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第22話 ダンジョンは思いのほか怖くない

「ダンジョンか。

 ガラにもなくワクワクするな」


 村上はリュックを背負い直しながら、岩肌がむき出しの洞窟を進む。


 空気は重たく感じられ、埃と湿気が混ざり合ったような匂いが漂う。


 薄暗い闇の中リリーベルが、宙へと柔らかく手を伸ばす。


「"光を"」


 リリーベルの声に呼応するように光が集まり、ソフトボールほどの光玉が彼女の頭上でダンジョンを照らした。


「初めて見た。

 これが魔法なんだ」


「初歩の魔法ですけどね」


「もしかしたら俺も使えるのか?」


 誰でも一度くらいは魔法を使う自分の姿を妄想したことはあるだろう。


 異世界にいるのだから、淡い期待が村上の胸を打つ。 


「どうでしょう、今度試してみましょうか?」


「おう、楽しみだな」


 挑戦したことがない分野に胸を躍らせるなんて学生時代以来じゃなかろうか。


「しかし、やっぱダンジョンってのは暗くて薄気味悪もんだな」


 モンスターが飛び出してくるのではと、必要以上に身構えながら進む。


(以前、モンスターは、ほとんど居ないって言ってたから、大丈夫だとは思うが、この雰囲気じゃな)


「師匠、そこまで構えなくて大丈夫にゃよ」


 先頭を歩きながらロロが、にししと笑う。


 彼女は手に持ったナイフを宙でくるくると回しながら、悠々と歩いている。


 元お嬢様というよりは、身軽な盗賊にしか見えない。


「野生動物がいても、傷は治しますので気楽に行きましょう」


 腹ペコキャラが定着してきていたので、すっかり忘れていたが、リリーベルは治癒師だ。


 怪我しても安心ではあるが、それでも怪我はしたくないと思うのは現代人であるが故だろうか。


(普通は職業「軽食屋の店員」のオッサンはダンジョンに踏み込まんだろうなぁ)


 先ほどアクセサリー商人のミナトに、悲しみの宝石が潜むダンジョンの場所を教えられた。


 リリーベルの母親の旅路をなぞる村上たちが、ダンジョンに踏み込む必要は全くないのだが、実はそうでもなかった。


『あまり現実的ではないことと言いましたよね――』


 ダンジョンの入り口で言い出しにくそうにリリーベルが呟いたのを覚えている。


『実は、母はその宝石と一戦交えて村を救ってるんです』


 つまり手帳の通り餅を食べに来たが、餅を作る人たちがいない。


 だけど期待していなかった戦うべき相手はいる。


(その結果、ダンジョンへ足を踏み入れたってわけだ)


「モンスターが出ないなら出ないで、少し残念か」


「ダンジョンならモンスター! 即死トラップ! そして盛々のお宝!

 にゃもんね」


「冒険譚ならそうですが、実際はダンジョンにはそういったものはありませんよね」


 苦笑するリリーベルにロロは大きくうなずく。


「仕掛けを設置しても作動後に戻す人はいにゃいし、宝箱の中にお宝を入れる人もいにゃい。いても野生の危険生物――ハンティングベアーとかかにゃあ」


「餌場はないのでここまでは入り込まないとは思いますが――」


 エルフの森出身のリリーベルは野生生物に関する知識が深い。


 実に安心できるセリフだと村上は思ったが、だったら先ほどから聞こえる低い唸り声は何だろうか。


「――あの、リリーベルさん」


「はい?」


「もしかしてこの声は、ハンティングベアーでは……?」


「ダンジョンは薄暗さと風によってそう聞こえるだけで――ひっ」


 リリーベルの顔が青ざめる。


 先頭を歩いていたロロは、すぐに村上とリリーベルの前で手を広げて制した。


「いますわ――」


 喋りから猫っぽさが消えたロロは、ナイフを顔の前に構え、太ももからもう一つのナイフを出して、二刀流の構えを取る。


 暗闇でゆらゆらと揺れるぼんやりとした二つの瞳。


「ハンティングベアーなのか?」


 ロロが振り返って唇に指をあてる。


 しっ、と声を出すなという意味だろう。


 二つの瞳が大きく上昇し、村上の身長を超え見上げることとなる。


 2メートル以上はある。


「ガルルルルル……」


 毛並みはとげとげで触ったらゴワゴワしてそうだ。


「隊列は予定通りにいきますわよ」


 3人パーティーになったことで、以前、戦闘時のフォーメーションを決めていた。


 素早さが高く、両手ナイフで戦闘が行える職業「チェイサー(元お嬢様)」のロロが前衛を担う。


 中衛は支援魔法と回復魔法を得意とするリリーベルが立ち、後衛に軽食を振舞える村上がしんがりを務める。


(自分で思い返してて思うけど、俺、ゲームだったら登場時から馬車に押し込まれそうなキャラじゃん?)


 ハンティングベアーは口からよだれを滴らせる。


 鋭い牙はどの肉から食い破ろうかと吟味しているようだ。


 ロロを前衛としてハンティングベアーと見合ったまま、数分。


「し、仕掛けてきませんわね」


「そ、そうですね」


「なあ、この熊。

 よく見たら手に何か持ってないか」


 巨体の顔ばかり見ていたせいで、両腕に抱いているものをよく見ていなかった。


「いろいろ輝いてるな……」


「あにゃ、もしかしてそれって――」


「――宝石の原石」


 ロロは構えを解いて、ナイフを太もものベルトへと華麗に戻す。


 すると熊は鋭い瞳から、穏やかな表情となり、巨体からは信じられないような微笑を浮かべた。


(某夢の国のもふもふの熊を巨大化したような生き物だな……)


 だがその表情はよく見ると穏やかで優しい。


「どうやら宝石を集めていた熊さんみたいですね」


「もしかしてお前も呪われて宝石を集めてるのか……?」


 お互いに血を流す先頭にならなくてよかったが、どこか拍子抜けである。


「ガウガウ」


「なんか言ってるぞ」


「ガウ、ガウガーウ」


 大きな腕を右へ左へ振り、村上たちへ何かを訴えているようだ。


 まるで人間が入っているかのような華麗な手ぶりに感心しつつ、村上は推測する。


「は・ら・へ・っ・た」


 最後に腹をさすったが、知能高すぎじゃなかろうか。


「それにゃ!」


「それですね!」


「いや、どうかなぁ……」


 けど宝石を強制的に集めて狩りもできないなら、可哀そうではある。


「俺たちを襲わなかったし、いっか」


 メニュー画面を呼び出して、熊が好きそうなものをタップする。


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【本日の軽食】

・ハニーディップ(ミセス・ドウナツ)

・172G

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 まんまるでふんわりとしたドーナツが、村上の手元に召喚されたので、恐る恐る熊に手渡すと――取れなかった。


「宝石を手放せないのか……やれやれ、仕方ないな」


 かがんで口を大きく開けた熊へと、ハニーディップを放り投げるとサーカスに所属してたとしか思えない華麗な動きでドーナツを飲み込む。


「がうがうがががう!!」


「おいしいっていってるにゃね」


「ど、どんな味なんでしょうね」


 洞窟の暗闇も吹き飛ばすような眩い瞳の輝きを放つ二人の雇い主が、期待を込めた目で村上を見上げた。


「たんまりあるから、みんなで食べながら行こうぜ」


「やったー!」


「ありがとうござます!!」


「ガウッ!」


 犬のようにドーナツを咥えた熊が先頭になって、村上たちは和気あいあいと談笑しながら、悲しみの宝石に向けてさらにダンジョンを進む。


(……ダンジョンって、思ったより怖くないもんだなぁ)


 と、のんきに思いながら村上はふんわりとしたハニーディップを押し込むのだった。

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