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第11話 プレイミアムな願いごと

『サラリーマンが軽食スキルで異世界…11話目


第11話 プレイミアムな願いごと

 激流のような人ごみの中、ロロウェルミナ=ヴィーゼの後をついて村上は歩く。


(見失いそうだけど、ネコ耳が揺れてるから安心だな)


 小さい背丈は140cmくらいだろうか。


 妙にすばしっこそうなイメージがあるのは猫っぽいせいかもしれない。


 しかし人ごみを悠然と歩く姿は、幼い頃から指導を受けたお嬢様だ。


「豪華なお祭りでしょう?

 毎年、お父様とお母さまが開いてくださるの」


「良いご両親じゃないですか」


 表情は分からないが、声音からわずかに戸惑いが見えた気がした。


「わたしは、お父様もお母様も好きよ。

 けれど、毎年盛大すぎてね。

 少しだけ、ほんの少しだけよ?」


 旅人にしか打ち明けられない想いを、息を整えて口にした


「――寂しいわ」


「寂しい…?」


 盛大なイベントは世界各地から人も集まる。


 楽しさや、もし騒音を感じることがあったとしても、寂しさを感じるのは珍しいと感じた。


「さあ、こちらにどうぞ」


 村上の疑問をよそにロロウェルミナが案内したのは、どこまでも外壁が続き、装飾豊かな鉄門を持つ彼女の御屋敷だった。


「は、はい」


(ヴィーゼ領一帯を治め、毎年誕生祭を開くような一族が何の用だろう)


 思い当たる節といえばファストフードを振るまったことしかない。


(お嬢様は喜んでくれたようだけど、もしかして口に合わなかったか……?)


 上流階級ならばあまたの美食を口にしてきただろう。


 身をこわばらせながらロロウェルミナについていくと、とある部屋に通された。


「お父様、お母様、お連れしました」


 丁寧に頭を下げるロロウェルミナの前には、人間の紳士と猫耳姿の淑女が二人を待っていた。


「ありがとう、ロロ」


 父親にロロと呼ばれたロロウェルミナは気恥ずかしそうに顔を撫で、両親のもとへと向かった。


 村上はソファーを促されて座る。


「突然のお呼びだてにも関わらず、ありがとうございます。

 私はロロの父、ケビンです。

 妻はミアウェルナウと申します」


 「私は村上――村上宗十郎むらかみ そうじゅうろうと申します」


 サラリーマン時代の癖で、つい立ち上がりながら胸ポケットを探って名刺を出していた。


「ほう……珍しい異国の言葉だ。

 頂戴しよう」


 ケビンは穏やかに名刺を受け取り、胸ポケットへと名刺をしまった。


「さて早速ですが、お呼びだてしたことには訳があるのです」


(現代の料理に禁止されてる調味料とか入ってたのだろうか……呼ばれるときは、大体クレームだから良いイメージがないな)


 表情に焦りは見せないようにしているが、背中は冷や汗でびっしょりだ。


「娘がムラカミ殿の露店で珍しい食事を食べたと喜んで帰ってきましてね。

 それは大層――ここ最近でも見ないほどの喜びようでした」


「お褒めに預かり光栄です」


 領主と話す経験がないので、村上の中にある丁寧な言葉を総動員して何とか返答を絞り出す。


「私と妻も頂きましたが、あんなにおいしい料理は初めてでした。

 お恥ずかしい限りですが、私はこれでもヴィーゼ領の美食家の一人でしたが、世界の広さを知りましたよ」


「お口にあったようで何よりです」


「それで本題はここからなのですが、娘が言い出しましてね。

 ――村上殿から料理を学びたいと」


「んん!?!?」


 予想外の言葉に村上は言葉が詰まる。


 ちらっとロロウェルミナをみると、品位あるお嬢様のように小さく会釈したが、目は悪戯っ子のようにらんらんと輝いている。


「領主様。

 実は私の料理は少し特殊でして、この辺りでは素材も調理器具も手に入らないと思います」


「ほう、それほど珍しいのですか」


「ですから私も、ええと何と申しますか、遠く離れた調理場から召喚魔術によって取り寄せているのです」


「なんと、村上殿はシェフであり魔術師でもあったのですか!

 ほおお、なるほど、それは旅人なのも納得ですね」


「ですから調理方法をお伝えするのは難しいのです」


「そうだったのですか。

 ――どうだロロ?

 分かっただろう、あれほどの料理、教えてもらうのは難しいのだよ」


 まるでこのセリフを準備していたように、ケビンはロロウェルミナへと話しかけた。


「いいえ、納得できませんわ。

 ならば現地の食料で近いものを作ります」


 しかしロロウェルミナも予想通りの反応を待っていたのか、すらすらと返答の言葉が出た。


「いや、しかしだな。

 見たところ村上殿は旅人だ。

 しかも見たこともない異国からのな。

 これからも転々とする方に、着いていって学ぶこともできないだろう?」


「私も今日で16です。

 人とミャウ族のハーフではありますが、少なからずミャウ族の血統を引く者。

 16歳にもなれば、己の興味がある分野で、世界を知る旅に出る習わしのはずです」


「ぬぐぁ!」


 紳士的な見た目のケビンだが、ロロウェルミナの反論に胸を抑える。


(なるほど、大体わかってきた。

 ロロウェルミナが俺を呼びだしたのは、旅に出たいため。

 そして父親は愛娘を旅立たせたくないってわけだ)


「ママ、ロロが立派なことを言ってくるんだがあ!」


 先ほどの威厳もなくなり、ケビンはミアウェルナウに泣きついた。


「あらあら、お恥ずかしいところを。

 ごめんなさいね、村上さん。

 この人はいつもこうなの」


「あ、いえ、多分どこの家庭もそうです」


「見ての通り、ロロはミャウ族と人のハーフなの。

 種族を超えた子どもは難産になりやすいのよ。

 そのせいか、この人は一人娘を、溺愛しすぎてね」


 頭をなでながら優しそうにミアウェルナウは笑う。


「ミャウ族は見分を広げるため、学ぶべき分野を決定したら旅に出る風習があるの。

これは本能ともいうべきものね。

 それがこの子にも受け継がれているのよ」


「なるほど……」


(ミアウェルナウさんは旅に出すことには好意的みたいだ。

 問題は親父さんだけか……)


「どうにか子離れしてくれたらねぇ」


「あの、もし良かったらなんですが、まずこちらはいかがでしょうか」


 俺はメニュー画面を呼び出して、とある飲み物をタップする。


-------------

【本日の飲み物】

・プレミアムローストコーヒー(S)

・120G×2個(ホットとアイス)

-------------


「これは――?」


 母親は不思議そうに紙コップへと手を伸ばす。


「な、なんだかいい香りがするな……」


 泣き崩れていた父親が、顔を上げる。


「私の国の飲み物です。

 程よい苦みで気持ちが落ち着きますよ」


「ああ、いただいてみよう」


 二人は恐る恐る鼻に近づける。


「落ち着く香りだ……」


「ええ、紅茶とも違いますね」


「豆を焙煎して苦みや飲みやすさを調整しているんです」


 ちなみに猫舌を加味して奥様にはアイスで提供した。


 二人が口元へと運ぶと――。


「……なんだこの苦みは、身体に染みわたりなぜか落ち着く」


「そうですね、ほっとします」


 羨ましそうにロロウェルミナが見ているが、好きそうなら後で出してあげようかと思う。


「……そうですね、私も取り乱してしまった。

 申し訳ない、村上殿」


「いえ、可愛いお嬢様ですから。

 そのお気持ちよくわかります」


「そうでしょうそうでしょう!

 あとで幼き日の思い出をいくらでも語りますからな!」


 娘といえば、と村上の脳裏にはリリーベルの姿が浮かんだ。


(早くレース会場に向かわないとな)


「それでは、一度皆様で話していただいて、そろそろ行かねば――」


 といおうとしたとき、ケビンさんが自分の太ももを、勢いよく叩いた。


 ――何かを決断したように。


「ようし、分かった。

 ならばヴィーゼ式で決めようじゃないか、ロロ」


「その言葉を待ってたにゃあ!

 ――いえ、待ってましたわ」


 二人は向き合い、瞳に闘志を燃やす


「「水上レースで決闘よ!!」

「「水上レースで決闘だ!!」

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