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第33話 リリーベルの一人の時間

 リリーベルは背中まである流れるような金髪を、一つに束ねて、カフェで読書に耽っていた。


 通りに面しているカフェの軒下には、丸型のテーブルが並び、リリーベルの机の上には辞典のように厚い本が10冊ほど積まれていた。


「神眼のマリアベル……ここ最近の話なのに数多くの冒険譚を残す英雄」


 以前、ロロがリリーベルの母の名を口にしたとき、二つ名を口にしていた。


 100年前に勇者と魔王が和解し、その後にマリアベルは旅に出た。


 途中、同じエルフのヴァルとパーティーを組み、魔族たちが残した爪痕などを綺麗さっぱり処理したのが、冒険譚には尾びれ背びれが付いて派手な演出が増えている。


「エルフの森に母さんの本は一冊も無かった」


 それはきっと、里を出たエルフのことなど、記録に残しておきたくなかったのだろう。


 英雄として世界で活躍した本があったら、旅に出たがるエルフが増えてしまう。


「外の世界は凄いです。

 母の手記にない話も多く残っています」


 真偽のほどは定かではないが、どれも勧善懲悪の空想小説として作られている辺り、何らかの意図が見え隠れしていた。


「神眼のマリアベルを題材にした小説はすべて同じ著者――旅に憧れを持つエルフの後押しをしやすい内容として――計りましたね、


 リリーベルは重ねた本を見つめて、苦笑いを浮かべる。


「――まったく困ったものです」


 全ての本の著者は『セリウス』と書かれている。


 ちなみにまだ存命だ。


 父親自身もまた、世界を巡りながら小説を執筆している。


 エルフの中では危険な冒険を繰り返したマリアベルに並び、異端の一人である。


(古い文化に捕らわれず、エルフも他種族のように自由意思で旅をしても良い――今も広めているのですね)


「手記以外にもこれほど多くの話が残っていると、次は何処にしましょう」


 リリーベルの目的は母親の旅路を追い、追体験することで、母が感じたことを実感し、そのうえで母を理解したい――できれば超えたいことだ。


「本土グランディアからが、母さんの旅の本格的な始まり……」


 冒険者ギルドに参加し、数多くのトラブルを解決し、旅先で仲間も増やした。


 世界は当時と変わったし、リリーベル自身の物語だから、全く同じようになぞるつもりはない。


「グランディア……」


 ぼそっとリリーベルは呟いて、ふむっと無意識に頬を膨らませていた。


(ムラカミさんとの護衛契約の終了地点はグランディア――)


 依頼したときは村上にも村上の物語があると思い、彼の自由意思を尊重して、期限を設けた。


 設けたのだが――。


(胸に何かがつっかえてるような……考えるとモヤモヤするような)


 これは治癒魔法でも何ともならない。


(きっと一人で自由にやりたいこともありますよね?

 ずっと私が束縛するのも……でも)


 彼女はまだこのもやもやの名前を知らない。


 カフェで頼んだ果物を絞ったジュースを一気に飲み干したが、その胸のつかえは一緒に流されはしなかった。


+++++++++++++++++


 ――ゴーン、ゴーン。


 天候が変わらない広場に、今日の仕事終わりを告げる塔の鐘が鳴り響く。


「やべ、読み過ぎた」


 広場で本を広げていたら、いつの間にか夕方だった。


 図書館街インデックスは洞窟内にあるせいで、時間の管理はすべて塔に設置された鐘の音だ。


 村上は借りた本を抱きかかえ、急いで本棚へと押し戻す。


 一度、商人の本を読み漁ってから、リリーベルとロロへの"感謝の気持ち"を準備し、残った時間でまた本を読んでいたのが仇になった。


(リリーベルさんはお腹を空かせているかもしれない。

 超腹ペコエルフさんだからな)


 宿泊している宿屋は、ファンタジーの宿屋というよりは、ホテルに近い豪華な内装だった。


 世界から知識人が訪れるので、品格を高めているのだろう。


 借りている部屋へと戻り、自分のリュックを置いて、リリーベルとロロの部屋へと向かう。


 今日は二人の部屋でご飯を召喚する予定だった。


 ――だったのだが。


「あれ、リリーベルさん?」


 部屋の入り口でリリーベルが手持無沙汰で立っていた。


 壁に背を預けながら、時間を持て余しているようだ。


「部屋の鍵を無くしたのかい?」


「ムラカミさん」


 パッと顔をあげて体を壁から離す。


「ロロが部屋の中にいるんですが、まだ入ってはいけないそうです」


「入ってはいけない?」


「なんでも――『わたしが良いというまでは、この扉を開けてはいけないにゃん……』と、目を輝かせていました」


 リリーベルはロロの声真似をしながら、猫背のポーズをとる。


 全く似てないけど、可愛らしかったので、良しとする。


「昨日も今日も朝から晩まで、勉強に精を出してたもんな。

 何か考えがあるんじゃないか」


「そうですね、あの目は企んでました」


「乗ってやろうじゃないの」


 二人で扉の前で雑談していると、中でガタンッと小さな音が聞こえ、少しして、中から声が発せられた。


『師匠、リリーもいますわね』


 村上とリリーベルは顔を見合わせる。


『こちらも準備が整いましたわ』


「準備だって?」


『ええ、ここから新たな歴史が刻まれますわ――!!』


 ロロの自信満々な声と共に、ゆっくりと部屋の扉が開かれていく――。



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