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第34話 ロロの一人の時間と日常は特別な日

「こ、これは……!」


「ロロ、これを一人で――!?」


 室内を見た村上とリリーベルは息を飲んだ。


 部屋の中央にある四人掛けのテーブルには、3人分の料理が並んでいたからだ。


(そういえばキッチンが備え付けの部屋だったな……)


 図書館街インデックスのホテルは長期滞在する探究者シーカーの為に、一人暮らし用の設備が整えられている。


 その為か、ホテルの部屋にはキッチン付きの部屋があるのだ。


 風呂場は設置されていないが、調理場だけでも下水処理技術の高さがうかがえる。


 さすが知識の街といったところだろう。


「えへへ」


 ロロは料理作りといえばメイドなのか、メイド服の装いだ。


 頭部にはエプロンドレス、黒のワンピースの上から白のエプロンを着用していて、普段の活発な姿は可憐な姿に代わっていた。


 期待通りの反応を二人から引き出せたことが嬉しいのか、もじもじとスカートを握っている。


「ではお座りください。

 師匠、リリー」


 表情を引き締めて、ロロは二人を案内して着席を促す。


「白米にみそ汁……そして、肉じゃが……!?」


(日本の料理が何故ここに!?)


 村上は驚きのあまり、それ以上、言葉が出なかった。


「うわあ、美味しそうですね!

 ロロはこの料理を勉強してたんですか?」


「師匠は東方の出身みたいだから、東方の料理の本を調べてたんにゃ。

 けれどあまり資料がなくて……やっとこの本から情報を拾ったにゃよ」


 テーブルに置いてある本を持ち上げて、村上に表紙を見せる。


 そこには――。


「勇者と魔王、和解への道 第一章……著セリウス」


「ごふごふぉ……!」


 なぜかリリーベルがむせた。


「……て、手広く書いてるんですね」


 何のことか分からないが、リリーベルは珍しく苦笑している。


「この本の中で勇者が愛した料理が、東方の白いご飯とみそ汁、あと肉じゃがと書いてあったにゃ」


(100年前に戦った勇者も、日本からの転移者だったのか――!)


「図書館街は知識と実験用の材料は豊富でも、食事は無頓着すぎて、食材が全然売ってなくて苦労したにゃあ」


 ロロが二日間、ほとんど姿を見せなかったのは知識と食材集めに翻弄していたからだろう。


「けど、ロロさん。

 何でもない日に突然こんな豪華な料理を作って、どうしたんだ?」


 目標地点である本土グランディアでの到着祝いや、誰かの祝い事ならわかるが、旅人の日常の夜ご飯にしては手が込んでいる。


 だが、ロロは村上の言葉に優しく首を振った。


「日常だからにゃ」


「日常だから?」


「はじめはただ珍しい料理ないかなーって本を探しに行ったんにゃ」


 窓際へ歩き、ロロは窓を開ける。


「旅に出て初めての一人の時間。

 はじめはゆったりしてて楽しかったけど、ええと――」


 二人に背中を見せながら、空を見上げた。


 ホテル区画には夜空が描かれた岩盤が見える。


「――なんか、お礼したくなったんにゃよ」


 言葉を選んだ挙句、口にしたのは最終的な結論だけだった。


「師匠とリリーはどう思ったか分からないけど、わたしは、離れたら、日常でもお礼したくなった――ただそれだけですわ!」


 こちらを振り向かないロロを見て、リリーベルはこっそりと村上に耳打ちした。


「……可愛いですね」


「素直じゃないな」


 アウラレイクに住んでいた頃は、両親や多くのメイドに囲まれて、にぎやかな生活を送っていたのだろう。


 彼女は数日一緒に旅をしたが、常に元気でムードメーカーとして一役買っていた。


 けれど、いざ独りになったとき、初めて孤独を身近に感じたのかもしれない。


「それで俺の故郷の料理?

 ありがとう、ロロさん」


「め、珍しい料理だったし、偶然ですわ」


 照れ隠しにお嬢様言葉に戻っている。


「じゃあ、冷める前にいただこうかな」


「ぜひそうしましょう!」


 村上は手を合わせる。


「いただきまーす!」


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【本日の夕飯】

・白米(ロロウェルミナ風)

・味噌汁(ロロウェルミナ風)

・肉じゃが(ロロウェルミナ風)

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 白米は日本米より細長い形状だ。


 甘さもあり、粘り気は少なめ、肉じゃがの濃い味付けに合いそうだ。


「鍋で白米を炊いたのか、さすがだな」


「火魔石だと火加減が難しかったにゃ」


 だいぶ苦労したのか、にははと力なく笑う。


「味噌汁は赤味噌にワカメ……実家を思い出す鉄板の組み合わせだ」


 赤味噌はどことなく海外で作られたような、若干癖のある風味だが、異世界でここまで近い味なのは逆に感動である。


「港町アクアライン産のワカメだから新鮮にゃ!」


「さて次は肉じゃが――」


 手を伸ばそうとしたとき、既にリリーベルは瞳を夜空のようにキラキラと輝かせて、ロロへと器を差し出していた。


「牛丼にも負けない甘じょっぱさ……!

 お肉とジャガイモが手を取り合い、口の中でダンスを踊っています!」


「ああ、ほとんど地元の味だ」


 しかし異世界でここまで調味料を集めるのは相当苦労しただろう。


 いくら平和な世界で流通が活発化していても、多種多様な調味料は貴重品なはずだ。


「頑張ったな――いや、この言葉そぐわない。

 美味しいよ、ロロさん!」


「師匠、それにリリー!」


 器を持ったリリーベルに抱き着いて、ロロは頭を撫でられて、満足げに口を緩めている。


「今、お代わり持ってくるにゃ!」


 さっ、と器を持って移動したとき、村上はスーツの内側へと手を入れた。


「そうだ、リリーベルさん、ロロさん。

 実は俺からもあるんだ」


「「え?」」


 二人は予想外の言葉だったのか、目を点にして村上を見つめた。


 村上の手には、花を模した髪飾りが二つ乗っていた。


 一つは水色で小さな花がいくつもついている。


 もう一つはオレンジ色の花びらが可愛らしい。


「水色がリリーベルさん、オレンジがロロさん。

 あまり花に詳しくないけど、似合うかなって思ってさ」


 二人は村上から髪飾りを受け取り、優しく胸に抱いた。


「いつもありがとう、リリーベルさん、ロロさん」


「ありがとうございます、ムラカミさん」


「ありがとう、師匠!」


 二人は早速、髪留めを付けて二人で微笑みあっている。


(良かった、喜んでくれたようだ)


 ほっと胸をなでおろす村上に、リリーベルは、頬を染めて、俯きながら呟く。


「あ、あの、ちなみにですね」


「うん?」


「この花言葉って知っていますか……?」


 上目遣いに見上げるリリーベルを見て、村上は訳も分からず、胸が熱くなった。


 隣でもロロが真剣な目で見つめている。


「可愛さで買ったから、今度、調べてみるよ」


「あ、あの調べないでください!」


 断固拒否され、村上は頭に「?」を浮かべる。


 調べろと言われれば分かるが、調べるなとは珍しい。


「今は、まだ――」


 隣のロロは、わざとらしく、溜めた息を吐いた。


「ワスレナグサとマリーゴールド――師匠もまだまだだにゃ」


 彼女の言葉は誰の耳にも届かぬまま夜風に消えた。


 こうして、皆の一人の時間は穏やかな夕飯で幕を閉じたのだった。

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