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第27話 - 幕間 - 雨の日

【異世界旅行 - 五日目】 


「ひぁああああああああ!」


 リリーベルが頭に手を乗せながら、木陰へと滑り込んでいた。


「突然、降ってきましたね」


 治癒師のローブは水を弾くのか、手で払うだけでびしょ濡れは免れたようだ。


「にゃあ……リリーのローブは濡れにくい素材で羨ましいにゃあ」


 村上が育てている鉢植えの蕾をつつきながら、ロロはボヤいた。


 彼女はパーカーを目深にかぶって急いで走ってきたが、ゲリラ豪雨で頭の先から足の先までずぶ濡れである。


 現代日本のように肌触りの良いタオルはないが、村上は代わりにゴワゴワの布を頭の上にかけてあげた。


「ありがとにゃ、師匠」


「今、火を起こすから、少し待っててな」


 村上、リリーベル、ロロが駆け込んだ木は、枝葉が末広がりで雨宿りにはちょうど良かった。


(この木なんの木の歌を思い出すな……)


 枯木を背中の無限リュックサックから取り出す。


 木の屑を中央に置いて、上に細い枝を置く。


 火打石で何度かこすると赤い火花が、薄暗い世界に光を生む。


 木屑に炎が燃え移ったのを確認して、燃えやすそうな薪を少しずつ置く。


 村上が火を起こす姿を、横でリリーベルがじっと見つめていた。


「……な、なんでしょうか、リリーベルさん?」 


 あまりに真横で見られているので、つい敬語になってしまう。


「ムラカミさん、薪割りの時も思いましたが、火起こしも手際が良くて、旅慣れてますね」


「そうか?」


 異世界の旅人や商人の方がキャンプは多いので手慣れてそうだが。


「アウラレイクの橋の前で初めてムラカミさんを見つけたときは、とても――戸惑っているように見受けられました」


「到着したばかりで、右も左も分からなかったからな」


「服装も旅人向けには見えなかったので……ですから、手際が良いのは意外でした」


「やったことはなくても、田舎育ちだったから、なんとなくは分かるよ」


「師匠が田舎とは意外だにゃあ」


 タオルを頭に乗せたまま、銀色の髪から雫を滴らせたロロが胡坐をかきながら、興味深く村上を覗いた。


「美味しい料理を沢山知ってるにゃから、都会生まれだと思ってにゃ」


「18歳までは山奥の山奥。

 携帯の電波も無くて……って分からないか。

 鶏と牛を飼育して、井戸水を汲んでくるような生活さ」


 村上の話を聞いてリリーベルが嬉しそうに隣に座って膝を抱えた。


「エルフの森みたいですね」


(現代日本の田舎はエルフの森みたいなものかもなあ)


「似たようなものかもな。

 あの時はずっと、そのまま生きるんだと思ってたんだけど……何があるか分からんもんだな」


 社会に出て夢半ばで諦め、社会人として就職したが、奴隷のように使いすれの日々。


 会社の仲間も次々と辞め、生き残った者も次々と倒れる日々。


(だから軽食の女神さんが、異世界に飛ばしてくれたようだけど)


 だがリリーベルは、村上が田舎から旅に出てきたことが決意と受け取ったようだ。


「……ムラカミさんも今を変えようと踏み出した人なんですね」


「変えてる最中さ。

 まずはリリーベルさんの護衛として。

 ロロさんの料理の雇われ先生として仕事はしないとね」


 雨音は強く、止む気配はない。


 傘も持っていないのでこのまま足止めを食いそうだった。


 手持無沙汰になったので、空を見上げているロロに村上は気になっていたことを聞いた。


「ロロさんは何で料理が好きになったんだ。

 世界を巡るくらいだから、きっかけはあるんだろ?」


「そうだにゃあ……」


 照れくさいのか鼻の頭をかく。


「わたしはヴィーゼ家にやっと生まれた子供だったにゃ。

 だからパパもママも欲しいものは買ってくれたし、行きたいところは連れてってくれたし、食べたいものは何でも食べさせてくれた」


(そこまで裕福で旅に出たい想いがあるのは尊敬に値するな……)


 自分だったら家にこもってダラダラと過ごしてしまいそうだと、内心思った。


「二人ともいつも優しかったし嬉しそうだったけど、いつしかそれが当たり前になってたにゃ。

 そんな時、気まぐれでメイドが作ってた料理を真似たのがはじまり」


「ご両親は、とっても喜んだんですね」


 リリーベルが両手を合わせて思いついたように合いの手を打つ。


 しかしロロは頭を振った。


「子供でも分かるにゃ。

 難しい顔を隠した笑顔だったって」


「こ、個性的だったのか」


 こくりとロロは頷く。


「でも悲しくなかったんにゃ。

 自分で食べてもしょっぱ過ぎたから。

 だから、心の底から本当に笑顔になるような……わたしが料理で引き出してやる――って決めたの」


 猫のような瞳が鋭く水たまりを見つめる。


 雨水がはっぱをリズミカルに打つ音で我に返ったのか、ロロは頬を染めて、


「……悔しかっただけ――ですわ」


 とお嬢様言葉でうつむいた。


「ロロなら美味しい料理を作れます。

 毎日、ムラカミさんの料理を味わってますから」


 励ますようにリリーベルが胸の前で両手を握る。


 お嬢様ではあるが、ロロは自分に厳しく、どんな料理もしっかりと分析して手帳にメモする勤勉家だ。


 村上にもその姿勢はしっかりと映っている。


「少し早いが、お昼ご飯にするか」


 ならばその思いに応えられる食事がいいだろう。


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【本日の昼食】

・マルゲリータ(M/ドンミーノ・ピッツァ)

・1,290G

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 雨で草原の草木の香りが漂っていたが、それ以上に昼食は食欲をそそる。


 窯で焼き上げた小麦の香りにリリーベルは、吸い寄せられるように村上の手元へと近づいていく。


「その箱の中のお料理はなんというのですか……!」


「ピザです!」


「ピザ!!」


 器が置けなかったので、チェアをテーブル代わりに箱を乗せた。


 大量のチーズの上にバジルとトマトが乗せられ、口に運ばれるのを今か今かと待っている。


「わ、私好みのお料理ですね――!」


(リリーベルさんも自分の好みが分かってきたな)


 見た目は清楚だが炭水化物もりもりか、お肉が主食のわんぱくエルフなのだ。


「では、いただきますっ!

 ……み、みてください、チーズが伸びすぎます!!」


 器から一切れ手に取ったが、チーズが糸のように伸びすぎて、うまく取れないようだ。


 チーズをうまく切ろうと、小躍りするリリーベルを横目に、ロロは上手に一切れ手に取って口へ運んだ。


「香料が鼻を抜けて、トマトがみずみずしくてとっても美味しいにゃ……!

 チーズもしつこくなく、口の中でシンフォニーを奏でる……!」


 リリーベルさんの手が止まらないので、結果的にMサイズを4枚注文した。


「ごちそうさまでした!

 お腹7文目で、程よいです」


「それは良かった」


 満腹のリリーべルさんの姿は、周りを癒す効果もあるのかもしれない。


 ヒマワリのような笑みによってか、雨雲からは陽光が差して地上を照らす。


「とっても美味しかったけど、どうして今日はビザだったにゃ?

 いつもはもう少し、軽食っぽいのに……」


 不思議そうにロロは首を傾げる。


 これまでは外で食べやすく、手で持ちやすいものを選んできた。


 だが、ロロの決意を聞いたのだ、ピザも選びたくなるもんだ。


「このピザって料理は、大人数に振舞う料理だからだよ」


 ロロは一瞬考えたようだったが、頭頂部の黒い猫耳がぴんっと跳ねたのだった。

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