ヴィーゼ領最大の港町アクアラインが近づくにつれて、往来する馬車には異国文化漂う織物などが目につくようになった。
村上たちが歩く大通りも石畳で作られ、旅人と冒険者の姿も増えてきた。
「街に入る前からずいぶんな賑わいだな」
「ヴィーゼ領唯一の港にゃからね」
「ロロさんがいた、アウラレイクも結構大きいと思ったが?」
「アクアラインは輸入輸出が多いからにゃあ。
港も広大だし、色々な種族や職業の人が出入りしてるにゃよね」
「ほお、賑やかで楽しそうだ」
「本土に渡る船も豪華なガレオン船だったはずにゃ」
「ガレオン船か」
確か中世の大航海時代に使われた巨大な船だったことしか村上には分からない。
(まぁ、詳しく知らないからこそ旅は胸が躍るもんだ)
知識も大事だが、直接自分の見て聞いて感じることが醍醐味だろう。
「リリーベルさん、スケジュールはどうしようか?」
母親の手帳を読み直していたリリーベルが顔を上げる。
「まずは客船を予約しましょう。
その後はアクアラインで母の旅路を追って――明日はついに出航です」
「とうとう出航か。
感慨深いものがあるな」
関東では船に乗る機会なんてそうそうない。
さすがに世界一周豪華客船クルーザーほど立派ではないだろうが、十分に胸が高鳴る。
目指す足取りも自然と軽くなり、ロロもステップを踏んでいるようだった。
だが、リリーベルは胸の奥に棘でも引っかかっているような表情だ。
「何か不安かい?」
「あ、いえ!
……ガレオン船、楽しみですね」
取り繕うようにリリーベルはいつもの笑顔を浮かべた。
「それでですね。
母はアクアラインでは何をしたかというと――」
母親の旅路を追うということは、母親が行ったイベントを体験するということだ。
湖上の街アウラレイクではそれで水路レースに参加した。
今回も無理難題はないと良いが――。
「ドラゴン退治です」
「無理だな」「無理にゃ」
即答だった。
「足早にならないでください、二人とも!
どうか、お話を最後まで」
「あはは、冗談だよ」
「もう!」
頬を膨らませてリリーベルは抗議の意を唱える。
「当時はまだ魔王の生き残りがこの辺りにもいて、残党だった竜が港をねぐらにしていたようです」
「それを仲間のヴァルさんと二人で倒したってわけか」
港を背景に想像上の母親が弓を放ち、美人だけど男勝りなヴァルが大剣を振るっている姿が、ありありと想像できた。
「いえ、どうやら母一人で倒したようです」
(ヴァルさん、アウラレイクに続き、ここでも活躍できなかったのか……)
そりゃ、ライバル視するのも仕方ないと思いつつ、続きを促す。
「それと、酒場で飲んだ酒が旨かった。
カジノで大勝利した――と書かれています」
「酒か……リリーベルさんはお酒飲める方?」
エルフなので見た目は10代だけど、実年齢はきっと飲める年齢なのだろう。
「飲めなくはないですが、特別好んではいないですね。
でも母さんが飲んだお酒は試してみたいです。
マイタイというらしいです」
「へえ、俺もたしなまないけど、試してみようかな。せっかくだし」
「ええ、一緒に試しましょう。
ムラカミさんと一緒に飲めるの、とっても嬉しいです」
先頭を歩いていたロロは振り返り、ジト目で村上とリリーベルを見つめた。
「くっ、飲めないにゃ――!」
「年齢制限だな……」
「いいにゃ、わたしはカジノ担当大臣として豪運を振るってやるにゃ!」
腕をまくってぶんぶんと振る。
「はい、期待してます、ロロ!」
大きくうなずくロロの顔は自信ありげだが、村上は不安しかなかった。
(軽食販売でお金は稼いでおいた方が良さそうだ)
「なので、ドラゴン退治の功績を祝って作られた銅像を見て、夜はお酒とカジノです」
「そして翌日は豪華客船……なんとも豪華な旅だ」
スケジュールを詰めながら歩いているうちに、知らぬ間に風に湿気が混じっていた。
日本の海のように磯の香りはない。
(サンゴ礁が多いと、磯の香りはあまりしない……だったかな?)
きっとサンゴによって真青な海が広がっているのだろう。
崩れた外壁が見えてくる。
あれはドラゴンとの戦いで壊れた外壁をあえて残している風に村上には映った。
潮風はカラッとしていて、湿り気はない。
異国情緒あふれるスパイシーな香りが混ざり合い、村上の腹が小さく鳴った。
オレンジ色や水色を基調とした家々が徐々に増え、下り坂の道から見下ろす町並みは広大だった。
「わあ……見てください、ムラカミさん、遠くに海ですよ、海!」
初めて見るような喜びようだ。
その証拠に珍しく、村上の服の袖を引っ張っている。
「港には船が一杯です!」
ガレオン船やキャラベル船が多数並び、何本ものマストが入り口からも見える。
海上には帆が張られた船が、別の島を目指して航海を始めるところだった。
歩く人々は鎧に身を包んだリザードマンもいれば、ローブを着用したミャウ族も目につく。
カンカンカンッと鉄を叩く音や、機織りの音、客寄せの声と、アクアラインの入り口から活気はすでに最高潮だった。
「早くいきましょう、ムラカミさん!」
「面白そうだにゃ!
走っていいにゃよ!」
右手と左手を引っ張られて、つんのめりながらも、村上は苦笑いしながら、ともに駆け出す。
異国の香りは新たな旅の始まりを、告げているようだった。