魔法による光源輝くカジノ屋敷の門前で、村上は緊張した面持ちで立っていた。
今日の主役を待っているのだ。
「おっ……」
白を基調とした清楚なワンピースに身を包んだリリーベルが、小走りに駆け寄ってくる。
控えめな胸には桃色の花飾り、さらりとした金髪は背中に流れ、水色の髪留めが目を引く。
「お待たせしました、ムラカミさん」
「俺も今、準備できたところだ」
村上も人生初のタキシードに身を包んでいる。
スーツみたいなものかと思ったが、全身の引き締まり方が違う。
(というか、この異世界のドレスコードは、かなり現代寄りだな……)
珍しいのか、タキシードやドレスはかなり高価だった。
しかし、これまでの売り上げで余裕でまかなえてしまった。
「いつもカッコいいですが、今日は一段とカッコいいですね」
「そ、そうか?
動きにくくてな」
まっすぐな瞳で感想を述べるリリーベルがまぶしすぎて、つい目をそらしてしまう。
「リリーベルも、とても……綺麗だな」
(おっし、何とか言えた、凄いぞ俺!!)
40代のオッサンが若い子に言うセリフでもないだろうが、褒められたのに、感じたことを口に出さないのは失礼だと思った。
(ん……しかし反応がないな)
「……」
リリーベルは真顔のまま固まり、次第に頬はおろか、頭の上から湯気が出そうに色付いていく。
「え、いえ、その、は、はじめてで」
「そ、そうか?」
(リリーベルさんなら、よく言われそうなのにな)
リリーベルは言われ慣れていないのか、前髪の三つ編みを触りながら、目を逸らす。
「じゃ、じゃあ行くか」
「は、はい!」
ぎこちない動きで踏みだすと、背後からため息混じりの声が聞こえた。
「誰かを忘れていませんこと?」
ため息交じりの声に振り返ると、目を半月にして頭を押さえているロロの姿があった。
アウラレイクで出会った豪華なドレスではなく、両肩を出し、スカート丈も短いカジュアルなドレスだ。
普段は15~6の元気な女子高生のようなイメージだが、服装と雰囲気のせいで二十歳の淑女のようだ。
銀髪に良く似合うオレンジの花飾りをつけて、耳元の髪をかき上げた。
「ドレスコードが必要な賭博場。
わたしを忘れているとは言わせませんわよ」
「初めての場所で緊張しちゃってな、すまん!」
「勝負は入り口から始まってますわ。
運を味方に付けなくてはいけませんわ」
ロロの年齢でカジノは入れないと思っていたが、ここでは
「運とはすなわち、品のある立ち振る舞い。
丁寧な言葉使い、整えた服装と髪型。
そういった、一挙手一投足を含めることで引き寄せることができる必然」
「さすが頼りになる、ヴィーゼ領のお嬢様は」
「ふふ、お父様の受け売りですわ」
(――今の台詞で、なんかダメな気もしてきたぞ)
いや、ここはロロの父親であるケビンを信じよう。
カジノ館の入り口にはタキシード姿の筋骨隆々の男性二人がいる。
心臓が飛び出るほど緊張したが、何事もない顔で進めば止められることはなかった。
カジノ館の庭には剣を構えた石像が等間隔で並び、運の勝負へ身を投げる冒険者を誘っている。
ここでもたくましい男性二人が屋敷の扉を開く。
重厚な木材でできた扉がゆっくりと開き、中から賑やかな音楽が漏れ出してきた。
ジャズを彷彿とさせる軽快なピアノが館内に響き、それすらかき消すような人々の喜びと悲しみの声が混ざり合う。
「賑やかだ……!」
誰もがまるで貴族のように品位ある立ち振る舞いでゲームを楽しんでいる。
真赤な絨毯が敷かれるこのフロアには、ポーカーやルーレット、カードゲーム、それにサイコロを振っている場所もある。
三人はまずGをチップへと交換し、辺りを見渡す。
――その中にひときわ大きな歓声が上がる場所があった。
「あそこにいますわね――これまでにない
(
早くもギャンブラーの空気をまといだしたロロの謎の単語を聞き流し、村上たちは人の群れへと向かう。
「さあ、次は誰だ!
相手になるやつは、もういないのかい?」
派手な赤いドレスに身を包み、自信満々に笑う女性は、数枚のコインを宙に投げては手で掴んで遊んでいる。
彼女の強さはテーブルの上に何列にも積まれたコインの山が証明していた。
「マリアベルの娘、遅かったな。
先に始めてたぜ!」
「ヴァルさん。お待たせしました」
「まずは、ルーレットだ」
今まさにヴァルに負けた男性と女性たちは、村上たちに席を譲るように席を立った。
テーブルは円状の形をしていて、沿うように村上、ロロ、リリーベル、ヴァルの順に囲んだ。
ディーラーはタイトスカートの微笑を浮かべる女性だ。
「ようこそ、ゴールドラッシュの卓へ。
運命を回す準備はいかがですか?」
穏やかな声でディーラーは目くばせをする。
「マリアベルの娘、一応聞くがルーレットは知ってるな?」
「ええ、しっかりと読み込んできました」
図書館街インデックスで母の物語を熟読していたが、次の旅路の為にカジノについても忘れずに知識を詰めてきた。
「要は単独の数字にチップを賭ければ大金持ち……赤か黒ならそこそこ、です!」
自信満々のわりに思ったよりおおざっぱな説明だったが、ヴァルはぽかんと口を開けて、
「――と、当然だな、そうだったな!
"じょーしき"だ!」
(知らないやつだ……)
しかしルールを知らずにそこまでチップを手にしているのなら、豪運なのは間違いない。
「 Place your bets please(プレイス・ユア・ベット・プリーズ)――。
さあ、運命を託してください」
「頑張って、リリーベルさん」
「はい、私は――黒の14にします」
手にしたチップを数枚、黒14の枠内に入れた。
「ちなみになんでその番号に……?」
「黒うーろんちゃで、日付が14日まででした」
「なるほど」
そういうこともあるか、と村上は納得した。
「わたしは赤の1に賭ける!!!」
ドンッと大量のチップをベッティングエリアに移動する。
「ちなみに、なぜ――」
村上はとりあえず聞いてみた。
「赤で1が好きだからだ!」
「なるほど……」
想像通りだった。
「Spinning Up(スピニングアップ)――!」
しなやかな手つきでルーレットウィールへボールを入れる。
円盤の中をボールが遠心力に沿って走り出す。
「No more bets(ノー・モア・ベット)――。
これより先の賭けは無効となります」
ディーラーが手を広げ、締め切りを意味した。
村上はカジノのルーレットに詳しくないが、それでもボールの行く末は緊張するものがある。
「素晴らしい
猫のように鋭い瞳孔を細めてロロは興奮したように言った。
「二人の数字選択は一見、適当に見えますが、実に運命力を計算した方程式の殴り合いですわ――この勝負、死人が出てもおかしくない……!!」
(また変な本でも読んだのか)
いつもとキャラが違うロロを横目に、リリーベルへと視線を移す。
胸に両手を当てて、息を止めてじっとボールを眺めている。
瞳の動きはキラキラとした宝石のようだ。
対して、ヴァルは腕を組んで戦国武将のように目を瞑っている。
ボールのスピードが落ち、いくつかの枠をかすめ、わずかに跳躍する。
――カラン。
「あたりです、黒18」
ボールが落ちて、ヴァルは音もなく地面へと崩れ落ちる。
「うぬああああああああ!!!
娘にも勝てねええええええ!!」
「い、いったい誰が当たったにゃ――!?」
リリーベルは黒の14だ。
ディーラーの瞳が村上を見据えた。
「おめでとうございます。
払い戻しは7倍となります」
「お、おれ!?」
チップを掛けた記憶はなかったが、何故か村上のチップは確かに手元から黒の18へと移動していた。
「お客様?」
「あ、ああ、ありがとう!」
「凄いですね、村上さん!
運もおありですね!」
自分の事のようにリリーベルは喜んで村上を見上げる。
(賭けた記憶はないんだがなぁ……疲れてたのか?)
払い戻しのチップを受け取りながら、村上は頭をかく。
――そのさらに頭上、光り輝く粉が舞っているのを知る者は、今はまだ誰もいない。