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第47話 噂と戦うには。

 中央フロアには旅人同士でコミュニケーションを深める社交室が備え付けられている。


 社交室は広めの部屋に机と椅子が並べられている作りで、奥では何名かの商人が顔を突き合わせているので、商談でもしているのだろう。


 ミルフィーユがロロとリリーベルを呼んできてから、村上とアリスも社交室の一角へと移動した。


「……」


 しかし今は重苦しい雰囲気に落ちている。


 ロロは腕を組んで押し黙ったまま、アリスを見つめているからだ。


(少し怒っているような、珍しいな)


 対するアリスは下を向いてうつむき、まるで悪戯で怒られている子供のようだった。


「ミルフィーユさんから伺いました。

 どこかお怪我はありませんか?」


 沈黙を破ったのはリリーベルである。


 重苦しさは感じていないようで、優しい看護師さんのように尋ねた。


「え、えっとここ……」


 アリスが左手の甲を指さすと、枝で擦ったような小さな傷があった。


(噂に聞いた商会の長女にしては、やっぱり弱々しい気がする)


「こちらですね」


 リリーベルは少女の手を両手で優しく包み、"癒しを"と唱えると、わずかに光が放たれた。


「あ、ありがとう!」


「痛いところがあったら、いつでも仰ってください」


 天使のように微笑み、リリーベルはそっと手を離した。


 アリスはロロと同じくらいの年頃に見えるはずなのに、どこか幼く感じられるのは、きっとその弱々しさのせいだろう。


 傷が治ったばかりの掌を嬉しそうに眺めているアリスを見て、小さな息を吐いたロロは腕組みを解く。


「――アリス」


「……うっ」


 アリスがビクッと身を震わす。


「心配したのよ」


 お嬢様の気迫をまとったロロは、猫のように鋭い目つきをアリスに向けている。


「ホワイトラビット商会の仕事で、遺跡となった街に行ったと聞いていたわ。

 その後に、街一つが丸々消失したとも」


「……そ、それは」


 何かを言いかけてアリスは口を噤む。


「古代遺跡で起きた"爆発"は誰も巻き込まれていないと聞いて安心してたけど、それからアリスから返事がなかったから、ずっと気が気じゃなかった」


 ロロは感情を抑えるように息を整える。


「世間では災厄の少女カラミティ=アリスなんて通り名で呼ばれてるし――無事だったらどうして連絡してくれなかったの?」


「ロロ……」


 アリスは口を開こうとするが、服を掴んでうつむいてしまう。


「したくても……するわけにはいかなかったの」


 ぐっとスカートの裾が強く握られる。


「他の人みたいな目で見られたらどうしようって――そればかりが怖くて――う、うう」


 アイスを販売していた時、災厄の少女カラミティ=アリスを見た旅人たちは、皆、関らないように目線を合わせず、冷たい視線を向けていた。


 それを幼馴染の友人から向けられると足がすくんでしまうのも、仕方ないのかもしれない。


「ロロはホワイトラビット商会の好意にしてる取引先のヴィーゼ領の子だもん――悪い印象を与えたくないし、それに」


 涙を堪えて、アリスは息を詰める。


「……大切な友達だから」


「だと思った、にゃ」


 ロロの目元が幾分和らぐ。


「アリスは、昔から考えすぎにゃんだから」


 強く裾を握る手に、ロロは手を重ねた。


「どんなヘマをしたか分からないけど、アリスはそんな子じゃないのは分かってるにゃ。

 だからこそ、話してほしかったの」


「うう~、ロロォ……う、うああ!」


 目元を赤くしながら、アリスはロロへと抱き着いた。


 ロロは背中を優しくさすりながら、彼女のをなだめる。


「それで、何があったにゃ?」


「ま、魔王が残したっていう……戦闘用の自動ゴーレムが沢山いて、それが勝手に起動して……」


「ゴーレムなんているのか」


 物語やゲームに出てくるモンスターの一種だ。


 大体の場合、土とか岩で身体を形作っていたはずだ。


 村上の疑問にリリーベルが、相槌を打つ。


「私も文献以外では初めて聞きました。

 ですが創造主がいないと魔法構造を秘匿するために、いつか爆発するはずじゃ……」


「それが原因みたいなの」


 話を聞いていたのかアリスがリリーベルへと頷く。


「ホワイトラビット商会ではゴーレムを初めて見つけたの。

 だから冒険者を雇って、様子見として私が付いて行ったら……」


「爆発したってことか」


「うん……あの時は、遺跡の前で踏み込む直前だったの。

 その時、丁度爆発して……街は崩落しちゃったんだ」


「だったら、アリスがやった訳じゃにゃくない?」


 アリスはうっ、と息を飲む。


「そうかも、しれない。

 雇った冒険者ギルドの人たちが、尾びれ背びれを付けて話した結果、今の通り名まで噂が大きくなったみたいなの」


 けれど、とアリスは続ける。


「雇った冒険者たちも驚いてたから、大げさに話したのは仕方ないと思うの」


「アリスは優しすぎるにゃ!

 そんなの、バーンと大舞台で証言して、晴らしちゃえばいいんだにゃ!」


「ロロ、ええとね、こんなに噂が大きくなってから、私が"ちがうよ"って名乗り出ちゃったら……。

 その時に雇った人たちは嘘を付いちゃったことになるし――」


 熱くなりそうなロロを横目に、村上はアリスへ向き直る。


「アリスさんは、自分と同じ目に合わせたくないんだな」


 こくりとアリスは頷いた。


「どういう意味だにゃ?」


「今のアリスさんは大きくなり過ぎた噂により、不名誉な通り名で呼ばれてる。

 その気持ちを、誰にも感じて欲しくないってことさ。

 たとえ噂を広めた本人たちにもな」


 噂というのは怖いものだ。


 たとえ小さな声だったとしても広がり方によっては、一生残る傷になる。


 それが嘘か本当かは別にして、だ。


「本当にアリスさんは優しい子だ」


 確かにロロが言う通り、アリスは考えすぎな少女でもある。


 周りの失敗すら、自分が背負い込み過ぎてしまう程に。


「じゃ、じゃあ、これからアリスは、ずっと周りからそう思われて生きなきゃいけないにゃ?」


「……私は大丈夫だから。

 こんな想い誰にも感じて欲しくない」


 赤くなった瞳を拭って、アリスは力強くロロへと見つめ返した。


 視線の強さは意思の表れでもあり、すでに覚悟は決めているようだ。


 こんなにも弱々しく、友達にも相談できず、一人で誤解を背負おうとしている。


 村上にはそれがとても危うげに見えた。


(それはある意味、自暴自棄にも見える)


 村上が働いていた時もそうだ。


 自分が失敗していないのに、自分のせいにされ、ならどう思われても自分が全て背負ってしまえばいい――そこまで追い詰められた気持ちは理解できる。


(まあ、俺はこの少女のように"誰かを守りたいから"の部分は不足してたけど)


 ロロの言うように周りに話してしまえば、解決できるかもしれないけど、彼女はそれをしなかった。


 万が一、上手くいかなかったら、誰かが傷つくのを見ていられないのだろう。


「ムラカミさん、何か私たちに出来ることはないでしょうか……」


 リリーベルが考え込むように口元に手を添えるが、すぐに思いつく案は出ないようだった。


「そうだなぁ……悪く定着してしまった噂か」


 経験上、これを解決するには環境を変えるのが一番だとは思う。


 学校でいうなら、転校したり、学校以外で活躍する場所を見つけたり――。


「あ、あれなら試す価値はあるか……?」


「なんだにゃ!?」


「ムラカミさん、何か思いつきましたか?」


 二人が村上へと詰め寄り、村上はうっと身体を引いた。


 アリスも強い信念を持っているのだろうが、無言でこちらを心配そうに見ている。


「噂には噂で対抗すればいい」


 三人の頭に、はてなマークが浮かぶ。


「良い噂で上書きすれば良いってことさ」

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