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第46話 災厄が持つ心を氷菓子は溶かす。

 上甲板の一角には影を作るための回転式のひさし「オーニング」が設置されている。


 ちょうど在庫が消えたのでどこでも露店カウンターを無限リュックに収納し、青と白のストライプ柄のオーニングの下に布を敷いて少女を寝かせる。


「医務室が良いかな?」


「そうでございますね、それではわたくしが――」


 ミルフィーユが飛び立とうとしたとき、少女は力なく体を起こして、首を振る。


「……承知しました。

 ご事情があるようですね」


 苦しそうなので背中を支えてあげながら、弱々しい声を聴くために耳を寄せる。


「……さ、さっきの、ア、アイスというもの、を――」


「分かった」


 メニュー画面を呼び出して、41種類の中から一つのアイスをチョイスした。


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【本日のデザート】

・ストロベリーチーズケーキ(フォーティーワン)

・440G(レギュラーサイズ)

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「あ、ありがとう――」


 肌が白い少女は目を閉じて、小さく口を開いた。


「……?」


 唇は桜色で肌が白いからこそより目立った。


「マスター、おそらくこれは『あーん』でございます」


「あーん?」


 ミルフィーユは銀のスプーンを村上の手に握らせる。


「さあ、一思いに」


「あ、ああ」


 カップに入ったストロベリーチーズケーキを一口大にすくい、優しく口元へと運ぶ。


(なんだか、むずがゆい行動だ……)


 物心ついてから、"あーん"という行為はやることも、やられることもなかった。


 居心地の悪い村上をよそに、少女は小さな口でパクリとアイスを頬張った。


「……んぐ……んぐ……!?」


 丁寧に口の中で甘味を楽しんでいたようだが、目を大きく開くほどの衝撃に長い耳を、一瞬だけどピンと立たせた。


「冷たくておいしい……も、もう一口」


「おう」


 さらに一口、続けて一口、と運ぶたびに少女は色々な表情を見せる。


 感動したような、嬉しいような、悩むような、涙するような。


「あいす、これが"あいす"……!

 コクのある甘み、身体を冷やす冷たさ。

 ストロベリーがアクセントになって、奇跡のような美味しさ!」


 力を失っていた体に魂が入り込んだようで、彼女はしっかりと立ち上がった。


「甘味充電完了――☆」


 きらっと星でも舞いそうなタップを踏んで、彼女は立ち上がる。


「ありがとう、おじさん。

 食べたことも見たこともない商品を扱うなんて、よっぽど優秀な商人だね」


「はは、元気になったようで良かったよ」


「身体は甘味で出来てるからね。

 はい、お代」


「お代は気にしないでくれ。

 俺があげたかっただけだから」


 さっきまで倒れていた年下の少女からお代を受け取るのは、さすがに自分のルールに反する。


 村上の返答を聞いて、少女はふっと口元を緩める。


「本当にありがとう。

 誰にも話しかけられなくて困ってたんだ」


「そうなのか?」


「うん、みんな


 少女は悲しそうに視線を落とす。


「何かあったのか?」


 何処をどう見ても危険人物には見えないのだが。


「おじさんは私を避けないんだ」


「そりゃ、別に理由もないしな」


「じゃあ避けられるほどの理由が、もしあるとしたら?」


 例えば、と彼女は一拍置く。



「――



「それは、凄いな……ん、本当なのか?」


 こくり、と頷く。


「まぁ……大変だったな?」


 しかし村上のあまりの間の抜けた反応に、少女の方が口を開けてしまった。


「し、信じてないの?」


「嘘じゃないんだろうけど、何かがしっくりこないんだよな。

 君は多分、噂の――いや言うまい。

 君自身もその呼ばれ方は、多分、苦手そうだから」


 少女の瞳がひときわ大きく開いたかと思うと、目を潤ませる。


「もし本当に都市を破壊したとしても、それには致し方ない理由があったように思うよ。

 だって君は、アイスの後にお代も払おうとしたし、お礼も大切にする人だろう?」


「おじさん……」


「だから俺には、周りが恐れているような、言葉通りには――受け取れないかな」


 この真白な服装と髪を持つ少女は、災厄の少女カラミティ=アリス本人に違いない。


 だが乗船する前にバウティスタさんから聞いた雰囲気と、ミナトから注意を受けたニュアンスからは、想像もできないほど弱々しい女の子だと思う。


「だから、その、なんだ。

 助けを求める相手が見つからなかったら、手を貸すよ。

 これでも無駄に長くは生きてんだ」


 初めて会ったばかりの少女に何を言っているのかと思い、村上が鼻をかくと、アリスは張り詰めた糸が切れたように、一気に涙をこぼした。


「あ、ありがとおおおお――!」


「お、おい」


 抱きついて泣きじゃくるアリスを抱き返すこともできず、村上の空いた手は宙を舞う。


「ミ、ミルフィーユ。

 援軍を要請する……!」


「承知しました、すぐにお呼びします」


 すぐに空へと飛び出したが、一度羽を止めて主へと振り向く。


「マスター、可能であれば、抱きとめてあげるのも男子の役割でございます」


 い、いや、無理、言うなよ! ――と心の中で叫ぶが、既に妖精は支援を求めて中央フロアへと飛び立った後だった。

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