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第44話 船旅と怪しいおとこ

 広大な海原は燦燦と降り注ぐ太陽に輝いている。


 吹き抜ける風は少し冷たく、陽の光で火照った体に心地良い。


 旅船ヘルメスは全長約70メートル、排水量約500トンのガレオン船である。


 旅船ということもあり、上甲板にはパラソル付きの展望席、軽食コーナー、音楽隊が演奏するスペースが存在する。


 船首楼せんしゅろうには前方見張り台があり、リザードマンの乗組員が遠方を眺めていた。


 船尾楼せんびろうには艦長室や高級客室、貴族用のサロンなど豪華な設備が整えられている。


 村上たちが今いる中央フロアは、上甲板から階段を下った層にあり、旅人の居住層になっていた。


 ダイニングホールはもちろん、社交室をはじめ、多くの旅人がのびのびと過ごしやすい環境だ。


「俺たちは2等室だな」


 スイートルーム扱いの1等室でも良かったのだが、5室すべて予約で埋まっていた。


 なので2等室を一部屋借りた。


(男女分けるべきだが、他の部屋が押さえられなかったんだよな……)


 自分だけ3等室を借りようかとリリーベルとロロに提案したのだが、断固拒否された。


 なんでもロロ曰く――、


『海上の密室といわれる船で単独行動なんて無謀にゃ、師匠!』


 らしい。


 図書館街インデックスで料理の本以外にも、妙なミステリー作品でも読んだのかもしれない。


 オーク材で作られた廊下を抜けて重厚な2等室の扉を開く。


「六畳間くらい……かな?」


 内装は木製で二段ベッド、小型のトランク、棚、椅子が一つずつ、備え付けられていた。


 壁には海が見渡せる丸形の小さな舷窓げんそうと洋服を吊るすフックが備え付けられている。


「少し狭いけど、二人は大丈夫かい?」


 すでに荷物を置いて二段ベッドの上で胡坐をかいているロロは、問題ないと言わんばかりに親指を立てている。


「すぐ近くで過ごせるのも、ホッとしますよ」


 リリーベルは自分の荷物をトランクに詰めながら微笑んだ。


「リリー、今日は一緒に寝るにゃ」


「はい、ぜひお願いします」


 2段ベッドの上段が女子、下段がオッサンという配置である。


 もちろん身だしなみの際は、オッサンはふらりと船内探検に出る予定だ。


「さて、三日間の長い船旅だ。

 自由行動をするとして――俺は当初の予定通り、"受付"に行ってくるよ」


「私は少し荷物整理と母の手帳を再確認しようかと」


「わたし――ちょっとしたら様子を探りますわ」


 ロロの口調が固くなる。


 その理由はおそらく、例の幼馴染さんだろう。


「バウティスタさんが言ってた、ホワイトラビット商会のアリスさんって子のことか」


「少し心配なのよね」


「そのホワイトラビット商会ってなんなんだ?」


「グランディア本土でも指折りの商会。

 取り扱っている品は幅広いのは当たり前ですが――」


 ロロは息継ぎをして、目を細める。


「勇者と魔王の戦争が終わったというのに、何処からか伝説級の武具を見つけて売りさばいたり、その時代にしかない貴重なアイテムを見つけてくるような、鼻が利きすぎる――いえ、商会ですわ」


「へえ、腕利きなんだな」


「腕利きどころじゃない。

 もうあれは、ほぼトレジャーハンター商会よ」


「トレジャーハンター……」


 脳裏ではカウボーイハットを被ったオッサンが縄を頭上で振り回したり、ダンジョンで巨石に追われているイメージがテーマソングと共に再生された。


(知ってるだけでオッサンだな……)


「良いですこと、師匠。

 これは誰に限ったことではないですが――」


 と、ロロは念を押すように顔を近づける。


「例えば突然、師匠の露店に年頃のお嬢様がやってきて、珍しい料理を食して『美味しいですわ――!?』と感動しても、決して話に乗ってはいけませんことよ。

 師匠は他人に優しんですから、気を付けなくてはいけません」


(それってアウラレイクで俺の露店に来たロロさん、そのものじゃないか)


 自分の事は棚に上げて、雄弁に語るロロに『気を付けるよ』と手をあげて、客室を後にする。


 木製の廊下を歩くと、かつかつと規則正しい音が響く。


(船旅ってもっと揺れるもんだと思ったけど、これなら酔い止めがなくても安心だ)


 茶色のオーク材にチークオイルが塗られた船内は、ツンとする香油系の匂いと、木材の甘い香りが混ざり合い、子供のころに訪れた日本旅館を思い出す。


 この香りと潮風がこれまで多くの冒険者や商人を本土へと送り届けていったのかと思うと、村上の胸は高鳴った。


 広々としたフロアに出ると、旅行客たちは各々椅子に座ったり、丸窓から海を見たりと思い思いに過ごしている。


 奥の方に受付嬢がいるカウンターを見つけて、村上は目当てのものを見つけた。


「すみません、上甲板での露店販売許可証が欲しいのですが」


 実はここ最近、店を持つのも悪くないと考えていたので、お金を集める算段を考えていた。


 図書館街インデックスで学んだ通り、この世界では船の上で露店販売できる船もあることは勉強済みだ。


「では商人ギルド証明書をご提示ください」


「……あー」


 そうか。


 確かにそれは盲点だった。


 当たり前のことだが、船の上のようなしっかりした場所で何処の馬の骨ともわからぬ商人に、訳の分からない商品を売られたらたまったものではない。


「やっぱりないと難しいですか?」


「そうですね。

 客船ヘルメスには、多くのお客様がいらっしゃいますので――」


 受付嬢は申し訳なさそうに頭を下げた。


「うう、じゃあ仕方ないか……」


「申し訳ありません」


 商人ギルドに加入しないと販売できないのは自分の勉強不足だ。


 肩を落としてカウンターを離れる。


「待ちいな、お姉さん。

 その人、僕の連れですわ。

 ほい、商人ギルド証明書」


 背後で割って入った人物は胸元から緑に輝く宝石が付いたネックレスを取り出して、受付嬢の目の前に突き出した。


「で、ですが先ほどの方は何も仰っておらず――」


「船酔いで少しぼうっとしただけやもんな。

 な、ムラカミちゃん!」


 ぐいっと肩を掴まれ、180度回転し、村上は目の前の男の顔をみた。


 細い糸のような目、エセ関西弁の怪しい喋り、頭部にぺったりと張り付いた狐の耳。


「ミナトさん――!?」


「今回も珍しい飯、もっとるんやろ。

 僕も食べたいわあ」


 助けてくれてありがたいのだが、口元を緩め、ニヤッと笑うその顔はどう見ても悪役代官のような狐男であった。

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