中央フロアには旅人同士でコミュニケーションを深める社交室が備え付けられている。
社交室は広めの部屋に机と椅子が並べられている作りで、奥では何名かの商人が顔を突き合わせているので、商談でもしているのだろう。
ミルフィーユがロロとリリーベルを呼んできてから、村上とアリスも社交室の一角へと移動した。
「……」
しかし今は重苦しい雰囲気に落ちている。
ロロは腕を組んで押し黙ったまま、アリスを見つめているからだ。
(少し怒っているような、珍しいな)
対するアリスは下を向いてうつむき、まるで悪戯で怒られている子供のようだった。
「ミルフィーユさんから伺いました。
どこかお怪我はありませんか?」
沈黙を破ったのはリリーベルである。
重苦しさは感じていないようで、優しい看護師さんのように尋ねた。
「え、えっとここ……」
アリスが左手の甲を指さすと、枝で擦ったような小さな傷があった。
(噂に聞いた商会の長女にしては、やっぱり弱々しい気がする)
「こちらですね」
リリーベルは少女の手を両手で優しく包み、"癒しを"と唱えると、わずかに光が放たれた。
「あ、ありがとう!」
「痛いところがあったら、いつでも仰ってください」
天使のように微笑み、リリーベルはそっと手を離した。
アリスはロロと同じくらいの年頃に見えるはずなのに、どこか幼く感じられるのは、きっとその弱々しさのせいだろう。
傷が治ったばかりの掌を嬉しそうに眺めているアリスを見て、小さな息を吐いたロロは腕組みを解く。
「――アリス」
「……うっ」
アリスがビクッと身を震わす。
「心配したのよ」
お嬢様の気迫をまとったロロは、猫のように鋭い目つきをアリスに向けている。
「ホワイトラビット商会の仕事で、遺跡となった街に行ったと聞いていたわ。
その後に、街一つが丸々消失したとも」
「……そ、それは」
何かを言いかけてアリスは口を噤む。
「古代遺跡で起きた"爆発"は誰も巻き込まれていないと聞いて安心してたけど、それからアリスから返事がなかったから、ずっと気が気じゃなかった」
ロロは感情を抑えるように息を整える。
「世間では
「ロロ……」
アリスは口を開こうとするが、服を掴んでうつむいてしまう。
「したくても……するわけにはいかなかったの」
ぐっとスカートの裾が強く握られる。
「他の人みたいな目で見られたらどうしようって――そればかりが怖くて――う、うう」
アイスを販売していた時、災厄の
それを幼馴染の友人から向けられると足がすくんでしまうのも、仕方ないのかもしれない。
「ロロはホワイトラビット商会の好意にしてる取引先のヴィーゼ領の子だもん――悪い印象を与えたくないし、それに」
涙を堪えて、アリスは息を詰める。
「……大切な友達だから」
「だと思った、にゃ」
ロロの目元が幾分和らぐ。
「アリスは、昔から考えすぎにゃんだから」
強く裾を握る手に、ロロは手を重ねた。
「どんなヘマをしたか分からないけど、アリスはそんな子じゃないのは分かってるにゃ。
だからこそ、話してほしかったの」
「うう~、ロロォ……う、うああ!」
目元を赤くしながら、アリスはロロへと抱き着いた。
ロロは背中を優しくさすりながら、彼女のをなだめる。
「それで、何があったにゃ?」
「ま、魔王が残したっていう……戦闘用の自動ゴーレムが沢山いて、それが勝手に起動して……」
「ゴーレムなんているのか」
物語やゲームに出てくるモンスターの一種だ。
大体の場合、土とか岩で身体を形作っていたはずだ。
村上の疑問にリリーベルが、相槌を打つ。
「私も文献以外では初めて聞きました。
ですが創造主がいないと魔法構造を秘匿するために、いつか爆発するはずじゃ……」
「それが原因みたいなの」
話を聞いていたのかアリスがリリーベルへと頷く。
「ホワイトラビット商会ではゴーレムを初めて見つけたの。
だから冒険者を雇って、様子見として私が付いて行ったら……」
「爆発したってことか」
「うん……あの時は、遺跡の前で踏み込む直前だったの。
その時、丁度爆発して……街は崩落しちゃったんだ」
「だったら、アリスがやった訳じゃにゃくない?」
アリスはうっ、と息を飲む。
「そうかも、しれない。
雇った冒険者ギルドの人たちが、尾びれ背びれを付けて話した結果、今の通り名まで噂が大きくなったみたいなの」
けれど、とアリスは続ける。
「雇った冒険者たちも驚いてたから、大げさに話したのは仕方ないと思うの」
「アリスは優しすぎるにゃ!
そんなの、バーンと大舞台で証言して、晴らしちゃえばいいんだにゃ!」
「ロロ、ええとね、こんなに噂が大きくなってから、私が"ちがうよ"って名乗り出ちゃったら……。
その時に雇った人たちは嘘を付いちゃったことになるし――」
熱くなりそうなロロを横目に、村上はアリスへ向き直る。
「アリスさんは、自分と同じ目に合わせたくないんだな」
こくりとアリスは頷いた。
「どういう意味だにゃ?」
「今のアリスさんは大きくなり過ぎた噂により、不名誉な通り名で呼ばれてる。
その気持ちを、誰にも感じて欲しくないってことさ。
たとえ噂を広めた本人たちにもな」
噂というのは怖いものだ。
たとえ小さな声だったとしても広がり方によっては、一生残る傷になる。
それが嘘か本当かは別にして、だ。
「本当にアリスさんは優しい子だ」
確かにロロが言う通り、アリスは考えすぎな少女でもある。
周りの失敗すら、自分が背負い込み過ぎてしまう程に。
「じゃ、じゃあ、これからアリスは、ずっと周りからそう思われて生きなきゃいけないにゃ?」
「……私は大丈夫だから。
こんな想い誰にも感じて欲しくない」
赤くなった瞳を拭って、アリスは力強くロロへと見つめ返した。
視線の強さは意思の表れでもあり、すでに覚悟は決めているようだ。
こんなにも弱々しく、友達にも相談できず、一人で誤解を背負おうとしている。
村上にはそれがとても危うげに見えた。
(それはある意味、自暴自棄にも見える)
村上が働いていた時もそうだ。
自分が失敗していないのに、自分のせいにされ、ならどう思われても自分が全て背負ってしまえばいい――そこまで追い詰められた気持ちは理解できる。
(まあ、俺はこの少女のように"誰かを守りたいから"の部分は不足してたけど)
ロロの言うように周りに話してしまえば、解決できるかもしれないけど、彼女はそれをしなかった。
万が一、上手くいかなかったら、誰かが傷つくのを見ていられないのだろう。
「ムラカミさん、何か私たちに出来ることはないでしょうか……」
リリーベルが考え込むように口元に手を添えるが、すぐに思いつく案は出ないようだった。
「そうだなぁ……悪く定着してしまった噂か」
経験上、これを解決するには環境を変えるのが一番だとは思う。
学校でいうなら、転校したり、学校以外で活躍する場所を見つけたり――。
「あ、あれなら試す価値はあるか……?」
「なんだにゃ!?」
「ムラカミさん、何か思いつきましたか?」
二人が村上へと詰め寄り、村上はうっと身体を引いた。
アリスも強い信念を持っているのだろうが、無言でこちらを心配そうに見ている。
「噂には噂で対抗すればいい」
三人の頭に、はてなマークが浮かぶ。
「良い噂で上書きすれば良いってことさ」