【異世界旅行 - 四日目】
エメラルド山脈で野宿した後、ヴィーゼ領最大の港町アクアラインへの旅路を歩む。
天候は晴れ。
春の風が村上の頬を撫でてあくびすら出てきそうな穏やかな気候だ。
踏み固められた道を往くのは幾つかの乗り合い馬車。
村上たちは風景を楽しみながら徒歩での旅を選択し、今日も自然を感じながら道を往く。
汗ばむ肌に、風が心地よい。
それすらも旅路には気持ちを癒すエッセンスだった。
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【本日の飲料】
・ストロベリーフラペチーノ(tallサイズ/ムーンバック)
・720G
・東洋抹茶クリーム フラペチーノ(tallサイズ/ムーンバック)
・595G
・プレミアムローストアイスコーヒー(Mサイズ/マクドゥ・ナルトン)
・180G
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リリーベルはご満悦な表情で、ストロベリーフラペチーノ片手に風景を楽しんでいる。
姿勢も良く、治癒師のローブは高級感もあるため、モデルのような立ち姿だった。
対して抹茶フラペチーノを選択したロロは、パーカーのような上着と、健康的なハーフパンツ姿でストローを咥えて歩く姿。
若者向けのCMで起用されそうなストリート系ファッションが、アイドルのようで、馬車の御者も何度か振り返るほどだ。
(そして俺は……)
昔から飲みなれているマクドゥ・ナルトンの、アイスコーヒー片手に額の汗をぬぐう。
ワイシャツとスラックス、大きなリュックを背負った姿なので、海外で迷子になった出張中のサラリーマンに間違えられそうな見た目だ。
「リリー、ストロベリー、美味しい?」
「とても美味しいです。
ムラカミさんが召喚する料理はいつも、深い味わいがあります。
ヴィーゼ領で収穫される苺よりも、奥行きのある甘みがあります」
(現代の料理を食べすぎて、リリーベルさんの食レポが上達していく――!)
「へえ、わたしの苦いのに不思議と美味しーにゃよ!」
はいっ、とロロは抹茶フラペチーノをリリーベルに手渡すと、リリーベルもストロベリーフラペチーノをロロに渡した。
「ほんとです、なんでしょうこの苦み……苦いけど甘い、甘いけど、苦い――!」
「にゃあ~~~~!
ストロベリーとクリームが混ざり合った甘み、さらに奥には『こーひー』によって、味がまとまっている奇跡の飲料にゃあ!!」
清楚系モデルとストリート系アイドルが、仲良くムンバ(※ムーンバックの略称)を飲んで歩いている姿は、それこそ映画のワンシーンのようだ。
(こんなに喜んでもらえるなら、他にもスキルを取得するべきだな)
スキルメニューを開こうとしたとき、ふと、今までグレーアウトしていた「クラスチェンジ」の欄が、点灯していることに気が付いた。
「ん、クラスチェンジ……?」
今の村上の職業は「軽食屋の店員」だ。
だから何だと言われると、何ができるわけでもない。
ついでにサポートからのメールが『●』とマークがついているので、軽食の女神からメールが届いているのだろう。
「なになに……?」
★☆★
『こんにちは。
軽食の女神です。
異世界の旅は楽しんでいますか?
私は今、大田区からの引っ越しを検討しています。
京浜東北線は秋葉原に通勤しやすいのですが、やはり女神なのに6畳一間、風呂無しトイレ無しはキツカッタデス――。
村上さんを関東一の賃貸アパートに詳しい疲れ切ったサラリーマンと見込んでお願いがあります。
村上さんが異世界で料理を売ってくれるので引越し資金も貯まってきました。
私の理想は駅まで徒歩1分。(今は40分なので)、さらに風呂トイレ別、12畳で――』
★☆★
「ええと、本題は……」
相変わらずプライベートの話題が長いので受け流す。
軽食の女神さんって友達いないの?
友達に質問する話題じゃない?
『――で月8万円までならいけます。
お願いしますね、村上さん。
さて、余談ですがチートスキル「ファストフード」ですが、この度めでたくクラスチェンジも実装しました。
クラスチェンジすることで、幅広い軽食を取り扱えるので、ぜひ楽しんでください。
そしてバンバン、食事を売って、私を億万長者へ。
というわけで、また連絡を待ってますね。
以上、軽食の女神でした。
今日、トリニクタッキーにしな――』
「ああ、この最後は読まなくていいやつか」
あと余談と言い切ったな。
村上はとりあえず、「総武線か中央線沿いは住みやすいですよ」と返答して、メールを閉じた。
だが8万円で、軽食の女神が言う賃貸を見つけるのは大変かもしれないので、手を合わせて祈ってあげよう。
「さて、じゃあクラスチェンジしてみようかな」
改めてクラスチェンジボタンを押すと、軽食屋の店員の名称がある。
そこからどちらかの職業にクラスチェンジして進めるようだ。
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① 軽食屋の店長
② 脱サラして独立した軽食屋のおじさん
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「おおい、会社に残るか、独立か、みたいな選択肢にするんじゃない!」
転職みたいな気持ちを思い出して切ないじゃないか!
(……もう少し悩もう)
村上は仲良く並んでいるリリーベルと、ロロに追い付き、コーヒーを一口飲んだ。
「俺が脱サラしても、一緒に旅しような」
呟いた言葉に二人は首を傾げるだけだった。