「ありがとう、牛丼の中年さん!」
安心したのかノベルは受け取った途端涙目になり、眼鏡を外して袖で拭った。
「受験票――あった!」
取り出した一枚の長方形の紙が、天高く掲げられる。
「良かったですね、ノベルさん」
「夢中になるとよく忘れちゃって――わざわざ追ってきてくれてありがとう」
「いや、俺もこんな街があるなんて知らなかったから、知れただけでも良かったよ」
「インデックスはヴィーゼ領の中でも特に特殊だからね。
それじゃオジサンたちはこれから散策?」
「そうしようと思う」
「ふうん」
ノベルは顎に手をあてる。
「お礼に案内したげるよ」
「いいのか。
受験生なんだろ?」
「良いの良いの」
強引にリリーベルの手を握ってノベルは歩きだした。
よく見るとその手は震えている。
(必要なのは勉強時間じゃないってことか)
「じゃ、せっかくだし案内してもらおうかな」
「ええ、ありがとうございます。
ノベルさん」
ノベルは照れ臭そうに笑い、学園のような建物へと進んでいく。
「学校って入れるのか?」
「うん、自由だよ。
一般開放してるんだ」
「へえ、どんな学校なのか興味深いな」
「おじさん、とおねーさんの名前はなんていうの?」
「俺か、俺は村上。
「変わった名前だね。
魔獣の中でも似たような響きは東方くらいじゃないかな」
「まあ、好きに呼んでくれ」
「じゃあ、ソウジュウロー、よろしく!」
「私はリリーベルです」
「リリー姉、よろしくね」
お互いに自己紹介も済んだところで、早速校内のグランドで大勢の生徒を見つけた。
全員が現代日本でいうところの紺のブレザーの制服を身にまとい、肩に魔術師のローブのようなものを羽織っている。
「あれは?」
「魔法科の授業だね」
「その手前の柵でじっと見てる子たちは?」
ノベルは彼らを見つめて、自身の立場を思い出したのか、小さく息を吐いた。
「魔法学科の受験生だと思う」
「人気ありそうな学科だな」
「そうだね、魔法学科が一番競争率が高いよ。
インデックスのライブラ学園はこの辺りじゃ一番の魔法科だから」
どの学生も真剣と不安が織り交ざった表情をしていて、緊張感がこっちまで伝わってくる。
「皆さん、納得できる結果が掴めると良いですね」
リリーベルが祈るように彼らに視線を送った。
「そうだね、私も頑張らないと――」
ノベルが再び歩き出す。
彼女にライブラ学園を案内してもらい魔物(魔獣)学科や植物学科、魔法薬学科など、知識を必要とする学科が人気だとよく分かった。
そこもかしこも息をするのを忘れているような学生たちばかりだったからだ。
(俺も高校受験のとき、寝れなかったもんなあ)
人生の分岐点を前にしたときの緊張感は、オッサンだからこそ少しは分かっているつもりだ。
(年長者として何とかしてあげたいもんだが……)
村上自身はこれまでの人生において、命を懸けて何かをやり遂げた、といえる経験はなかった。
だからこそ、何かに熱中してみたい気もするし、頑張っている人を見ると、自分自身の胸も熱くなる。
ふと、リリーベルを見ると、彼女も受験生たちを見つめていた。
治癒師である彼女は、それ以前に優しさの塊なのだろう。
(何かしてあげたそうな顔だな)
村上は苦笑してノベルに問いかける。
「そういえば、大通り沿いにいくつか露店を見つけたんだが、旅人が販売するのは自由なのかい」
「自由なんじゃないかな?
よく受験生が買い物してるよ」
「そっかそっか、なら俺にもできることはありそうだ」
村上はワイシャツの腕をまくり、二人を大通りへと導くのだった。
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「この辺りが良いか」
大通りに面している植物公園を見つけた。
おあつらえ向きに木製の4人掛けのテーブルが、いくつか並んでいる。
普段は
「一つ借りるか」
一つのテーブルの上に布を広げて露店を作る。
いつものように蕾の鉢植えを置いて、テーブルを彩る。
スキル画面から新たな"ファストフード"を開放した。
「ソウジュウローは、何をするつもりだ?」
「こんな時のムラカミさんは、凄いんですよ」
見慣れた設営風景をリリーベルは見守る。
「よし、これで準備オーケーだ」
どんぶりを真似たような容器が何個も重ねられ、テーブルの上に並べられた。
「ノベルさん、サービスで君には味見役を頼もう。
この辺りの学生さんに合うか見たいしな」
一つだけ差し出す。
「ありがとう。
でも、なんだこれ?」
容器の蓋をパカッと開くと、ほのかな湯気と共に旨味が凝縮された甘しょっぱい匂いが宙へと解放された。
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【本日の軽食】
・かつ丼(竹/ヴィクトリーショップ)
・760G
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「卵で何かが包まれてる……?」
次いで渡されたフォークを手に取り、ゆっくりカツに差し込む。
ふんわりとしたカツは少し反発したが、柔らかく、肉汁を溢れさせながらフォークを受け入れた。
「い、いただきます」
ノベルが恐る恐るカツを口に運ぶ。
「んんっ!!!?」
瞳に炎が宿るのを感じる。
「ふぁ、ふああ!!」
サクサクのロースカツを次々と口に運んだかと思うと、ダシを含んだ卵を堪能し、ご飯をかき込んでいく。
「な、なんだこれ――食べたことない美味しさ!」
「ええ、うちのムラカミさんは素晴らしいのです」
なぜかリリーベルがほのかな胸を張る。
「これはかつ丼といって、俺の国では縁起物として、大切な時に食べるのさ」
「カツドン……勝つってこと!?」
「地元じゃそのギャグを言うような者すらいないほど定着してる食べ物だが……そういうことだ」
「今すぐ、友達呼んでくる!!!!」
あまりの感動に既に食べ切った容器を村上に渡して、ノベルは走り出した。
一度ピタッと、足を止めて振り返る。
「勝てそうな気がする!
みんな喜ぶと思う!!」
村上とリリーベルはノベルの勢いに、頬を緩ませて、押し寄せるであろう受験生のために、販売準備を進めるのだった。