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第23話 宝石は飲めや歌えや

「ツヴァイ・ヴァイトですわ!」


 ロロは両手に持った短剣をクロスしたかと思うと、Xを描くように勢い良く振りぬいた。


 刹那、黒い影は縦に切り裂かれ、この世から消滅する。


「ここはわたしに任せて、先に行ってくだ、師匠!」


 さらに彼女に相対するのは、宝石を守る巨大なドラゴン。


 鋭い牙の間からはシュウシュウと炎の息が漏れ出ている。


「もし、次会えた時は、言えなかったことをいうにゃ――」


「ロロ……」


 儚く笑う猫耳娘の瞳には一筋の涙が――。


「――お前は一人で何を遊んでるんだ」


 村上はロロが明後日の方向を向いている姿を呆れ顔で見ていた。


「いにゃあ、ダンジョンなんて普段入れないから、をしてみたかったんだよにゃあ」


(こっちの世界にもお約束があるのか……)


 黒い耳をピコピコ動かしながら、ロロは頭をかいた。


「結構奥まで来ましたね、熊さん」


「ガウ」


 同じサイズの胃袋を持つ者は仲間。


 熊が言ったわけではないが、リリーベルに懐いた姿を見ると、そう思わざるを得なかった。


「未開の鉱山って感じだな」


 たまにスコップやつるはしも目につくが、肝心の人の姿がない。


「悲しみの宝石ってやつは、どうやって人を魅了するんだろうか」


「母の手帳では、見ただけで見惚れてしまうようです」


「……勝てなくないか?」


 リリーベルのお母さんはどうやって宝石を倒したのだろうか。


 俺の心の声を読んだようにリリーベルは、回答してくれた。


「目隠しをしたまま空気の流れを読んで、斬ったみたいですね」


「エルフはそれが普通なのか……?」


 だとしたら生涯エルフには逆らわない方がいいだろう。


「そんなことないですよ。

 私は刃物も持ったことありません。

 母がほんのちょっぴり、個性的だっただけです」


「ヴァルさんの話を総合すると、天下無双の冒険者って感じだよな」


「……そうですね、それが多少羨ましくもあります」


 並びながら歩くハンティングベアーの、剛毛を撫でながらリリーベルは呟いた。


「私にはとてもできません。

 それに比べて私は狩りの弓術を学び、簡単な魔術を習得した、何処にでもいる普通のエルフです」


 自分の手を見つめながら、寂しげに目を伏せた。


「母の血を引いているのに、全然似てなくて――なんか悔しいです」


 村上に笑いかける姿はどこか痛々しい。


 だが村上はふむっと顎に手を当てる。


「そうかな?

 俺はお母さんのことは、まだあんまり知らないけど、それほど離れてるとは思えないな」


「無理に励まさなくても大丈夫ですよ?」


「いや、エルフはその地に根付くんだろ?

 でもお母さんもリリーベルさんも外に出て、こうして旅をしてるじゃないか」


 ロロもリリーベルに並んで歩き、うむっ! と頷く。


「お母さんのように仲間も集めて、冒険して……これからもっと色々な人に出会えば、お母さんと同じように――いや、それ以上のものを得ることができると思うよ」


「ムラカミさん……」


「親を超えられるのは子どもだけさ。

 まあ、俺も40にして、まだ全然超えたとは思えないくらい厳しいが」


「わたしはパパは超えたかもしれないにゃあ、にしし」


「……ロロは母君へ目標に切り替えてもいいかもな」


 ケビン氏は娘に対しては甘く、とてもひょうきんな人だったが、それでも民に好かれ、ヴィーゼ領を守ってきた立派な人物だ。


 きっとロロもそれを分かったうえで言っているのだろう。


「ありがとうございます、ムラカミさん。

 そうですね、私ももっと色々な事を学んでいきたいと思います」


「ガウガウ!」


「おー、ベアゴロウもそう思うにゃか、良いハンティングベアーにゃ」


(ハンティングベアーに良いも悪いもあるのだろうか)


 リリーベルの魔法で照らされた洞窟内を進んでいくと、何もないうちにダンジョン最深部へと到達してしまった。


 しかもそこは、行き止まりではなく、外へ繋がる口が開いており、日が射しこんでいた。 


「ありゃ、悲しみの宝石ってやつはどこ行ったんだ?」


 村上の疑問をよそに、ベアゴロウは足早に外へと駆け出していく。


「ガウガウガーウ!」


「ついて来いと言ってるようですね」


 リリーベルの言葉に俺たちはうなずいて、後に続いて外へと出る。


 入り口に近づくにつれて、ざわざわとした音が響いてきているような気がした。


 眩いばかりの太陽の光が景色を白銀に染める。


 一時間もダンジョンにはいなかったと思うが、久しぶりに日の光を浴びたような気がした。


「……どういう状況だこれは」


 村上たちが抜け出た先は小高い丘だった。


 一本の桜の木が燦燦と降り注ぐ日の光を浴び、春風によって桃色の花びらを散らしている。


 木の根には巨大な緑の宝石が埋まっていて、何本もの根が絡んでいる。


 そして木の下では、


「飲めや歌えやをしている村人たち……」


 大人や子供も含めて50人以上入るのでちょっとしたお祭り状態だ。


(……というかこれはお祭りだな)


「おおお、ルシフェルが戻ってきたぞ!」


 一人の村人が大声をあげると、リリーベルの隣にいたハンティングベアーは嬉しそうに吠えた。


「熊さん、カッコいいお名前だったんですね」


「俺の世界じゃ神様だな」


 ルシフェルは俺たちに頭を下げ、どすどすと村人たちの元へと駆けていく。


 これで人じゃないんだから、異世界ファンタジーの熊は相当知能が高い。


「どうだ、あったか!」


 老人がルシフェルへ、慌てて詰め寄り、腕の中を覗く。


「がう……」


「そうか、これだけか……」


 腕の中にある宝石の原石を見て、周囲の村人たちも肩を落としたようだった。


「にゃんか、困りごとみたいだにゃ」


 一人の青年が俺たちに気が付き、表情を輝かせる。


「しょ、商人だ!

 ルシフェルが商人を連れてきてくれたぞ!」


「えっと、ど、どうしたんですか」


 村上は群がってくる村人たちに引きながら、言葉を絞り出した。


「ありったけの宝石を売ってくれ!!」


 話を聞いてもやっぱり意味が分からない――村上とリリーベルは顔を見合わせるのだった。

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