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第29話 行き倒れの学生には牛の肉を。

【異世界旅行 - 六日目】 


 行き倒れ。


 村上は大阪でしか見たことがない。


 いや、あれは食い倒れだったかもしれない。


 目の前の眼鏡の少女も、食い倒れになってもおかしくないほど牛丼をかきこんでいた。


「よっぽどお腹が空いてたんですね」


 何故、街道沿いで見知らぬ少女に牛丼を振舞っているかの経緯はこうだ。


 村上たちは港町アクアラインを目指して、深い森を歩いていた。


 港町の往路は馬車や旅人が踏み固めた道で歩きやすく、森といっても清々しい風が通り抜け、森林浴気分だった。


 そんな折、森の中でロロが見つけてきた――拾ってきた、が正しいかもしれないが――のが、この眼鏡の少女だ。


 眼鏡で三つ編みのリスのような小柄な少女。


「ふが……ふが……ふぐぐぐ!」


「慌てて食べなくても大丈夫ですよ」


 一杯の特盛牛丼を少女は食べている。


 隣では女神のような笑みを浮かべているリリーベルが特盛牛丼6杯目の器を平らげた。


「ふが……げふっ……おかわり!」


 突き出された牛丼は米粒一つなく綺麗だ。


「おう、次はぎょくも乗せるか」


「よく分からないけど、やったー!」


「分からないのに嬉しいのか、はいどうぞ」


 手渡すと少女はご飯をリスのように頬へ再び溜めた。


「その制服は……もしかして図書館街の方ですか?」


 リリーベルは空になった器を村上に差し出して、7杯目を受け取りながら、眼鏡少女に語り掛けた。


 紺色のブレザーとスカート、頭の上にはリボン付きのベレー帽のようなものを被っている。


 村上には良いところのお嬢様学校に通っているように見えた。


「もぐ……うん、図書館街の探究者シーカー見習い。

 この"ぎょく"を乗せたギュウドンというの、魔素反応が起きるほどのおいしさ!」


 頬に米粒をつけたままの少女を、リリーベルはうっとりと見つめた。


「牛丼教がまた一人増えました……!」


(妙な宗教を設立してるな……)


 少女は食べ終えた器を村上に返すと、綺麗な制服の袖で、躊躇うことなく口を拭った。


 見た目は品のあるお嬢さんのようなのに、随分と野性的である。


「ありがとう。

 料理人の中年さん」


 ぺこりと頭を下げる。


「我はノベル。

 今年も図書館街の探究者シーカーになるため、受験に来たんだ」


「学生さんか、勉強頑張ってるんだな。

 んで、その探究者シーカーというのは?」


探究者シーカーは図書館街に住みながら様々な分野の研究者。

 今年こそ――って思ってきたんだけど……」


 ノベルはちらりとロロを見て頬を高揚させて指でかいた。


「巨大食肉植物に、頭から飲まれてたにゃ」


「モンスターはいないんじゃ?」


 するとノベルの眼鏡がきらりと光に反射する。


「100年前に魔王と勇者が和解したことにより、モンスターは人間が住む地域で見ることはなくなったんだ。

 けどモンスターというくくりは広すぎ。

 凶悪なものはすべてモンスターにひとくくりだもんね。

 魔王がいた頃のモンスターは魔族。

 魔力が力の源で人を襲う危険な生物は魔獣――。

 ただし魔獣といってもさらに分類は広く、動物、植物、鉱物など――」


 身振り手振りを交えながら、一生懸命にノベルは早口で語る。


「もしかして専攻は魔獣研究かな?」


「ど、どうしてわかったの?!

 おじさん、冴えてるぅ!

 あっ……才能を垂れ流しちゃってたかな?」


 小さく舌を出して、頭をかく。


「しかし受験生が、森で植物に食べられてる場合ではないんじゃないのか」


「好きで食べられてたわけじゃないよ。

 この辺りには珍しい魔獣族植物科のネペンテスがいたから調べてたんだ」


「勉強熱心なのは良いことだ」


「でしょ?

 近くに強力な魔獣がいないと生息しないんだけどね――っと」


 ノベルは空を見上げて、すぐに荷物をリュック型の学生鞄に詰める。


「そろそろ行かないと!

 ありがとね、おじさん、おねーさんたち!」


 ぶんぶんと元気に手を振ってノベルは駆け出して行った。


「嵐のような子だったな。

 ふむ……」


「何か気になるんですか?」


 リリーベルが17杯目のどんぶりを空にして村上を見上げた。


「いや……図書館街って面白そうだなって。

 どんな町なんだろ?」


 焼魚定食を楽しんでいたロロが、ちょうど鮭を食べ終える。


「港町アクアラインに繋がる道は色々な輸入品が通るけど、それは知識も同じことにゃ」


 残った皮もしっかりと味わって、飲み込む。


「知識を補完し、研究を行う――ヴィーゼ領最大の学術街にゃね」


「母さんの頃にはなかった新しい街ですが、行ってみますか?」


「良いのか?」


「ええ、母の旅路を追っていますが、私自身の旅でもありますから」


「そっか、なら行ってみようか――ん?」


 村上が自分のリュックサックを背負おうとしたとき、隣に見慣れる革の鞄があった。


 この学生鞄は先ほど、走り去っていったノベルが荷物をまとめていたものだ。


「……あわてんぼうって奴か」


 やれやれを思いつつ、村上はリュックを無限リュックに収納し、図書館街へと進路を取る。


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