目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第14話 焼き菓子がほどくのは緊張感

「間もなく始まります、第16回ロロウェルミナ誕生杯。

 実況は水路管理組合イベント企画課のウォルターがお送りいたします!」


 現代ならば競馬の実況をやってそうな真面目な男性の声だ。


「優勝者にはヴィーゼ家ご提供の金一封が贈呈されます!」


 アウラレイクを見下ろせる時計塔のバルコニーから、ラッパ上のパイプ缶――伝声管でんせいかんに向かって、会場中の熱意を汲んだかのように語る。


 街中に貼り巡っている伝声管でんせいかんにより、レース実況が届く仕組みだ。


「水路レースの歴史は、100年以上前に世界を救った勇者様たちの物語まで遡る――」


 各競艇の準備が整う前口上なのか、実況アナウンサーは水路レースの歴史を語り始めた。


 リリーベルをはじめとした出走者たちは、待合場となる水辺で自身の競艇と妖精のケルピーを確認していた。


「リリーベルさんとロロウェルミナさんの出走はあと少しか」


 村上も激励のために二人のそばへと駆け付けていた。


「露店もあるのに、ご足労いただいてごめんなさい、ムラカミさん」


「こういう時は誰かが近くにいた方が、安心して走れるもんさ」


 村上の言葉にリリーベルは、ハッとしたように口元を抑える。


「いつも気遣っていただいて、ありがとうございます。

 私はいつも……一人で戦っている気ばかりで、恥ずかしい限りです」


「若いうちは頼り方なんて分からんもんさ。

 あのくらい力を抜いても大丈夫さ」


 ちらっと最年少のロロウェルミナに視線を移す。


 ケルピーを撫でていたが、あまりにからかい過ぎて、手を噛まれていた。


「あにゃああああ!」


 村上の視線に気が付いて、ロロウェルミナは手をさすりながら走り寄ってくる。


「飼い犬に噛まれるとはこのことなのよ!」


(馬だけどな……)


「わたしはケルピーの手綱を握る。

 妖精はそもそも癖があるけど、ケルピーは幼い頃から触ってたから、大船に乗った気で安心しなにゃさい、リリー」


「リリー?」


 リリーベルが首を傾げると金髪の三つ編みが同じように揺れた。


「リリーベルよね、だからリリー」


「そんなふうに呼ばれたこと、初めてです」


 目をウルウルさせて、ロロウェルミナの手をさっと取った。


「絶対に勝ちましょう、ロロウェルミナ様」


「ロロでいいわ。

 旅人にまでかしこまられたら寂しいもの」


 同い年の女の子の友達ができて嬉しいのか、ロロウェルミナ改め、ロロは頬を染めた。


「射手は頼んだわよ、調子に乗った領主は叩き落していいから」


「弓は得意です。

 形状は違いますが、多分行けます――いえ、やりますね、ロロ」


 リリーベルが手にしたのは、先端に水晶が乗ったオーソドックスな長杖だった。


 先端の水晶に【ウォーターアロー】が封じられている。


 杖を振るだけで、バケツの水を当てる程度の威力がある、水の矢を発射できる仕組みだ。


「期待してるわ。

 今日のこの日が私の人生の分岐点にゃんだから」


「私も過去の景色を知ることができる、唯一の状況ですから」


 二人は見つめ合って手を握る。


(若人が真剣に挑む姿はいつも胸を打つものがあるな)


 だが表情は硬く、やや緊張が強いようだ。


 壁に背を預けながら話を聞いていたが、何かできることはないだろうか。


(俺には戦闘で秀でた能力も、二人の力を大きく向上させる能力も、ましてや乗り物を強化するようなチート能力も持ってない)


 しかしチートが使えたとしてもだ。


 真剣勝負で未来への道を切り開こうとする二人には、きっと余計なお世話だろう。


「だからオッサンができることといえば――」


 メニュー画面を開き、商品を二つ分、タップする。


「リリーベルさん、ロロさん。

 勝利を願って、さあ手を出して」


 振り向いた二人は不思議そうに手を出した。


--------------------

【本日のデザート】

・マカロン ラズベリー味(マクドゥ・ナルトン)

・190G(×2個)

--------------------


「わあ、この可愛いピンク色の食べ物はなんですか?」


 瞳で輝く星が宙に飛び出すほどの輝きで、手のひらに置いたマカロンを宝石を見るように見つめている。


「わたしでも見たことがない菓子……のようですわね」


 美食家の娘であるロロも不思議そうに匂いを嗅いでいる。


「マカロンといって、小さな焼き菓子さ」


「食べるのが勿体ない可愛さがありますが――いただきます」


 桜色の唇へマカロンを運んだ時、リリーベルは「んんー!!」と、頬を染めてロロへと何かを訴えている。


「そんなにですの?

 こう見えてもわたしは、世界各地のお菓子も食してきた娘ですにゃよ――――」


 疑いながらも小さな口へマカロンを押し込む。


「にゃああ!!?

 な、なんにゃ、このさくっとした生地、けれど中にはとろける生乳――?

 んにゃ、これは、甘酸っぱくて……ベリー系のクリーム……!」


 ロロの瞳孔が猫のように縦に開いて行く。


「こ、こんなに複雑な甘さが交じり合ったようなお菓子――食べたことにゃい!!」


「ですよね!

 ムラカミさんが召喚する食事はいつも凄いんです!」


 自分の護衛の手柄を喜んで、リリーベルは少し得意げだ。


「頑張りましょう、ロロ!」


「うん、にゃんばろう!!

 ――あにゃ、コホン、勝利を我らの手に!」


 二人は年相応の女子のようにその場で両手を合わせながら、笑顔で飛び跳ねる。


「どうやら、俺の仕事はここまでだな」


 村上は微笑ましい二人を見つめていると、伝声管でんせいかんがついに叫んだ。


『さあ、次は誕生祭最大の戦い。

 領主様とロロウェルミナ様の水で水を争う、最強決定戦の開催だあああああああああ!!』



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?