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第10話 竜の口には刺激物を。

 ――ドンッ。


 ――ドンッ。


 アウラレイクの青空に赤や緑の煙玉が打ちあがる。


 ヴィーゼ領における16回目ロロウェルミナ誕生祭が始まった。


 人々は歌い、歓声と共に人間の流れが激しさを増していく。


 時刻はお昼少し前だが露店を挟む大通りの人込みは激流の如く、『フードスタンド ムラカミ』の前もごった返していた。


 椅子の上で激流を眺めていると、一人の冒険者風の男が立ち止まった。


「おっちゃん、これは飲み物か?」


「いらっしゃ――い!」


 何とか驚きを隠して、接客できたことに村上は自分をめてやりたい。


 皮の軽装備に身を包み、腰に剣を指す冒険者風の男なのだが、どうしても目が行くのは頭部が竜ということだ。


(何とか堪えたが、さすがにこれは驚くぞ!

 ファンタジーに出てくる竜っぽい人型――ドラゴニュート族ってやつか)


「飲み物なら何でもいい。

 人が多くてスッキリしたいもんだ」


「ならこのスプライトは丁度いいですね。

 300Gですがいかがですか」


 ドラゴニュートの男は腰の袋から300Gを取り出して、カウンターに置いた。


「色々な国を渡り歩いたが、聞いたことが飲み物だ」


「少しだけ独特な風味かもしれません。

 始めは少なめの飲むのが良いかと」


 村上から鱗に覆われた手でスプライトを受け取ると、不思議そうに眺めた。


「蓋に木の棒みたいなのが刺さってるな。

 どうやって飲むんだ?」


「それはストローと言いまして、管になってます。

 そこから中のジュースを吸うんですよ」


「ほお、初めての飲み方だ」


 竜特有の前に長い顎にストローを加え、男は「ズッ!!」と勢いよく飲んだ。


「初めての方は――!」


「ごふぁぁぁぁっ!」


 盛大に男の口から、炭酸飲料が宙を舞った。


 遠くから見たら虹が生まれるほど綺麗な吹き出し方だったろう。


「だ、大丈夫ですか、お客さん」


「こ、こいつは……!」


(異世界人に炭酸飲料早かったか――!?)


 頭に血が上った冒険者は剣をすぐに抜くかもしれないと思い、すぐに身を引いた――が。


「喉が強烈に洗い流されて――しかも、あめぇ!

 こんな刺激的な飲み物、生きてきて飲んだことねえぞ!」


 叫んだ男はすぐに300Gをカウンターに叩きつけるように置いた。


「次だ、次をくれ!」


「は、はい」


「おい、お前らも飲め!

 酒よりもうまいぞ!!!」


 ドラゴニュート族の男が背後に叫ぶと、わらわらと他のドラゴニュート族が集まってくる。


 総勢5人のいかつい団体さんは、仲間にスプライトを勧められ、面白半分で次々とお金を置いた。


「いくぞ、せーの!!」


 まるで海賊同士の酒の飲み合いのように、お互いに腕を酌み交わしながらスプライトを天に掲げて、ストローのまま全力で飲み干す。


 ――ズッ!


「くあああああああ、焼ける、喉が、身体がしびれるぜえええ!」


 炭酸飲料で中学生のように盛り上がるドラゴニュート族を、道行く観光客たちが不思議そうに見つめていく。


『なんか面白そうだな……』

『魚を挟んだパンを売ってるらしいぞ』

『あの黄金色に輝く長細いのは、芋らしいぞ?』


 一人が恐る恐る購入して、次の瞬間に感動の嵐に包まれると、噂は街中に伝染するように走り出した。


 その結果、お昼を過ぎた頃にはあっという間に、追加で並べていたフィレオお魚バーガー、マクドゥフライポティト、スプライトもすべて売り切ってしまった。


 メニュー画面が、売り切れ表示になったので、女神様の調理場でも、一度食材確保のターンになったようだ。


「はぁ……はぁ……こんなに忙しかったのは、学生の時以来だ」


 高校時代にアルバイトしていたファミレスの昼時を思い出して、村上はどすっと椅子に腰を下ろした。


「お前も見守っててくれてありがとな。

 おかげで完売できたよ」


 蕾に話しかけると、返事はないが、ほのかに風に揺れた。


「大繁盛じゃったな」


「ありがとうございます。

 いただいた花が見守ってくれていたことも助かりました」


「カカカ、にいさんは植物にも礼を言うとは、変わった奴じゃ」


「そうですかね」


 日本ではなんでもかんでも神が宿るイメージが根付いているので、自然と身についていたのかもしれない。


 「どれ、ワシも一ついただこうかの――いや、売り切れじゃったか」


「お待ちください。

 飲み物ならすぐ出せそうです」


 おそらく最後になるであろうスプライトをタップすると、村上の手に冷たい感触が生まれた。


「どうぞ」


「140Gじゃったかの」


「いや、お金は――確かに頂戴しました」


 お爺さんはかっかっかと笑い、髭の中にストローを突っ込んでスプライトを喉に流し込んだ。


 眉毛に隠れた目が大きく見開いたのは、言うまでもない。


★☆★


 水上レースのロロウェルミナ誕生杯が開催されるのは、昼と夕方の間ごろだと聞いていた。


「リリーベルさんの様子でも見に行くか」


 鉢植えを大切にアイテムボックスに収納して、露店を後にしようとする。


「お待ちください」


「ん?」


 振り返るとそこには小さな少女がいた。


 青いドレスの装飾は素人目に見ても値打ちがありそうな豪華な作りだ。


 肩には誕生祭が始まる前に見た、真赤なフード付きのローブを羽織っている。


 銀色の髪は太陽の光に反射して美しく輝き――何よりも目を引いたのはその頭にだった。


「お話があります。

 ぜひ、私のお屋敷までご足労願えるかしら」


 頭部には真黒な色の猫耳が生えていた。


「ええと……君は?」


 村上の言葉に、先ほどまでの気品ある振る舞いはどこえやら、かあっと頬を赤くして、少女はコホンと咳払いをする。


「淑女として大変失礼いたしました。

 わたしはロロウェルミナ=ヴィーゼ。

 シェフムラカミ、お初にお目にかかります


 スカートの裾を持ち上げて、優雅に頭を下げるが――どうにも猫っぽいところが、可愛らしくて村上は二つ返事でお誘いに乗ることにしたのだった。


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