大きな山の横穴から整備された洞穴を歩き、グリフォンが掘られた鋼鉄製の扉が開かれたその先に、図書館街インデックス存在した。
図書館街インデックスに空はない。
天井には区画によって朝日、青空、夜空、雨模様など天気が描かれている。
所々に光球が等間隔に浮かび、間接照明の役割をしている。
街路樹は発光して光を振りまく観葉植物のようで、まるで夢の国にいるようだった。
「街そのものが図書館なのか……!」
村上が一番驚いたのは、壁はすべて本棚ということだ。
むしろ階段の裏や家の外壁まで本棚だったりするので、まさに図書館街である。
「世の中には、こんなにも本があるんですね……」
初めて見たのか、壮大な本の街にリリーベルも息をついた。
「わたしも始めて来たけど、すごいにゃあ」
「まずはノベルさんを探すか」
「同じ制服の方が大勢あちらに向かってますね」
リリーベルが指さす方向に目を向けると、ノベルと同い年くらいの男女がぞろぞろと街の奥へと向かっている。
奥にはひときわ大きな建物が目についた。
時計塔の形からすると、学校関連かもしれない。
「俺が届けてくるけど、二人は本を見てるかい?」
冒険者が3人でぞろぞろ行くのも、学生にプレッシャーを与えてしまうかもしれない。
「にゃあ、わたしは料理の本を見たいですわ」
なぜかお嬢様言葉でロロは語り、リリーベルへウィンクする。
リリーベルはきょとんとしている。
ロロはやれやれと、わざとらしく首を振り、リリーベルの肩に手を乗せた。
「たまには二人で、ゆっくりしてくるにゃん」
「え……って、ロロ!」
「にゃしし、ではあ」
素早さはやはりネコ。
人間とは思えぬ跳躍力で、壁を越えてどこぞへと消えてしまった。
「どうかしたか?」
「な、何でもありません!
まったく、ロロったら――」
珍しく頬を膨らませて、
「早くいきましょう、ムラカミさん。
きっとノベルさん、困ってるかもしれません」
と、村上と歩幅を合わせるように歩き出す。
「そうだな。
しかし学生さんは、みんなキラキラしてて可愛いもんだな」
「か、かわいいですか!?」
まだロロの言葉が響いているのか、リリーベルは驚きの声をあげた。
「これからの学園生活への期待を持っている姿は、オッサンにはまぶしいよなあ」
「そ、そうですね。
……ふう、学生さんの事ですね」
小さく呟いて前髪の三つ編みを指で整える。
ロロが変なことを言うので、なんだか話しにくい気がした。
「リリーベルさんも学生時代ってあるのかい?」
「エルフの里で読み書きを覚えたら、それっきりです」
「魔法とかも独学なの?」
「魔法もエルフの里で学びますよ。
エルフの里はその集落のみで完結するようにできているので、戦闘技術、生活技術、一通り覚えますね」
「凄いね、リリーベルさんは優秀そうだ」
「そうでもないですよ、いつも友人に付いて行くだけで大変でした」
にへへと珍しく笑う。
「しかし魔法か……俺にもできるかな、あの光の玉みたいなやつ」
「やってみますか?
初歩の初歩ですよ」
「おお、やってみる」
歩きながらリリーベルは、何もない宙で水をすくうように手を持ち上げた。
「空気中にある魔素に問いかける感じです」
「問いかける……」
つまりこの世界では魔素が自然発生しているから、魔術が使えるのだろう。
「幸いなことに、ここには光の魔素が満ちてます。
このように――"光よ"」
しなやかな白い指を間から光がもれ、野球ボールほどの大きさになって、数秒輝いて消える。
「エルフは魔法と相性がいいので、難なくできますが、相性が合わない場合は、杖などで補助する場合もありますね」
「俺は杖とか必要かもなあ……」
「種族的にはそうかもしれませんが、もしかしたら――です!」
むんっと胸の前で手を握って応援されては、出来ないと言ってる場合ではない。
村上は歩きながらではあるが、リリーベルがやったように空気中にある魔素を集めるように手で器の形を作る。
「……"光よ"」
――ふわっ。
豆電球が輝くような反応が一瞬見えた。
「ま、まじか!」
「ムラカミさん、凄いですよ!
初めてで魔素が話を聞いてくれるなんて!」
村上以上にリリーベルは喜んで、自然と両手を包むように握る。
「エルフですら1回目で光らせる人はいません!」
「そ、そんなすごいのか」
「ええ、もしかしたらムラカミさんは魔素に好かれやすいかもしれませんね」
「そっか、だったらいいな」
これまで現代社会でも才能のようなものを体感したことがなかったので、つい頬が緩んでしまう。
「リリーベルさん、良かったら、今度もっと教えてくれないかな。
面白そうだ」
「ええ、もちろんです!」
彼女の手は、ほんのりと温かかった。
初めてまっすぐにリリーベルを見つめたが、足を止めるほど整った顔立ちに、さすがに心臓が飛び出しそうだ。
(いかん、なにがいかんか、わからぬほど、いかん!)
リリーベルは不思議そうな顔をしてから、村上の緊張が伝わったのか、みるみる顔を赤く染めて、湯気が頭のてっぺんから出ているようだった。
「ご、ごめんなさい」
ぱっとリリーベルは手を離した。
体温が離れ、体温よりも心の端がわずかに冷えたような気持ちだ。
「いやいや、えーっと……お、そろそろ着きそうだ!」
「そ、そうですね!
ノベルさん、いらっしゃいますかね?」
二人はわざとらしい話し方をしながら、大げさに辺りを見回す。
ちょうど村上の目線の先、校門の前で自分の制服を胸の上から爪先の革靴まで、叩きながら慌てているノベルの姿が確認できたのだった。