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第35話 日常をかみしめ、進路はアクアラインへ

【異世界旅行 - 八日目】 


 図書館街インデックスの出入り口である大門で、受験生の男女が一列になっていた。


 ノベルを中心に左右に5名ずつ、合計11名が村上一行を見送るために集まっていた。


「旅人の露店のオッサンにこの見送りは贅沢だな」


「ううん、みんな本当に感謝してるんだ」


 表情は自信に満ちていて、試験結果に期待を持っているようだ。


「寝ずに勉強して、やり残しがないか何度も確認して、眠れないほど祈って――両親でもない誰かに"勝てる"って願掛けしてもらえたから、自信を立ち向かえたと思う」


 うんうんと、友人たちは頷いている。


「ソウジュウローたちはこれからどうするの?」


「港町アクアラインから本土グランディアを目指す船に乗るんだ」


「船……素敵だね。

 あ、そうだ。

 ならこれも持ってって!」


 学生鞄をごそごそして、ノベルは何かを探している。


「あった、はいどうぞ」


「あ、ありがとう……って、いいのか?」


 差し出されたのはカラフルな包装紙に包まれたクッキーだった。


「いっぱい作ったからね。

 旅人にはきっと役に立つよ」


「ふーん、おいしそうだにゃあ」


 横からロロが顔を出して、袋の中に手を伸ばす。


「いただきまー――、」


「ロロ姉、まってええ!!」


 ノベルが瞬時にロロの手首を掴んだ。


「うにゃ?」


「魔獣食用クッキーだから、魔法系に分類された生物しか好まないお菓子だよ」


 くっと目を伏せて、残念そうにロロは包みの中にクッキーを戻した。


「私たちの手作りだから、効果抜群だよ!」


(効果とはいったい……)


 村上は疑問を覚えつつも、礼を言って鞄にしまい込んだ。


「じゃ、そろそろ行くか」


 リリーベルとロロは頷いて、各々荷物を背負う。


 学生たちは背筋を伸ばし、


『試験結果が出たら教えるから、手紙送ってきてね!』


『旅の無事を祈ります』


『またご飯食べに行きますね!』


 思い思いの言葉で手を振ってくれた。


 村上たちはたまに振り返りつつも、図書館街インデックスを後にした。


 気持ちの良い若者たちと、もう少し話していたかった気持ちもあるが、そのがいずれまた、この地の土を踏みたいと思うだろう。


 今はその気持ちを残して、歩き出すのもいいだろう。


 村上は自然と口元を緩ませて歩き出した。


 目指すは、港町アクアラインだ。


+++++++++++++++++++++++


 久しぶりの青空の下は、手でひさしを作るほどの眩しさだった。


「久しぶりのお日様ですね」


 リリーベルが嬉しそうに背伸びをする。


「ぽかぽかだにゃあ」


 飛んでいるちょうちょを横目に、ロロは顔をこすった。


 村上は紙の地図を広げながら、歩き出す。


「草原と森を幾つか超えると、アクアラインか」


「到着したら乗船手続きをしないといけませんね」


「どんな船か楽しみだにゃあ、グランディアまで数日かかるんにゃよね?」


「ええと母さんの手記では――三日ほどのようです。

 昔の話なので今は少し早いかもしれませんが」


「ふむふむ、魚料理が楽しみだにゃあ。

 焼魚~♪ 煮魚~♪ 刺身~♪

 お魚料理は~なんでも~勉強したいところ~♪」


(なんか間抜けなテンポの歌だな……)


「良いですかロロ。

 アクアラインといえば港町ですが、それ故に料理の種類も豊富です」


 指を立ててリリーベルは、先生のように話し出す。


「様々なパン料理はもちろん、パスタ、スープ、揚げ物、焼き料理、肉料理などなど、世界中の料理が集まる事でも有名です!」


 料理の事となると、かける意気込みが違う。


 村上は二人の掛け合いを見ながら、日常風景に胸の奥が穏やかになるのを感じていた。


(他人と旅して心が軽くなるって不思議だな)


 会社の出張で上司や後輩と何度も遠出したことはあるが、似たような料理の雑談で心が軽くなる事なんてなかった。


(そういえば、味覚が分かるようになったとか、この食べ物は胃に負担をかけるなとか、考えなくなったな)


 異世界で歩きながら体力を消費しているからこそ、健康的に美味しく食べられているのもあるが、一番は深く考えすぎなくなったことだろう。


(店舗も持ちたいし、世界も歩き続けたい――ぜいたくな悩みだ)


 だが時間はまだまだある。


 リリーベルとロロの楽しそうな掛け合いをBGMにしながら、今日も歩き続ける。


「この辺で一休みするか」


 春の風を感じながら、草原の途中にある木陰に腰を下ろす。


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【本日の軽食】

・オニオンポテト(L/モッツバーガー)

・390G


・コーラ(M/270G)

・ジンジャーエール(M/270G)

・アイスコーヒー(M/330G)

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「はい、今日はオニポテです」


「オニポテ……?」


 リリーベルが首を傾げながらも、わっか状の揚げ物を口に運ぶ。


「――!

 ほくほくに揚げられたポテトです!」


「ほんとにゃ、甘みがギュッと凝縮されて、塩見も口いっぱいに広がるにゃ!」


「そうだろ、そうだろう」


 リリーベルにジンジャーエールを渡し、ロロにコーラを渡す。


 村上はコーヒーを口にすると、意識が更に覚醒するように目が冴えた。


「このしゅわしゅわ、揚げたお芋の親友なんじゃないかと思うほど、味が合いすぎるにゃ……!」


「ええ、このショウガ味のしゅわしゅわも、クセになる喉越しです」


 おやつを楽しむ姿を見ながら、村上はいつものように鉢植えに水を上げる。


 また旅をしながら、こんな穏やかな日を楽しめるのかと思うと、自然と喜びがこみあげてくる。


「ん――、なんか蕾が光ったか?」


 再び水をあげてみるが、何の変化もない。


 見間違いかと思い、村上もポテトへと手を伸ばすのであった。

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