【異世界旅行 - 八日目】
図書館街インデックスの出入り口である大門で、受験生の男女が一列になっていた。
ノベルを中心に左右に5名ずつ、合計11名が村上一行を見送るために集まっていた。
「旅人の露店のオッサンにこの見送りは贅沢だな」
「ううん、みんな本当に感謝してるんだ」
表情は自信に満ちていて、試験結果に期待を持っているようだ。
「寝ずに勉強して、やり残しがないか何度も確認して、眠れないほど祈って――両親でもない誰かに"勝てる"って願掛けしてもらえたから、自信を立ち向かえたと思う」
うんうんと、友人たちは頷いている。
「ソウジュウローたちはこれからどうするの?」
「港町アクアラインから本土グランディアを目指す船に乗るんだ」
「船……素敵だね。
あ、そうだ。
ならこれも持ってって!」
学生鞄をごそごそして、ノベルは何かを探している。
「あった、はいどうぞ」
「あ、ありがとう……って、いいのか?」
差し出されたのはカラフルな包装紙に包まれたクッキーだった。
「いっぱい作ったからね。
旅人にはきっと役に立つよ」
「ふーん、おいしそうだにゃあ」
横からロロが顔を出して、袋の中に手を伸ばす。
「いただきまー――、」
「ロロ姉、まってええ!!」
ノベルが瞬時にロロの手首を掴んだ。
「うにゃ?」
「魔獣食用クッキーだから、魔法系に分類された生物しか好まないお菓子だよ」
くっと目を伏せて、残念そうにロロは包みの中にクッキーを戻した。
「私たちの手作りだから、効果抜群だよ!」
(効果とはいったい……)
村上は疑問を覚えつつも、礼を言って鞄にしまい込んだ。
「じゃ、そろそろ行くか」
リリーベルとロロは頷いて、各々荷物を背負う。
学生たちは背筋を伸ばし、
『試験結果が出たら教えるから、手紙送ってきてね!』
『旅の無事を祈ります』
『またご飯食べに行きますね!』
思い思いの言葉で手を振ってくれた。
村上たちはたまに振り返りつつも、図書館街インデックスを後にした。
気持ちの良い若者たちと、もう少し話していたかった気持ちもあるが、その
今はその気持ちを残して、歩き出すのもいいだろう。
村上は自然と口元を緩ませて歩き出した。
目指すは、港町アクアラインだ。
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久しぶりの青空の下は、手でひさしを作るほどの眩しさだった。
「久しぶりのお日様ですね」
リリーベルが嬉しそうに背伸びをする。
「ぽかぽかだにゃあ」
飛んでいるちょうちょを横目に、ロロは顔をこすった。
村上は紙の地図を広げながら、歩き出す。
「草原と森を幾つか超えると、アクアラインか」
「到着したら乗船手続きをしないといけませんね」
「どんな船か楽しみだにゃあ、グランディアまで数日かかるんにゃよね?」
「ええと母さんの手記では――三日ほどのようです。
昔の話なので今は少し早いかもしれませんが」
「ふむふむ、魚料理が楽しみだにゃあ。
焼魚~♪ 煮魚~♪ 刺身~♪
お魚料理は~なんでも~勉強したいところ~♪」
(なんか間抜けなテンポの歌だな……)
「良いですかロロ。
アクアラインといえば港町ですが、それ故に料理の種類も豊富です」
指を立ててリリーベルは、先生のように話し出す。
「様々なパン料理はもちろん、パスタ、スープ、揚げ物、焼き料理、肉料理などなど、世界中の料理が集まる事でも有名です!」
料理の事となると、かける意気込みが違う。
村上は二人の掛け合いを見ながら、日常風景に胸の奥が穏やかになるのを感じていた。
(他人と旅して心が軽くなるって不思議だな)
会社の出張で上司や後輩と何度も遠出したことはあるが、似たような料理の雑談で心が軽くなる事なんてなかった。
(そういえば、味覚が分かるようになったとか、この食べ物は胃に負担をかけるなとか、考えなくなったな)
異世界で歩きながら体力を消費しているからこそ、健康的に美味しく食べられているのもあるが、一番は深く考えすぎなくなったことだろう。
(店舗も持ちたいし、世界も歩き続けたい――ぜいたくな悩みだ)
だが時間はまだまだある。
リリーベルとロロの楽しそうな掛け合いをBGMにしながら、今日も歩き続ける。
「この辺で一休みするか」
春の風を感じながら、草原の途中にある木陰に腰を下ろす。
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【本日の軽食】
・オニオンポテト(L/モッツバーガー)
・390G
・コーラ(M/270G)
・ジンジャーエール(M/270G)
・アイスコーヒー(M/330G)
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「はい、今日はオニポテです」
「オニポテ……?」
リリーベルが首を傾げながらも、わっか状の揚げ物を口に運ぶ。
「――!
ほくほくに揚げられたポテトです!」
「ほんとにゃ、甘みがギュッと凝縮されて、塩見も口いっぱいに広がるにゃ!」
「そうだろ、そうだろう」
リリーベルにジンジャーエールを渡し、ロロにコーラを渡す。
村上はコーヒーを口にすると、意識が更に覚醒するように目が冴えた。
「このしゅわしゅわ、揚げたお芋の親友なんじゃないかと思うほど、味が合いすぎるにゃ……!」
「ええ、このショウガ味のしゅわしゅわも、クセになる喉越しです」
おやつを楽しむ姿を見ながら、村上はいつものように鉢植えに水を上げる。
また旅をしながら、こんな穏やかな日を楽しめるのかと思うと、自然と喜びがこみあげてくる。
「ん――、なんか蕾が光ったか?」
再び水をあげてみるが、何の変化もない。
見間違いかと思い、村上もポテトへと手を伸ばすのであった。