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第43話 朝食は心の栄養 - 出会いと別れの波止場には。

【異世界旅行 - 九日目】 


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【本日の朝食】

・かりかりクロワッサン

・オムレツのベーコン添え

・香草とミニトマトのサラダ

・アクアラインヨーグルトのはちみつ掛け

・ヴィーゼ領高原のオレンジジュース

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 ガレオン船『ヘルメス』の出航時間はまだ余裕がある。


 村上一行は早めにチェックアウトを済ませ、海岸線沿いのカフェで朝食を取ることにした。


 港へ仕事に向かう漁師や、これから冒険者ギルドで仕事を請け負うパーティーなど色々な人々とすれ違う。


 大通りから少し離れた路地あるカフェはこじんまりとしていて、地元住人しか食べに来ないような雰囲気だった。


 通り沿いにあるパラソルの下には四人掛けの丸テーブルが設置されていて、村上たちは円を組むように座った。


「アクアラインの地元料理って感じだにゃあ!」


 運ばれてきた朝食を前に、ロロは嬉しそうに手を合わせた。


 昨日のドレス姿から一転し、これまで通り、ショートパンツとパーカーを羽織ったストリートスタイルだ。


 お嬢様姿も板についているが、自由気ままな服装こそロロを象徴する姿なのだろう。


 忙しそうに往来する人たちを横目に、村上たちは各々食べ進めた。


「お、このサラダ美味しいな」


「この酸味はソースにフルーツを加えてる気がするにゃあ」


 シェフ志望のロロは分析しながらも料理を楽しんでいる。


 その傍ら、リリーベルは目の色を失いながら、牛のようにもさもさとサラダを口に押し込んでいた。


「……ロロさん、フォローはバッチリなんだよな?」


 隣に座るロロへと耳打ちする。


「朝方、こっちの部屋に運ばれたから、師匠の部屋にいた記憶はないと思うんだけどにゃあ」


 朝方、ロロとミルフィーユの協力により、泥酔状態のリリーベルを音もなく女子部屋へ運んでベッドに滑り込ませた。


 はずなのだが、まるで記憶があるように目が死んでいる。


「マスター、こういったときはストレートに聞くべきでは?」


 さらに耳元でミルフィーユが進言してきた。


「いやでも、記憶がないのに『昨日はオッサンの部屋で寝てた?』なんていわれたらショックだろ?」


 白を基調とした治癒師のローブを羽織り、エルフ特有の輝く金髪はいつもと変わりないが、前髪で結っている三つ編みは、普段よりも荒れている気がする。


 リリーベルがヨーグルトを飲み物と気が付かず、オレンジジュースのように手に取って、口に運ぼうとしたとき、小さく口を開いた。


「――うう、ムラカミさん、ごめんなさい。

 昨夜は……、あ、あんなにもはしたない姿を――!」


 手の震えでヨーグルトの中身がこぼれそうになっている。


「あ、やっぱり記憶はあったんだにゃ」


 ぼそっとロロがこぼす。


(こんなとき何を言っても気にするよなぁ。

 俺も若い頃に酒で失敗した経験があるし、翌日の恥ずかしさといったら、どうしようもなかったもんだ……)


 あのとき、俺はどうやって立ち直ったのか――村上は記憶を探る。


「穴があったら入りたいほどの失態です……」


 恥ずかしそうにうつむいて、頬を染めている。


(ああ、そうだ。

 周りが気を使いすぎて、なんだか居づらかったんだ)


「いやー、俺も一杯の酒で潰れるとは、まだまだだったな」


 大切なことは気を遣わずに、自然に話すことじゃないだろうか。


 なにも二日三日の仲じゃない、気を使い過ぎなくても大丈夫だ。


「師匠、一発でノックダウンだったにゃあ」


「次こそは限界を知って楽しむさ、リリーベルさんとな」


「え……またご一緒してくれるんですか?

 一口飲んだだけで記憶を失い、欲望のままに眠りに落ちてしまったのに――!」


「俺もお酒は弱いから、次はみんなで楽しめるものにしよう」


「うん、わたしもリリーと"嗜み"を感じてみたいにゃあ!」


「ムラカミさん、ロロ……!」


 リリーベルの瞳に雫がたまり、彼女は指でそっと拭った。


「ありがとうございます――。

 失態とお酒に強かった母との差で、すこし弱気になってました……!」


 うん、と自分を奮い立たせるようにナイフとフォークを構えて、リリーベルはいつものように、好物の肉類を最後に食べるために端に寄せて、元気に食事を始めるのだった。


++++++++++++++++++


 朝食を終えて9時過ぎ、村上一行は乗船手続きを済ませる。


 波止場には旅船『ヘルメス』が停泊していて、相変わらずの巨体だった。


 見上げると船首には美しい女神の銅像が太陽の光を反射している。


「ロロウェルミナ様、旅のご無事をいつまでも祈っております」


 ヴィーゼ家に過去に仕え、現在は旅船の受付をしているバウティスタは目元を押さえながら、押し寄せる涙を堪えてお辞儀した。


「バウティスタも体に気を付けて過ごしてね。

 帰ったら手料理を振舞ってあげるわ」


「ロロウェルミナ様直々のお料理をいただけるなど夢のようでございます。

 命を枯らさぬよう、精進いたします」


 ――カンカンカンッ!


 ガレオン船に備え付けられている金が激しく鳴り響く。


 乗船の合図だ。


 木製のタラップが船から波止場に掛けられ、次々と乗客が進み始める。


 中には別れを惜しむようにずっと手を振る母子や、楽器を演奏する楽団までいた。


 出会いと別れがここにはある。


「ロロウェルミナ様、風の噂ではございますが」


 と、バウティスタが姿勢を正す。


「この旅船『ヘルメス』にアリス様が乗船されたとのことでございます」


「アリス――!?」


 珍しくロロは目の色を変えた。


「本当にアリスがいるの?

 いつもの何十人といる護衛の姿も見当たらないけど」


「わたくしに意図は分かりませぬが、何でもお忍びのご旅行ではないかと――ただ似たような方とのお話なので、本当かどうかまでは」


「ありがとう、バウティスタ。

 少し様子をうかがうわ」


 ロロのお礼にバウティスタは礼で応える。


 渋い面持ちでタラップの手すりを握り、ロロは登りだす。


「ロロさん、そのアリスさんってのは知り合いかい?」


 聞いて良いのか迷ったが、珍しくまとう空気が尋常ではない。


「グランディアで手広くやってる、ホワイトラビット商会の娘よ。

 幼馴染なの」

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