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第9話 初めてのフードスタンドは魚と蕾が並んでる

 馬車も悠々とすれ違えるほどの巨大石橋の入り口は、商人や旅人でごった返していた。


 村上とリリーベルも長蛇の列を並び、やっと湖の街アウラレイクの橋から街へと向かっていた。


「出店許可が下りて良かったですね」


 村上の首には『フードスタンド ムラカミ(認)』の木札が下げられていた。


「一度、軽食販売ってやってみたかったんだよな」


 会社の近くにキッチンカーが停車して、よくオフィスから眺めていた。


 事実上、昼休みはに仕事していることになっていたので、自由に移動販売しながら生きていけたらとよく思いを馳せたものだ。


 それに、とムラカミは異世界到着時に軽食の女神から貰った手紙を思い出していた。


(私たちが人間界の食事をまねて作った料理を、異世界の方に味わって貰って反応を知りたいのです。

 じゃんじゃん販売しちゃってください!――といってたしな)


 まさか女神たちが作っていたとは驚きだが、召喚したときに払っていたGゴールドは、軽食の女神へ還元されてたんだなぁと、不思議と納得した。


「それでは予定通り、私はロロウェルミナ誕生杯にエントリーしてきます」


「水路レース、気を付けてね」


 はい、と微笑んでリリーベルは、アウラレイク入り口近くのエントリー所へ小走りに向かっていった。


 村上は人ごみの中、橋脚から湖を見下ろす。


 外からの来客を歓迎して、多くの船が色彩豊かな旗を掲げ、船頭が手を振っていた。


「お母さんが優勝したレースに参加したい――か。

 俺も売れると良いな」


 サラリーマンだった時に憧れたことは、すべて試したい。


 おじさん臭く腕を回しながら、村上は気合を入れ直すのだった。


★☆★


 湖の街アウラレイクには水路が張り巡らされている。


 石作りの家が多く、村上は行ったこともないヴェネツィアを思い出していた。


 大通りの一角、商人ギルドが既にレンタル用フードカウンターを並べている区画に到着し、指定されたカウンターでリュックサックを置いた。


「木のぬくもりが優しい屋台って感じだな」


 カウンターを撫でてみると、滑らかな手触りが返ってきた。


「今日はよろしくお願いします」


 隣に座るのは80歳を過ぎた老人男性だ。


 全身が白く、眉毛で目が見えない。


 口髭ももじゃもじゃだが、全身から穏やかで優しそうな雰囲気を感じた。


「おお、異国の方か。今日はよろしくじゃ」


(お隣の方は鉢植え販売か)


 小さな鉢に一輪の花が植えられて、カウンターを色鮮やかに染めている。


「よおし、俺もやるぞ!」


 ステータス画面を開き、水の都に似合うファストフードを選択する。


「水辺の街ならではと言えば――やっぱこれかな」


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【本日の料理】

・フィレオお魚バーガー(マクドゥ・ナルトン)

・400G

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 付け合わせも選ぶことにした。


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【本日のサイドメニュー】

・マクドゥフライポティト(M/マクドゥ・ナルトン)

・330G

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 お祭りには喉越し爽やかな飲料水も必要だ。


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【本日の飲み物】

・スプライト

・140G

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 これらを数個並べて様子を見ることにした。


「けど、なんか色味がないな……」


 フードスタンドとして包まれたハンバーガーとカップのスプライトを並べた。


 しかし向いや左右の露店に比べて、旗やお品書きも無いため、地味なのは否めなかった。


「にいさんや」


 と、隣で見守っていたご老人が穏やかな声で話しかけてきた。


「もし良ければ花なんぞ、どうじゃ?」


 どうやら村上の悩みを察してくれたようだ。


 確かに花の一つもあると、カウンターが華やかになるかもしれない。


「ありがとうございます。

 一つおいくらですか?」


 すると老人は大きく目を開いて、カカカと笑った。


「異国の若者へ、プレゼントじゃ。

 隣になったのも何かの縁じゃろう?」


「いいえ、そうもいきません」


 だが村上はやんわりと断る。


「価値ある商品に対価を払うのは、礼儀ですから。

 受け取ってもらえると、僕は嬉しいです」


「ほう――今時珍しい男じゃ。

 よし気に入った。400Gで売ろう。

 ただし、こっちをな」


 老人はカウンターの下から、立派な茎と、まだ真白だがほのかに桜色をしている蕾の鉢を渡してくれた。


「なんか、立派そうですけど――咲いたらどんな花が?」


 花のことは全然分からないが、他の花に比べて不思議な温かみを感じる。


「カカカ、それは咲いてからのお楽しみじゃ。

 人間も何が咲くのかを楽しむものじゃろう」


 村上はお礼を言って老人へとお金を渡して、カウンターに鉢植えを置いた。


 正面からお店を見ても、まだ蕾だがなかなか様になっている。


(うん、悪くない。

 シンプルな露天だけど、引き締まった気がする)


 ――と、その時、背後に人の気配を感じた。


「おお、いらっしゃい」


 頭からつま先まで、派手な深紅のローブを身にまとう背の小さい少女の姿があった。


「嗅いだことのない良い香りがするのは、お花かしら?

 それとも、そっちの包みかにゃ?」


「そちらの旅人さんですぞ」


 と、お爺さんが促してくれた。


「へえ……面白い包みですわね。

 一つくださらない?」


「はい、どうぞ。

 600Gです」


 お金を渡した少女は、包みを手にして不思議そうに見つめた。


 フードからこぼれる、銀の髪が肩にふわりと揺れる。


「包みを開くんです」


「ふむふむ」


 丁寧な口調のわりに、活発そうな口調が見え隠れしている。


 やがて小さな桜色の唇が、そっとフィレオお魚バーガーの端をかじった。


 ――サクッ。


 目がぱっと見開かれた。


「……まぁっ! 

 この、外の衣……ふわふわで、かりりとしていて……!」


 中の白身を確かめるように、もう一口。


 頬がゆるみ、瞳がきらきらと輝く。


「お魚が……やさしくほどけて……んぐ、これ、アウラレイクの人たちにもぜひ食べてほしいですわ!」


 フードの隙間から見える、落ちそうな頬を支え、彼女は一瞬で食べきってしまった。


「もう一つ、あと三つ、三つ、くださらない!」


 多めに作っておいた方が良さそうですよ、女神様と内心思いながら、村上は次のフィレオお魚バーガーを差し出した。




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