上甲板の一角には影を作るための回転式のひさし「オーニング」が設置されている。
ちょうど在庫が消えたのでどこでも露店カウンターを無限リュックに収納し、青と白のストライプ柄のオーニングの下に布を敷いて少女を寝かせる。
「医務室が良いかな?」
「そうでございますね、それではわたくしが――」
ミルフィーユが飛び立とうとしたとき、少女は力なく体を起こして、首を振る。
「……承知しました。
ご事情があるようですね」
苦しそうなので背中を支えてあげながら、弱々しい声を聴くために耳を寄せる。
「……さ、さっきの、ア、アイスというもの、を――」
「分かった」
メニュー画面を呼び出して、41種類の中から一つのアイスをチョイスした。
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【本日のデザート】
・ストロベリーチーズケーキ(フォーティーワン)
・440G(レギュラーサイズ)
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「あ、ありがとう――」
肌が白い少女は目を閉じて、小さく口を開いた。
「……?」
唇は桜色で肌が白いからこそより目立った。
「マスター、おそらくこれは『あーん』でございます」
「あーん?」
ミルフィーユは銀のスプーンを村上の手に握らせる。
「さあ、一思いに」
「あ、ああ」
カップに入ったストロベリーチーズケーキを一口大にすくい、優しく口元へと運ぶ。
(なんだか、むずがゆい行動だ……)
物心ついてから、"あーん"という行為はやることも、やられることもなかった。
居心地の悪い村上をよそに、少女は小さな口でパクリとアイスを頬張った。
「……んぐ……んぐ……!?」
丁寧に口の中で甘味を楽しんでいたようだが、目を大きく開くほどの衝撃に長い耳を、一瞬だけどピンと立たせた。
「冷たくておいしい……も、もう一口」
「おう」
さらに一口、続けて一口、と運ぶたびに少女は色々な表情を見せる。
感動したような、嬉しいような、悩むような、涙するような。
「あいす、これが"あいす"……!
コクのある甘み、身体を冷やす冷たさ。
ストロベリーがアクセントになって、奇跡のような美味しさ!」
力を失っていた体に魂が入り込んだようで、彼女はしっかりと立ち上がった。
「甘味充電完了――☆」
きらっと星でも舞いそうなタップを踏んで、彼女は立ち上がる。
「ありがとう、おじさん。
食べたことも見たこともない商品を扱うなんて、よっぽど優秀な商人だね」
「はは、元気になったようで良かったよ」
「身体は甘味で出来てるからね。
はい、お代」
「お代は気にしないでくれ。
俺があげたかっただけだから」
さっきまで倒れていた年下の少女からお代を受け取るのは、さすがに自分のルールに反する。
村上の返答を聞いて、少女はふっと口元を緩める。
「本当にありがとう。
誰にも話しかけられなくて困ってたんだ」
「そうなのか?」
「うん、みんな
少女は悲しそうに視線を落とす。
「何かあったのか?」
何処をどう見ても危険人物には見えないのだが。
「おじさんは私を避けないんだ」
「そりゃ、別に理由もないしな」
「じゃあ避けられるほどの理由が、もしあるとしたら?」
例えば、と彼女は一拍置く。
「――
「それは、凄いな……ん、本当なのか?」
こくり、と頷く。
「まぁ……大変だったな?」
しかし村上のあまりの間の抜けた反応に、少女の方が口を開けてしまった。
「し、信じてないの?」
「嘘じゃないんだろうけど、何かがしっくりこないんだよな。
君は多分、噂の――いや言うまい。
君自身もその呼ばれ方は、多分、苦手そうだから」
少女の瞳がひときわ大きく開いたかと思うと、目を潤ませる。
「もし本当に都市を破壊したとしても、それには致し方ない理由があったように思うよ。
だって君は、アイスの後にお代も払おうとしたし、お礼も大切にする人だろう?」
「おじさん……」
「だから俺には、周りが恐れているような、言葉通りには――受け取れないかな」
この真白な服装と髪を持つ少女は、
だが乗船する前にバウティスタさんから聞いた雰囲気と、ミナトから注意を受けたニュアンスからは、想像もできないほど弱々しい女の子だと思う。
「だから、その、なんだ。
助けを求める相手が見つからなかったら、手を貸すよ。
これでも無駄に長くは生きてんだ」
初めて会ったばかりの少女に何を言っているのかと思い、村上が鼻をかくと、アリスは張り詰めた糸が切れたように、一気に涙をこぼした。
「あ、ありがとおおおお――!」
「お、おい」
抱きついて泣きじゃくるアリスを抱き返すこともできず、村上の空いた手は宙を舞う。
「ミ、ミルフィーユ。
援軍を要請する……!」
「承知しました、すぐにお呼びします」
すぐに空へと飛び出したが、一度羽を止めて主へと振り向く。
「マスター、可能であれば、抱きとめてあげるのも男子の役割でございます」
い、いや、無理、言うなよ! ――と心の中で叫ぶが、既に妖精は支援を求めて中央フロアへと飛び立った後だった。