「なんだ、オッサンに負けたのか。
なら私はまだやられてねぇ!!」
即座に立ち上がった紅ドレスの戦乙女は、すぐに次のゲームを見つける。
見た目のみならず、立ち直りと切り替えの早さも天下一のようだ。
「あのポーカーってやつしようぜ」
――数分後。
「ぬああああああああああああ!
オッサンがロイヤルストレートフラッシュだとおお!」
「師匠には隠された賭力が眠っていますのね……わたくしも精進しませんと」
意味も分からず、村上は勝利してしまった。
なんとなく引っ張られる感覚があった方のカードを、交換していった結果だった。
(まさかこれが、ロロが言う賭力――!?)
な訳あるまいと自分に言い聞かせ、次のスロットマシンへと向かう。
魔力的なもので動いているのだろうが、側面のレバーを倒すと中央の絵柄が三つ揃う仕組みだ。
「ふふふ、さすがにこれ以上は、娘にもオッサンにも負けやしねえはずだ……ただ回すだけだからな……!」
「どれにしようか」
スロットマシンは10台ほど壁に面して一列に並んでいる。
「ロロ、教えてください」
「ええ、ついにわたしの出番が来ましたわね」
二人は仲良く、中央のスロットマシンへと向かう。
「じゃ、私はその隣にするか……いや、こういう時は1番端にするか、1番だしな」
ヴァルは通路側のマシンを選び、村上は――。
「どれにするかな……ん?」
また髪の毛を引っ張られる感覚を感じて、先ほどヴァルが選ぼうとしたリリーベルたちの隣の台に着席した。
「じゃやってみるか」
「いいかー!
さきに777引いた奴が勝ちだからなー!」
豪快に腕を振り上げて、ヴァルはレバーオンする。
リリーベルとロロもレバーを押し込む。
「じゃ俺もやるか」
チップを入れてレバーをオン。
――ガコン。
「ん?」
――ガコン。
――ガコン。
――ガコン。
【7】【7】【7】
ファンファーレが鳴り響き、スロットマシンの下の口からチップが次々と流れ出る。
「うわわわあ、なんだ、スロットマシンってこういうもんなのか、どうしたらいいんだ!?」
チップが溢れ落ちないように抑えながら、近くのスタッフに手伝ってもらって、先に換金を済ませてもらうようにお願いする。
「――ふふ」
「今、何か聞こえたような?」
リリーベルとロロは村上が出したチップの山を見て驚きを隠せないままだ。
ヴァルはもう脱力し、背もたれに身体を預けて、灰色になり燃え尽きている。
(別の誰かがいる――!?)
「リリーベルさん、ロロさん。
そのチップで楽しんでて、少し気になることがある」
「わ、わかりました」
二人を置いて村上は無意識に駆け出していた。
視界の端にキラッとした光るものを感じて、さらに後を追った。
光の足跡は螺旋階段から2階へと繋がっている。
「はあ、はあ……さ、最近、走って……ばかり、だな!」
息を切らせながら中年に体に鞭打って階段を上り切ると、2階は紳士淑女の社交場のように落ち着いたバーだった。
薄暗い店内で目を細めると、バルコニーへと光は続いている。
「よし」
バルコニーに出ると、夜の生ぬるい風が走り疲れた体のほてりを奪う。
他に人は誰もおらず、月夜を見上げているのは村上一人だった。
月を背景に重なるように浮遊している影が一つ――。
「……君は一体?」
闇夜でステップを踏む影は、光をまき散らしながら、村上の目の前へと滑空してくる。
サイズは15センチ程度の、正体の分からない小さな存在。
「人……いや、妖精?」
「ご名答でございます。
マスター」
冷静沈着な少女の声が囁かれる。
目の前で浮遊しているそれは妖精だった。
ロングスカートのクラシカルなメイド服に身を包み、闇よりも深い黒髪は、彼女の身長よりも5センチほど長い。
瞳は凛としていて、知的な雰囲気を漂わせている。
「幸運の感覚を引き出すお手伝い、いかがでしたでしょうか」
「幸運の手伝い?
マスター……俺が?」
「マスターの海よりも深い愛情により、長い旅路の末、ようやく花開きました」
「愛情?
花開いた?」
なんのことだか全くピンとこない。
「これからは私がマスターのお店を彩るお手伝いをいたします」
「彩る……ってもしかして、アウラレイクで花屋のお爺さんから貰った蕾なのか!?」
妖精はこくりと頷いた。
「あの説はお世話になりました。
本来ならば枯れる蕾も多い中、マスターは陽や水を与えてくださり、露店のときは、いつも感謝の気持ちまでくださいました」
「そっか、花開いたのか……良かったなぁ!
普通の花だったらもっと開花が早いと思って、心配だったんだ!」
「心配してくださって……だからこそ、私はマスターの元で咲けたのでしょう。つきましては私に、名前をお与えください」
「名前、名前か……」
自慢じゃないが、名前を付けるのには自信がない。
小学校時代の犬の名前はアインシュタインだったし、小鳥の名前はライトキョウダイ(※一匹だった)だ。
「ええと、それじゃ……」
(家の近くに、いつも美味しいパン屋さんがあったな。
ピンクで花がよく咲いてた、ええと、あれが美味しかったな)
「ミルフィーユ――なんてどうだ」
村上の言葉に妖精は宝物を受け取るように両手を胸の前で抱いて目を閉じた。
「ミルフィーユ……なんて美しい響きなんでしょう。
マスター、これにて契約は完了です」
ミルフィーユの瞳は、見る者が見れば鋭いが、今は優しさに満ち溢れている。
「心が病むときも健やかなるときも、常にこのミルフィーユが支え、お慕い申します」
少女は光をまとったかと思うと、村上の目の前でスカートの裾を持ち上げて、メイドとしてお辞儀をしたのだった。