時間は少しばかり舞い戻る。
「えっ、二人一組になったんですか!?」
石橋で村上と別れたリリーベルは、ロロウェルミナ誕生杯に参加するため、エントリーカウンターへと向かった。
受付嬢は困ったような顔で、リリーベルへ改めて説明する。
「回数を重ねるごとに改良が加えられて、昨年から一艘の競艇に『走者』と『射手』の二人チームで参加になったんです」
「そ、そんな――!」
胸元から使い古された手帳を取り出して、急いでページをめくるが、母親の時代では純粋に船のレースだったようだ。
「うう、仕方ありませんね。
ありがとうございました」
(ムラカミさんの露店が落ち着いていたら、お願いしてみましょう)
思ったよりも落ち込んでいないのは旅の同行者がいるおかげだろう。
(一人だったら、早くも挫折していました。
まだ希望はありますね)
村上が露店を出している大通りは確かもっと西側だ。
人目が多いのでフードを被るか悩む。
しかし催事ならば他種族もいいので、皆がエルフだと物珍しく見てこないので、普段よりも気が楽だった。
(……なんだか良い匂いがしますね)
朝ごはんは『宿屋くるみ亭』でしっかりと食べてきたはずだが、リリーベルのお腹は想像以上に早く、エネルギーを欲していた。
誰も聞いていないが、なんだか恥ずかしくなり、人目を避けるつもりが、気づけば匂いに引き寄せられていた。
「わあ、これはアウラレイク名物のフィッシュ・アンド・チップスですね」
まもなく始まる誕生祭に向けて露天商のおじさんが、せわしなく白身魚を2~3cmに切っていた。
カウンター奥には衣が準備され、手前の鍋には油が沸騰して、魚を待ち構えている。
「おう、いらっしゃい――って、おお珍しいな」
「初めまして」
他の種族は世界を巡ることが多いのだが、エルフが決まった土地から出るのは稀だ。
驚かれることには随分慣れているのでリリーベルは顔色を変えない。
「もう営業されてますか?」
「ああ、焼き立てだよ。
ロロウェルミナ様お墨付きのフィッシュ・アンド・チップスさ。
エルフも大好きなお魚だ、おひとつどうだい?」
カウンターには既にカラッと揚げられた黄金色のお魚たちが、リリーベルに選ばれるのを待っているようだった。
「ではおひとつください」
「あいよ、500Gだ」
お代を支払い、リリーベルは熱々のフィッシュ・アンド・チップスを受け取る。
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【本日の異世界飯】
・揚げたてフィッシュ・アンド・チップス(ロロウェルミナお墨付き)
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路上から外れた花壇の淵を見つけて、ハンカチを広げてから彼女は座った。
「いただきます」
サクッとした衣の歯ごたえを楽しみ、ほくほくの白身魚を口の中で味わう。
(フィッシュ・アンド・チップス。
母の手帳にもあった食べ物です)
酢と塩で味わうのが伝統的な食べ方だ。
けれど、あの露店では代わりにレモン果汁が絞られていて、爽やかで食べやすい。
(とてもおいしいです。
母は確か、冒険の仲間と一緒に食べたと書いてました)
少し早まったとリリーベルは反省する。
(ムラカミさんと一緒に食べるべきでした!
食べ物につられてしまうのは私の悪い癖です……!)
食べ終わったら村上さんの分も買っていこう、そう心に誓ってとろけるような幸せそうな笑顔でリリーベルは完食する。
「ごちそうさまでした」
再び露店の前に戻り、白身魚を揚げているおじさんに話しかける。
「すみません、もう一ついただきたいのですが……」
「ありがたいねぇ、そんなに旨かったのかい?
本場のエルフさんにまでそういわれちゃ、おじさん自信着いちゃうなぁ!」
言葉の意味を知り、リリーベルは頬を赤らめて弁解する。
「――あ、わ、私が食べるわけじゃないですよ?
た、食べさせたい方がいるので」
「ああ、お仲間か。
あのエルフの姉さんに持ってくんだろ?
待ってろ、今準備してやるからな!」
「あのエルフの姉さん……?」
リリーベルが言葉を繰り返したとき、突然視界に影が差し込んだ。
まるで背後に背の高い誰かが来たような。
「マ、マリアベル……お前、生きてたのか!?」
「きゃっ!」
背後から突然抱き上げられ、リリーベルは身をこわばらせる。
「は、離してください!」
「少し見ないうちに、随分と小さくなったな。
これじゃ私と出会う前じゃないか、ぬははは!」
暴れるリリーベルを地面に置くと、くるりと振り向かせる。
とがった耳と細身の身体、整った美しい顔立ちはエルフそのものだ。
だが女性のエルフでも珍しく、身長は2メートルはある。
「んんん、顔がなんかマリアベルっぽいような、そうじゃねえような……半分くらいマリアベルだな……」
「ど、どちら様ですか?」
エルフにしては背の小さいリリーベルは、長身の女性を見上げた。
「おいおい、忘れちまったのか、私だよ私!
お前の右腕といえばアリエンダ=グロリアーナだろ!」