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第45話 世界初の冷たさと甘さで勝負をかける

「助かりました、ミナトさん」


 上甲板に並ぶ海が望める布張りの椅子に並んで座る。


 狐耳の男はいつも笑っているが、さらに目元を緩めた。


「ええねん、旅は道連れ世は情けっちゅうやろ。

 この高度経済成長期において、商人同士、縁を結んでいくのは大切だと僕は思うで」


「高度経済成長期なんですか?」


(随分、現代的な翻訳だろうけど、それほど景気が良いのか)


「せやな。みんな戦いの傷も癒え、街もだいぶ復興し、誰でも比較的安全に旅できる世界やからな」


 ミナトの説明では勇者と魔王が和解し、世界に平和が訪れた後の魔王軍残党との争いの歴史があったという。


「今は流通網も整い、まさに商人大繁盛時代っちゅーわけや!

 ええときに商人やっとりますな、せんせは!」


 バシバシと背中を叩いて、ミナトは軽快に笑った。


「商人を目指す人が多い時代なんだな。

 それならすぐに商人ギルド証明書を手に入れないと」


 村上の言葉にミナトは顔を曇らせた。


 その表情が難易度を語っているようで、けして簡単ではないようだ。


「商人ギルド証明書か……あれ、なかなかキッツイねん」


「試験が難しいんですか?」


「まずは登録費用がごっつぅ高い。

 次に筆記試験、身元確認、商材確認もろもろや。

 僕もアクセサリー商人として、ギルドに受かるまで5回落ちて、6年目に合格や」


「ろ、6年!?」


「ここ10年は商人やりたい奴多いから、前より厳しいなったそうやね。

 あの手この手で、怪しい商品を扱う輩も増えてきたから、厳しいなったらしいで」


(商人への道は、思ったより難関なんだな)


 心配そうな村上を見て、ミナトは励ますように話を付け加える。


「難易度が高い分、ええことも仰山ある。

 例えば今みたいに、僕が認めた商人ならその場限りは通用するとか……あとはアイツやな」


 後ろを振り向いたミナトを追うと、壁に寄りかかり目を瞑っている少年がいた。


 短髪赤髪で背は小さい。


 少し汚れたマントに身を包んでいる。


 少年ではあるが只者ならぬ空気をまとっており、護衛としての腕がうかがえた。


「商人の旅に護衛は必須や。

 冒険者ギルドと提携して、格安で一人雇えんねん」


「勉強になります。

 色々とありがとうございます、ミナトさん」


「そんなかしこまらんでもええで。

 僕、ムラカミちゃんと話すの好きやねん」


 小恥ずかしいのかミナトは頭をかく。


「僕、友達おらんし、せっかくできた友人やから、普通に話してほしいわ」


 村上自身も社会人になってから、友達と呼べる人間と出会うことはなかった。


 友達はせいぜい、高校時代までの地元の友人のみ。


 社会人になると、新しい友人はなかなか作れなかった。


「ありがとう、じゃそうさせてもらうよ」


 だからミナトの申し出は素直に嬉しかった。


 いつの時代も友と呼べる存在は一生ものである。


「僕らもこのまま本土行くから、なんかあったら、また言ってや」


「今度、一緒にご飯を食べよう。

 もちろんナミカゼ君も一緒に」


「ええな、男同士で盛り上がろうや」


 シシシと笑ってミナトは立ち上がる。


「あ、ムラカミちゃん。

 この船にあのホワイトラビット商会の、アリス――災厄の少女カラミティ=アリスが乗っとるらしいから気をつけてな」


「お、おう、ありがとう」


「良き友の道を、常に陽が照らさんことを――フォックス族のお祈りや」


 そういうと飄々とした足取りでミナトは行ってしまった。


 ナミカゼも話が終わったのを察知したのか、壁から体を離して歩き出す。


 頂点で輝く太陽がジリジリと甲板を焼く。


 上甲板に残された村上が辺りを見渡すと、ワンピース姿のご令嬢や肌を焼いている男性の姿もちらほら見える。


「災厄の少女カラミティ=アリスか、ロロさんの幼馴染と聞いたけど、どういう子なんだろう」


 まあすれ違うこともあるまい、とポケットから一枚の厚紙を取り出す。


「ミナトの好意で手に入れた露店許可証と――」


 ステータス画面を開いて、クラスチェンジしたことで選択できる新スキルを取得しようと指を添える。


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【店舗スキル】

・どこでも露店カウンター

・300,000G(購入)/10,000G(レンタル/1日毎)

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「た、高いが……独立したからには、未来は自身の選択で切り開く――!!」


 うおおおおと心の中では、精一杯叫びながら重たい指を押し付ける。


「どこでも露店カウンター、取得!」


 指がスキル画面に触れた瞬間、取得を示す光が灯る。


「そして露店カウンター召喚!」


 露店可能区域で召喚すると、その場に屋台が出現した。


 木製で作られたカウンターは、商品を効率的に並べられる木枠が規則正しく並んでいる。


 布の屋根付きで直射日光を防ぎ、スキル画面をワンタッチで無限リュックの中に帰っていく素晴らしい商品だ。


「若干高かったがな……」


 これは先行投資だと考えよう。


 ミナトも言っていたじゃないか、今は高度経済成長期と。


(といいつつ、売れなかったらどうしよう……)


 カジノで大きく儲けた分と、これまでの売上を失ったことで不安は尽きない。


(ええい、ままよ!

 俺は海上に合う最強の商材を選んできたじゃないか!)


 両頬を叩いて気合を入れる。


「ミルフィーユ、手伝いを頼む」


「仰せのままに」


 胸ポケットからふわっと飛びだして、何処からともなく『ムラカミ ショウテン』と書かれた暖簾のれんを屋台に掲げた。


 しかもいつの間に縫ったのか、色彩豊かな織物を取り出す。


 織物を敷くことで、質素な木目のカウンターが鮮やかで多色による目立つカウンターへと変貌した。


「ミルフィーユ、ありがとう!

 しかし、いつの間にこんなに?」


「マスター、古来より妖精は人目に付かず物作りを行う種族ですよ」


 頼りになる店員の力を借りて、次々と商品も並べていく。


 そう、今日の商材はこれらだ。


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【本日の軽食】

・アイス41種(フォーティーワン)

・レギュラーサイズ440G~

 ダブル570G~

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 本来の店名は"バ"から始まると聞いたが、軽食の女神は認知度が高いスキル名を選んだのだろう。


 全41種を透明ケースの中に並べる。


 なんとこの屋台、冷凍保存が可能なのだ。


(さすが女神さん、ユーザーの事を分かってるぜ)


 胸の中でお礼を言いつつ、腕まくりをする。


「さあ、本日のムラカミ ショウテンの目玉商品は、41種類もある豊富なアイスだ!

 味見も気軽に寄ってってくれ!」


 メイド服だったミルフィーユは、知らぬ間に帽子とピンクのワイシャツ、腰にエプロンを付け、本物のフォーティーワンの店員のような恰好をしている。


 上甲板でのんびりしていた旅人たちが、近寄ってくるのを見て、次々と味見用のスプーンを配っていく。


(なんて手際が良い妖精なんだ……!)


『甘くて、冷たいだと――!?』


『氷じゃない、だが何だこのなめらかで甘いものは!』


『こんなコクのある甘味食べたことがないぞ――!?』


 味見作戦は良好だったようで、アイスがない世界の住人たちは一斉に屋台に集まってきた。


『俺にこの黒いのくれ、シングルだ!』


『お母さん、わたし、この苺がいいな』


『この期間限定ってやつは何なんだ?!』


 予想以上に大繁盛で、既に手が回らない。


「列になってお待ちください、在庫は十分な量がありますので!」


 嬉しい限りの大繁盛にて、時間も忘れるほどアイスをすくう道具”スクープ”を振るう。


 腱鞘炎になるほどアイスを販売したころ、突然、海が割れるように――人込みが割れた。


「……か、かんみ」


 遭難してやっと水を見つけたような少女の声音が耳に届いた。


「甘いものを、ど、どうか……」


(周りの人が引いてみてるけど、何やら雰囲気のある少女だな)


 村上が顔をあげると、雪のように白く、緩いウェーブがかった髪を持つ少女が一人、息も絶え絶え歩いてくる。


 ロップイヤーウサギのように大きな耳が頭部から側面にかけて垂れ、彼女が左右に揺れるたびに同じように揺れていた。


 服装は純白のカジュアルドレスのようにも見えるが、品があり可愛さと華やかさを両立している。


 胸はずいぶん苦しそうだが、何とか収まっていて、この世界では初めて見る黒いタイツによる脚線美がスカート下から伸びていた。


「――ひとつくださ、い」


 腕を伸ばして、ムラカミショウテンの前で、倒れ伏すのであった。

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