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第38話 天から舞い降りる鳥と黒烏龍茶

 宿屋通りから港広場への道を3人で歩きだす。


 大通りから少し外れているので、地元住人の往来に交じりながら進む。


 港町アクアラインは海岸線沿いの山岳地帯に生まれた街のようで、階段が多い。


 オレンジや青い家々の合間を縫うような階段を、息を切らしながら村上は登った。


 階段でジャンケンをして遊んでいるミャウ族の少年少女に、ロロは手を振り、リリーベルは屋根の合間から差し込む陽の光を眩しそうに見上げる。


 迷路のような階段を幾つか登ったり下ったりしつつ、荷物を運ぶ水路の橋脚を渡る。


 これから輸出する織物を詰めたゴンドラの船主は、力強く歌いながら港を目指しているようだ。


「この先を抜けると港広場があるようですね」


 宿屋で聞いた道順を覚えているリリーベルが、日陰の路地を指さす。


 その先は眩い輝きにより、ここからはよく見えない。


「一番乗りは貰うにゃあん!」


 咄嗟にロロは走り出した。


 羽織っているパーカーが揺れ、ショートパンツから伸びるカモシカのような足が風のように彼女を運ぶ。


「ロロ、もう!」


 普段なら、たしなめるところを、リリーベルも嬉しそうに駆けだした。


(突然走り出して小学生みたいなやつだ、まったく)


 自分でも笑っているのが分かる。


 年長者としてしっかりしたところを見せなくてはいけない。


「――俺に勝てるか!」


 革靴のまま、地面を強く蹴った。


 頬を撫でる風はくすぐったく、鼓膜はごうごうと揺れる。


 1秒もしないうちに息は上がり、身体がこんなにも鉛のようだったかと思う――が、


(たまに走るって、意味なく楽しいな――!)


「はあ……はあ……!」


 裏路地をリリーベルに続いて抜けると、まるでトンネルを抜けたような閃光が目を覆う。


「いっちばーーん!」


 職業チェイサー(お嬢様)のロロは息も切らさずに、余裕の笑みで高笑いしている。


「さすがロロです……!」


 次いで辿り着いたリリーベルも息を切らして、膝に手を当てている。


 輝く金髪が肩からはらりと落ちるが、さすが冒険者。


 息が切れてもすぐに整いそうだ。


「うああ……ひああ、ふああ……!」


 やはり40代には短距離でもきつかった。


 肺が悲鳴を上げている。


 村上は地面に崩れ落ちると、すぐにメニュー画面をタップした。


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【本日のドリンク】

・黒烏龍茶(パック)

・320G

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 3本分召喚して、二つを二人に手渡す。


 村上はストローを指して、一気に飲み干してしまった。


(死に物狂いでタップしただけだが、やっぱ烏龍茶は飲みやすい――!)


 二人も村上の飲み方を真似してストローを指して、黒烏龍茶を口に含む。


 軽く運動した後にさっぱりしたものが、ほど良かったのか、二人もすぐに飲み干してしまった。


「ふああ、軽く走った後に飲みやすいにゃー!」


「ええ、紅茶のようでもありますが、クセも無く――ああ、エルフの里で飲んだハーブティーを思い出します」


「はは、喜んでもらえたようで良かった」


 息を整えて、やっと港広場を見渡す余裕が出てきた。


 レンガ調の地面は街から半円形に飛び出し、木の柵が海と広場を隔てている。


「海が一望できるのか――!」


 地平線が見える広場には旅人がのんびりと海を眺めたり、露店を開いたりしている。


「あ、あそこに母さんの像があります!」


 リリーベルの視線につられて視線を動かすと、そこには髪の長いエルフの女性が天に向かって弓を抱えている凛々しい銅像があった。


(リリーベルさんの面影があるな)


 リリーベルは優しさの塊のような雰囲気だが、母親は勇ましさを足したエルフに見える。


「かっこいい、お母さんだね」


「ええ、そうですね」


 広大な海を背景に自分の母親の姿を見ながら、リリーベルは何を思うのか。


「――師匠」


 ロロの黒猫耳がぴくんっと揺れて、細かな音を聞こうと立った気がした。


「どうしたロロさん」


 ロロは瞬時に身構えて、リリーベルと村上の前で手を広げ、後ろへと下がらせる。


 刹那、緊張した空気が漂う。


「おらあぁ!!」


 上空から歴戦の戦士のような叫び声が聞こえたかと思うと、地面に人影が降り立つ。


「うわ――!」


 逆光に包まれて、その人影は何かを背負って立ち上がる。


「ん、あんたらは――」


 人影も村上たちに気が付いたように、手を挙げた。


「マリアベルの娘じゃねえか!

 この前ぶりだな、大きくなったか!?」


 目が慣れるとはっきり分かる。


 エルフが持つ金色の長い髪は、どんな麦畑や夕焼けよりも美しく輝いてなびく。


 容姿端麗な立ち姿は、命持つ生物なら誰もが振り返る。


 軽鎧に身を包み、旅人用のローブを羽織るその人物は、リリーベルの母親、マリアベルとパーティーを組んだヴァルキュリア=グロリアーナだった。


「ヴァルさん、お久しぶりです」


 ここで何を――とリリーベルは言いかけて、彼女が手にぶら下げているを見て合点がいったようだ。


「ああこれか、食い逃げがいたから捕まえたのさ。

 屋根なんかに逃げるから、随分振り回しちまったがな、ぬははは!」


 黙ってさえいれば"エルフ一の美人"と称される彼女は、大笑いしながら気絶している食い逃げ犯を振り回す。


「で、お前らはここに何しにって……ああ分かった、皆まで言うな。

当てるからな――あれだろ、私がドラゴン退治したときの伝説を調べに来たんだな!」


「いえ、母が倒した銅像を見に来ました」


 にっこりとリリーベルが訂正する。


(あんなに輝かしい笑顔だと、悪気はないんだろうなぁ)


「そ、そうかたしかマリアベルの足取りを追ってるんだもんな。

 じゃああいつの手帳にはやっぱり、活躍した私の話も書かれてるだろう?

 ドラゴンの火を一振りの大剣で払い、両の翼は目に見えぬスピードで切り裂いたってな」


 リリーベルは瞬時にローブの中から手帳を取り出し、ぱらぱらとめくる。


「いえ、ヴァルさんの名前は一言も……」


「そういうとこだぞ、マリアベルッ!!」


 怒りに任せて食い逃げ犯を空高く放り投げる。


「なら勝負だ二代目――。

 マリアベルの時と同じ、この街にあるヴィーゼ領最大の決戦場でな」


「け、決戦場……?」


 リリーベルが唾を飲み込む。


 ヴァルは落下してきた食い逃げ犯を再びキャッチして、こう言い放った。


「カジノで勝負だ、こんちくしょう!!」

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