「では、これがシャインマスカットの苗です」
「ありがとうございますじゃ、旅の軽食屋の店員さん。
まさかそこまでしていただけるとは……」
「いえ、偶然、手に入ったものですから」
(シャインマスカットのあまりの美味しさに、感動のメールをチートテスターとして軽食の女神さんに送っただけなんだけどな……)
『最近、私は家庭菜園にハマっています。
今回の豪華特典はシャインマスカットの苗ですよ♪
秋葉原にひっそりとお店は営業してますが、自宅は大田区なんです。
家賃3万の六畳一間。
小さなアパートですが、ベランダでシャインマスカットを育て過ぎたら、大家さんに注意されてしまって……もらってくださあああああい!』
――という、女神の胸が痛くなる情報と共に送られてきたので、タイミングばっちりだった。
「この辺りの宝石もほぼ枯れていたから、これからはシャインマスカットを村の名産にしようと思いますじゃ」
「それは楽しみですね。
日当たりも土壌も良さそうですしね」
「はい、またいつか立ち寄ってくだされ。
ああ、そうじゃ――忘れ物を思い出したわい」
村長はリリーベルを見て思い出したように、一度自宅へと戻る。
「なんでしょう?」
「さあ?」
数分もしないうちに村長は戻ってきて、リリーベルにとあるものを差し出した。
「手紙……ですか?」
「実はな、その旅人は、その後もう一度村に戻ってきたらしいんじゃ。
――旦那を連れてな」
リリーベルの目が大きく開かれる。
「受け取ったのは幼き日のワシじゃ。
祖父も父も亡くなっておったからな。
よう似とる……」
手紙を受け取った当時を懐かしむようにリリーベルを見つめた。
「お嬢さんのように誰もが目を引く輝いて美しい髪じゃったよ。
すらりとして、動きやすい服を着てな。
芯のある瞳に吸い込まれそうじゃった」
「母さんと父さんが来ていたんですね」
「新婚旅行で世界を巡ってるとき顔を出したらしい。
その時に、世界を巡る珍しいエルフが来たら渡してほしいと頼まれたのじゃ」
受け取った手紙を持つ手は静かに震えていた。
「瓜二つじゃ」
「あ、ありがとうございます。
村長さん……容姿しか似ておりませんが、私も母のように世界を巡り――」」
リリーベルの言葉に村長は首を横に振った。
「いや、瓜二つじゃよ。
気持ちもな」
「気持ちも……?」
リリーベルは母親と似ていない自分に悲しさを覚えていた。
旅路を辿っても、ずっと超えられないんじゃないかと。
「爺さんから聞いたんじゃ。
宝石が悪さをした日、もう一人の美人だが驚くほど荒々しい仲間のエルフは、魅了を使うような相手との危険な戦いは避けるべきだと言っていたそうじゃ」
リリーベルの涙に潤む瞳を村長は覗く。
「その時、もう一人のエルフは、ただ見つめるだけで、仲間を説得したとな。
お嬢さんもそうじゃろう?
想いもすっかり同じじゃよ」
(確かにリリーベルさんが俺を見上げなければ、俺はどうにかしようなんて、考えなかったかもしれない。
宝石の代わりに食事を備えようなんて、無謀だもんな)
村長の話を聞いてリリーベルさんは、深々と頭を下げた。
「――ありがとうございます!」
++++++++++++++++
エメラルド山脈の頂上は旅人が休める広場として整備されていた。
踏み固められた地面と木材の落下防止の柵があり、休憩用の切り株すら設置されていた。
馬車の往来もあり、ヴィーゼ領一帯を見下ろせる景色を満喫している商人と冒険者たちの姿があった。
村上一行は柵の近くにある、4人掛けのテーブルで景色を満喫していた。
リリーベルは景色もほどほどに、すぐに色あせた封筒を開けて、手紙を読みふけっていた。
★☆★
『名もない子へ。
この手紙を読んでいるということは、旅ができるほどに成長したのでしょう。
さすが私の子です。
やっぱりエルフの村に留まらずに、世界を旅することを選びましたね。
本当は幾らでも頭を撫でてやりたいところですが、きっと私はそこにません。
もし私が一緒にいたら、手紙なんて受け取らずに次の旅へと進むからね。
あなたが旅をしたとき、楽しめるようにこの手紙を残しました。
あ、難しい顔はしないでね。
別に特別なアイテムや魔法を残してるわけじゃないよ。
そこにあるのは、”想い”だけです。
その場でどう感じて、何を見たか、手紙を読みながら、旅を楽しんでほしいのです。
貴方が旅をするとき、きっと私は一緒にいません。
私の旅は私だけの旅。
貴方の旅は貴方だけの旅だから。
この手紙は何枚目の手紙として受け取ったのかな?
山脈から見る草原一帯は気持ちが良いでしょう?
匂いを嗅ぐと海の香りがほんの少しだけ混ざってるんだよね。遠いけど。
エルフの村を思い出すね。
嫌いじゃなかったなら、たまには戻ってあげてね。
みんな喜ぶと思うし。
私は今、大切な仲間と一緒にまた旅をしています。
外を知ろうとした、私に似てるであろう、あなたなら、きっと貴方だけの仲間を見つけて旅をしてると思います。
あんまり長すぎると、次の手紙の内容が薄くなっちゃうもんね。
貴方は次はどこに行くのかな。
――あなただけの旅を。
マリアベル』
★☆★
手紙を静かに閉じて、リリーベルは息を吐いた。
最後の一文を読んだ時、ようやく胸の奥から息が漏れた
深呼吸すると、ほんのわずかだけ、磯の香りを感じた。
「母さん、私は元気にやってるよ」
手帳に1枚目の手紙を折れないように挟む。
遠くに見える海を指さしながらはしゃいでいるロロと、隣で風を感じている村上の背中を見ながら、リリーベルは頬を緩めた。
「ムラカミさん、ロロ。
さあ、次の目的は海の街ですよ」
立ち上がってリリーベルも草原を眺める。
母親も同じ空気を吸い、変わらぬ風景を仲間と見たのだろう。
――ぐううう。
(ああ、私のお腹は何と空気が読めないのでしょう――)
聞かれただろうかと、頬を染めながら村上を見やると、彼は何食わぬ顔でテーブルに移動した。
「今日のご飯は、久々に牛丼にするか」
さらに大きな音が鳴り響き、リリーベルとロロは二人で笑いあった。