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第8話 くるみ亭の朝食は始まりを運ぶ味

【異世界旅行 - 二日目】 


 ――カーン。


 ――カーン。


 サラリーマン(元)の朝は早い。


 斧を振る。薪が割れる。


 意外と気持ちいい。


(次こそは、もっと中央を狙えると思うんだよな……)


 キーボードを叩くよりも薪を叩いている方が性に合ってたのかもしれない。


「おじさーん、おはよーます!

 うわわわ、凄い薪の数!?」


 誤字のような舌足らずな発音が薪割り場にこだました。


「おはよう、ルルさん」


「何百本あるんだろ……いつから割ってたの?」


「太陽よりも早起きしてしまったよ」


 時計がないので分からないが、村上が就寝したのは実は21時頃だった。


 普段は絶賛残業中の時間なので、久しぶりにぐっすり就寝したおかげで、活力がみなぎっていた。


(一宿一飯の恩を返してこその旅人だ、多分)


「他の薪を見様見真似で割ってみたけど、なかなか楽しいね」


「ありがとうおじさん、女将さんも喜ぶよ!」


 ポニーテールを揺らして、爽やかな笑顔でルルは飛び跳ねてVサインを出した。


「あ、もし良ければ朝風呂使う?」


「良いのかい?

 それは助かるが――」


 女将さんからは場所しか借りていない。


 宿泊代は支払っていないので心苦しかったが、ルルは「ちっちっち」と指を振った。


「これだけ割ってくれれば十分だよ!

 それに今日から誕生祭がはじまるもん、サービスサービス!」


 ――というわけで、ありがたいことに朝から風呂で汗を流し、スーツに袖を通す。


 異世界の服も何着か用意しないといけないと考えつつ、ルルに促されるまま、食堂へと向かった。


 食堂は広くはないが、ロロウェルミナ誕生祭のおかげか、かなり賑わっていた。


「あ、ムラカミさん、こちらです!」


 ぱあとアサガオが咲くような笑顔で手を振ってくれたのはリリーベルだ。


「リリーベルさん、おはようございます」


「おはようございます、ムラカミさん。

 ――あ、お風呂上がりですね?」


「お恥ずかしい限りで」


「さあさ、おねーちゃんとおじさん、こっちの席にどぞどぞ、ごあんなーい!」


 ルルに通された席は長テーブルの一角だった。


 テーブルの中央には様々な料理が村上たちを出迎えてくれた。


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【宿屋『くるみ亭』の朝食】

・薪窯焼きのふかしくるみパン

・自家製木苺ジャム

・根菜と干し肉の煮込みスープ

・燻製卵

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「おお、凄い豪華だ……!」


(これが初の異世界朝食飯!)


「アウラレイク近くの村は自然と豪華になるんです」


 ふふと含み笑いをするリリーベルは、何か楽しみを胸に秘めているようだ。


 何はともあれ、胸躍らせながらリリーベルと食事に手を伸ばす。


「まずはくるみパンから……」


 地粉を使った素朴な蒸し焼きパンは、わずかな塩見とほんのりと甘みがあり、もっちりとした食感だ。


(朝マクドゥ・ナルトンセットも悪くないが、現地飯も旅行みたいで、メリハリがあって楽しいな)


 田舎の祖父母の家で食べた自家製パンを思い出す。


(よく両親と夏休みに帰省するのが楽しかったなぁ……)


 ブラック企業で働いてから、顔を出す暇も思い出す余裕もなかったが、素朴な味わいを感じることで、祖父母の出迎えてくれる顔が浮かんだ。


「ここの苺ジャムが私は好きなんです」


 リリーベルはイチゴジャムをたっぷりと塗って、控えめに口に運ぶ。


 昨日の見事なまでの食べっぷりはなく、エルフのイメージを崩さない、絵に描いたような美しい食べ方だ。


「それでこれからのお話ですが」


 と、リリーベルは雇用契約を話してくれた。


 ざっくりいうと日給とか戦闘では前に出るのはリリーベル、その他サポートは村上とか、そんな感じだ。


「あと雇用期間なのですが――」


 食事を終えた食器を丁寧によけつつ、母親の日記に挟まれている地図を広げて見せてくれる。


「私たちは今、ヴィーゼ領にいます。

 この辺りですね」


 指さす場所は、本土から少し離れた大陸だった。


「ここは本土じゃなかったのか」


「本土――グランディアには旅船で向かいます」


 白くて細い指がつつつと海を渡っていく。


「母の旅路を追いますが、急いではいません。

 ムラカミさんの行程はいかがですか?」


「俺は風の向くまま気の向くままだな。

 旅慣れてるリリーベルさんがいるから、同じ道を見て回れたら助かるんだが、良いかな?」


「ええ、もちろんです。

 では当面の契約は本土グランディアまでにいたしましょう。

 ムラカミさんを、私がずっと束縛するのも申し訳ないので」


 そんなこともないのにな、と村上は思ったが彼女なりの配慮を無下にするわけにはいかない。


「了解!

 思いつく限りのことはさせてもらうよ」


「ふふ、頼りにしています」


「それで今日はどうする、雇用主さん」


 リリーベルは、芝居がかったようような素振りで手帳を開いて見せた。


 そこには異世界語だが、村上には日本語として理解できた。


「母はアウラレイクの誕生祭で、美味しい魚料理を堪能し、激しい催しに参加したと記述しています」


 そこで――と彼女は、息を整えた。


「母がアウラレイクで目にしたもの、感じたもの、私たちも誕生祭で味わいましょう。

 これが今日の旅の目的です――!」


 おおーと、拍手をあげたくなるような胸の張り方だった。


★☆★


 湖の街アウラレイク。


 巨大な湖に港を持ち、外部との交易も盛んである。


 目覚めは湖面に映る青空と、舟の楫音かじおとではじまる。


 人口二万を数えるこの湖の街は、ヴィーゼ領最大の都市であり、年に一度の“誕生祭”ともなれば、周囲の村からも大勢が押し寄せる。


 徒歩一時間かかる広い街の隅々まで水路が張り巡らされ、小舟が人々と荷を運ぶ。


 橋の下をくぐるたび、旅人たちは頭を低くし、祭りの太鼓が遠くから聞こえてきた。


「この舟、誕生杯に間に合いそうだね!」


 子どもたちの漕ぐ舟が跳ね橋をくぐり抜け、観客たちは桟橋から手を振っている。


 早朝の人込みを河川を泳ぐ魚のように、流れに飲み込まれずに泳ぐ軽い足取りが一つ。


「このフィッシュチップス、あたしにもちょーだい!」


 彼女の出番はだ。


 それは彼女自身も理解しているので、朝から身を隠すようにローブを羽織っているが、それが逆に目立っていた。


「ロロウェルミナ様、本日はお誕生日おめでとうございます」


 露天商のおじさんが、紙袋にフィッシュチップスを詰め込んで手渡しするが、彼女は受け取らない。


「まったく……困らせんでください。

 またお代を支払いたいんですか?

 ロロウェルミナ様にお代なんてもらえないですって」


「むう、いつも言ってるでしょ。

 無料に価値はないよ。

 対価を支払うことで、ことになるんだから」


 彼女は金貨を店主に渡すと、八重歯を輝かせて口の中へと対価の食事を放り込んだ。


、16歳のお誕生日の、"お願い"が上手くいくといいなぁ」


 ふへへと笑い、ロロウェルミナは抜け出した屋敷へと足早に駆けていった。


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