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第13話 白百合と猫

 ――ドンッ。


 誕生祭の開始を告げる、色とりどりの煙玉が空を彩った。


「申し訳ありませんでした。

 まさか母のお友達に出会うとは思ってもいませんでした」


 再び花壇でフィッシュ・アンド・チップスを片手に、リリーベルとヴァルキュリア=グロリアーナは並んで座っていた。


「いやぁ、悪かったな。

 まさかマリアベルの娘とはな、そりゃ瓜二つなわけだ!

 ぬははは!」


 豪快に笑いながらヴァルキュリアは、獣のように白身魚を嚙みちぎる。


(母の手帳にあった「ヴァル」とはこの方ですね。

 背筋を伸ばして黙っていれば、エルフ一の美女のはずなのに――と書かれてましたね)


「マリアベルが死んでから何年経ったか……エルフってのは長寿のせいか記憶力が足りなくなるぜ」


「そうですね。

 ですからこれからの遠い未来、生涯忘れないためにも、私は母の旅路を追ってるんです。

 楽しい思い出で埋め尽くしたいから」


「ほう、そりゃまた――命懸けだな?」


「お、脅かさないでください。

 今は当時より平和なはずです」


「まあな、良い時代になったもんだぜ。

 おかげでマリアベルに勝てなかったがな!」


 悔し気に食べ終えた紙袋を握りつぶす。


「山道を駆け下りた馬のレースも、釣り競争も、毎日の火起こし競争も、全部マリアベルに――いや、負けたわけじゃねえ、あいつの運が尋常じゃ良かっただけだ!

 モンスター退治競争さえあれば、私が圧勝したはずだ!」


「ふふ、ヴァルキュリアさんも、母に沢山振り回されたようですね」


「ヴァルで良い。

 その顔でなんて呼ばれると鳥肌が立つぜ」


 ――で、とヴァルはリリーベルに向き直る。


「マリアベルの旅路を追ってる、ってことは、催事を楽しみに来たのかい?」


「母さんが体験したことをやってみたいと思いました。

 だから水上レースに出てみようかと――」


「おお? おおう?」


 にやりとヴァルは歯をむき出しに笑う。


「普段から善行は積んでおくもんだねえ。

 まさか2代目と勝負を付けるチャンスがもらえるとはね」


「え、えーっと?」


 まさかと思い、リリーベルは手帳を懐から取り出して、ページをめくる。


「その表紙は懐かしいな、隠れて書いてたマリアベルの日記じゃねぇか。

 書いてるだろ、戦友との過激な順位争いの末、辛勝したと。

 あいつは最強の好敵手だと」 


「1位で優勝してフィッシュ・アンド・チップスが美味しかったこと以外は……」


「ぐああああ、あいつのそういうところが、大嫌いなんだよ!

 行くぞ、娘、私も絶対にエントリーしてやるからな!!」


 ヴァルにぐっと手を引っ張られると、リリーベルの身体がふわりと浮いて、そのままエントリーカウンターへと再び連れていかれる。


 後で二人一組だと伝えたら、どうするんだろう、とリリーベルはのんきに考えていた。


★☆★


 そして、時間は現在へと辿り着く。


 村上はケビンとロロウェルミナと共に、水路レースのエントリー会場へ足を運んでいた。


「ああそうでした、今年はエキサイト性を高めるために、二人一組にしたんでした!」


 頭を抱えてケビンは地面へとうなだれる。


、わたしもパートナー見つけないですわね」


 ちらりとロロウェルミナが村上を見上げるが、村上は目線を外した。


「おいおい、40代のオッサンには激しすぎるだろう」


「そうでしょうか。

 わたしは行けそうだと踏んでいますが」


「船を操縦する走者なら可能性はあるが、相手を妨害する射手はキツイかもな」


 合計12艘の船が並び、一斉にスタートしてアウラレイクの水路を一周して戻ってくる簡単なルールである。


 船を引くのは水辺の妖精ケルピーだ。


(馬のお化けみたいなやつだよな確か。

 あれの手綱を握るのもコツが必要かもな)


 昔プレイしたゲームの記憶を探って、ケルピーの姿を想像する。


「なら特別杯でもやろう、どうしても娘と勝負を付けなくてはいけないんだ!」


「わたしが負けるたら、旅に出てもアウラレイクから半径1キロ以内という姑息な約束ですものね」


「ああ、そら必死になるわな」


 だがいくら領主が泣きついても、受付嬢は首を縦に振らなかった。


「領主様といえど、ルールを破ることはできません。

 多くの方にルールを説明してきたので、断られた方の想いを無下にはできません」


「うう、だがしかしだな……!

 このままではママにも押し切られて、勢いでロロを旅立たせてしまいそうなんだ……!」


(半泣きだけど、受付嬢さんは慣れてる感じだな。

 役所の人はよく見る光景なのかもしれない)


「パパ、カッコ悪いにゃあ――コホン、お父様、自分で決めたルールは守りましょう」


「いやだいやだ、パパは絶対に勝負をするんだ!」


「もしかして、ミアウェルナウさんがいないと、こうなのか」


「だいたいそうですわね」


 地面でブレイクダンスをして駄々をこねる領主を呆れて見つめていた時、人込みをかき分ける声が響いた。


「おっと、ごめんよ、通させてもらうぜ」


「ムラカミさーん!」


「リリーベルさん!」


 嬉しそうに手を振るリリーベルに村上は手を振り返す。


「おっさん、おおよその話は聞かせてもらったぜ」


「あ、あなたは――」


 涙がにじむ顔で豪快な口調の美人なエルフが、ケビンに手を差し出した。


「勝たせてやるよ。

 私も決着をつけたい奴がいてな」


「おお、通りすがりの女神様よ……!」


 涙を拭って、ケビンは背筋を伸ばし、髪を整えて立ち上がる。


「この勝負、私の勝ちだぞ、ロロ。

 やはり最後は人徳だ。人を引き付ける魅力がすべてを制する。

 さあ、棄権してもいいんだぞ?」


 パートナーが決まった途端、物凄く強気だった。


 なぜか台詞が悪役のようで、ロロウェルミナの感情を逆立たせている。


「くっ……お父様にだけは負けたくないですわ」


(あの豹変ぶりだと、人としても負けたくないよなぁ)


 眺めるムラカミの隣で、リリーベルが「うんっ」と己を鼓舞するように頷いた。


「私が一緒に出ます。

 母が見た景色を見たいから――ヴァルには負けたくない」


 瞳はいつも以上に光を秘めている。


 凛と咲く白百合の花のように、リリーベルはロロウェルミナへと片手を差し出し――。


「その瞳――お互いに勝ちをもぎ取りたいようね」


 強く、握り返した。


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