。
それはきっと、彼女も同じなのかもしれない。
★☆★
リリーベルは自室に戻り、寝巻用の白いワンピースへと袖を通す。
窓を開けて地上に目をやると、テントは静かに佇んでいる。
「笑わなかった」
旅人は護衛を雇うのが普通で、リリーベルも何度か雇ってきた。
話しやすいメンバーに出会えたこともあった。
しかし食事について相談すると、誰もが笑い、カラかい、いつの間にか、相談することに意味を見出せなくなっていた。
『エルフはキノコだけ食べてれば死なないんだろ?
じゃあ問題ないじゃないか。
人間は肉を食わなきゃヤル気でねーんだよ。
じゃないと守ることすらできんよ!』
『え? お肉食べたいって? お肉好きなエルフなんて物語にいたっけ? いないよねえ!』
(相談したって誰も私の話を聞いてくれない――けど、ムラカミさんは笑わずに静かに聞いてくれた)
ムラカミの前ではああ言ったが――もちろん食事の問題が理由の一つではある。
けれど。
(エルフは人里では珍しい種族。
好奇の目に晒されることも少なくありません)
ムラカミはエルフということに驚きもせず、じろじろと見ることもなかった。
(それにお母さんと同じことを話してました)
『何か新しいことをするとき、周囲は反対するものさ。
結局、踏み出すのは自分自身――』
村上の姿と母親の姿が重なった。
似ても似つかないのだが、母の旅路を巡る護衛は彼しかいない。
今では運命とさえ感じてしまう。
「おやすみなさい、ムラカミさん」
小さなあくびをして、大きく伸びをする。
明日はそろそろ湖の町アウラレイクに入れるだろう。
母が辿った道にワクワクしながらも、少女は安堵の表情で瞳を閉じたのだった。
――満足したお腹に手を添えながら。