「間もなく始まります、第16回ロロウェルミナ誕生杯。
実況は水路管理組合イベント企画課のウォルターがお送りいたします!」
現代ならば競馬の実況をやってそうな真面目な男性の声だ。
「優勝者にはヴィーゼ家ご提供の金一封が贈呈されます!」
アウラレイクを見下ろせる時計塔のバルコニーから、ラッパ上のパイプ缶――
街中に貼り巡っている
「水路レースの歴史は、100年以上前に世界を救った勇者様たちの物語まで遡る――」
各競艇の準備が整う前口上なのか、実況アナウンサーは水路レースの歴史を語り始めた。
リリーベルをはじめとした出走者たちは、待合場となる水辺で自身の競艇と妖精のケルピーを確認していた。
「リリーベルさんとロロウェルミナさんの出走はあと少しか」
村上も激励のために二人のそばへと駆け付けていた。
「露店もあるのに、ご足労いただいてごめんなさい、ムラカミさん」
「こういう時は誰かが近くにいた方が、安心して走れるもんさ」
村上の言葉にリリーベルは、ハッとしたように口元を抑える。
「いつも気遣っていただいて、ありがとうございます。
私はいつも……一人で戦っている気ばかりで、恥ずかしい限りです」
「若いうちは頼り方なんて分からんもんさ。
あのくらい力を抜いても大丈夫さ」
ちらっと最年少のロロウェルミナに視線を移す。
ケルピーを撫でていたが、あまりにからかい過ぎて、手を噛まれていた。
「あにゃああああ!」
村上の視線に気が付いて、ロロウェルミナは手をさすりながら走り寄ってくる。
「飼い犬に噛まれるとはこのことなのよ!」
(馬だけどな……)
「わたしはケルピーの手綱を握る。
妖精はそもそも癖があるけど、ケルピーは幼い頃から触ってたから、大船に乗った気で安心しなにゃさい、リリー」
「リリー?」
リリーベルが首を傾げると金髪の三つ編みが同じように揺れた。
「リリーベルよね、だからリリー」
「そんなふうに呼ばれたこと、初めてです」
目をウルウルさせて、ロロウェルミナの手をさっと取った。
「絶対に勝ちましょう、ロロウェルミナ様」
「ロロでいいわ。
旅人にまでかしこまられたら寂しいもの」
同い年の女の子の友達ができて嬉しいのか、ロロウェルミナ改め、ロロは頬を染めた。
「射手は頼んだわよ、調子に乗った領主は叩き落していいから」
「弓は得意です。
形状は違いますが、多分行けます――いえ、やりますね、ロロ」
リリーベルが手にしたのは、先端に水晶が乗ったオーソドックスな長杖だった。
先端の水晶に【ウォーターアロー】が封じられている。
杖を振るだけで、バケツの水を当てる程度の威力がある、水の矢を発射できる仕組みだ。
「期待してるわ。
今日のこの日が私の人生の分岐点にゃんだから」
「私も過去の景色を知ることができる、唯一の状況ですから」
二人は見つめ合って手を握る。
(若人が真剣に挑む姿はいつも胸を打つものがあるな)
だが表情は硬く、やや緊張が強いようだ。
壁に背を預けながら話を聞いていたが、何かできることはないだろうか。
(俺には戦闘で秀でた能力も、二人の力を大きく向上させる能力も、ましてや乗り物を強化するようなチート能力も持ってない)
しかしチートが使えたとしてもだ。
真剣勝負で未来への道を切り開こうとする二人には、きっと余計なお世話だろう。
「だからオッサンができることといえば――」
メニュー画面を開き、商品を二つ分、タップする。
「リリーベルさん、ロロさん。
勝利を願って、さあ手を出して」
振り向いた二人は不思議そうに手を出した。
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【本日のデザート】
・マカロン ラズベリー味(マクドゥ・ナルトン)
・190G(×2個)
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「わあ、この可愛いピンク色の食べ物はなんですか?」
瞳で輝く星が宙に飛び出すほどの輝きで、手のひらに置いたマカロンを宝石を見るように見つめている。
「わたしでも見たことがない菓子……のようですわね」
美食家の娘であるロロも不思議そうに匂いを嗅いでいる。
「マカロンといって、小さな焼き菓子さ」
「食べるのが勿体ない可愛さがありますが――いただきます」
桜色の唇へマカロンを運んだ時、リリーベルは「んんー!!」と、頬を染めてロロへと何かを訴えている。
「そんなにですの?
こう見えてもわたしは、世界各地のお菓子も食してきた娘ですにゃよ――――」
疑いながらも小さな口へマカロンを押し込む。
「にゃああ!!?
な、なんにゃ、このさくっとした生地、けれど中にはとろける生乳――?
んにゃ、これは、甘酸っぱくて……ベリー系のクリーム……!」
ロロの瞳孔が猫のように縦に開いて行く。
「こ、こんなに複雑な甘さが交じり合ったようなお菓子――食べたことにゃい!!」
「ですよね!
ムラカミさんが召喚する食事はいつも凄いんです!」
自分の護衛の手柄を喜んで、リリーベルは少し得意げだ。
「頑張りましょう、ロロ!」
「うん、にゃんばろう!!
――あにゃ、コホン、勝利を我らの手に!」
二人は年相応の女子のようにその場で両手を合わせながら、笑顔で飛び跳ねる。
「どうやら、俺の仕事はここまでだな」
村上は微笑ましい二人を見つめていると、
『さあ、次は誕生祭最大の戦い。
領主様とロロウェルミナ様の水で水を争う、最強決定戦の開催だあああああああああ!!』