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第49話 災厄のラ餃チャセット

 上甲板の中央には丸テーブルがいくつも並べられ、いくつかの食品系露店が軒を連ねていた。


 その中でもとりわけ人だかりの多い露店は、人混みのせいで看板すら見えなかった。


(敵襲ではない……のか?)


 ナミカゼの目の前で立ち上がろうとしている少女は、彼が生まれ育った雪の村のように白い髪を持っていた。


 頭にはバニィ族特有の長い耳を左右に垂らしている。


 服装は青を基調としたワンピース。


 さらにフリルが付いた白いエプロンを着用し、店員のように見受けられた。


 ナミカゼは拍子抜けしつつも戦闘への執念が消えず、バニィ族の少女に確認した。


「この喧騒はモンスターの襲撃ですか?」


 バニィ族の少女は人見知りのようで、身を引いてから、たどたどしく話し出した。


「う、ううん。

 繁盛、した、から」


(繁盛だと?)


 ナミカゼはミナトがよくぼやく言葉を思い出す。


『今日は、繁盛しすぎや。

 戦場そのものやで』


「つまりここは戦場――だと」


「戦場?

 うーん、そうかも?」


(――俺の目はごまかせない。

 一見、昼時の露店販売だが、命のやり取りが発生しているようだ)


 ただの昼の混雑でないことにナミカゼはホッとして、マントの中で剣を握る。


 抜刀の準備は整った。


「それで、エモノは誰ですか。

 ドラゴン、シーサーペント――いえ、それなら、ここからでも見えますね」


 船に巨大なモンスターが迷い込んできたら、船の警備も出撃しているだろう。


「ならば災厄の少女カラミティ=アリスが、ここで力を振るっているのか――?」


 災厄の少女カラミティ=アリスの名を聞いて、バニィ族の少女は身を竦ませた。


 この反応は間違いない。


 命からがら逃げだしてきたのだろう。


「早く逃げた方がいい、災厄の少女カラミティ=アリスならば、この人数をなんて訳ないはずです」


……?」


 少女は考え込んで、「上手く接客が出来てるってこと?」と、呟いたが、災厄の少女カラミティ=アリスの気配を探ろうとしているナミカゼには届いていなかった。


「じゃあ、君も捌いてあげるね。

 こっち、こっち」


(な、僕を裁く――!?)


 もしや災厄の少女カラミティ=アリスは、魅了して人物を支配下に置く禁断魔法を会得しているのか。


 はたまたバニィ族の少女は脅されていて逃げられないのか――。


「許せない――僕が必ず、この状況を攻略します」


「攻略……うん、種類多いけど頑張ってね?」


 あの災厄の少女カラミティ=アリスが支配している戦場にいるのに、バニィ族の少女はぽやっとした様子で、ナミカゼの言葉の意味を半分も理解していないようだった。


「しょ、少年様、ひとり、ご、ごあんなーい!」


(この給仕きゅうじ、動きが硬い。

 明らかに不慣れ――怯えている、脅されているのは明白か)


 料理が乗ったトレイを持ったまま、ナミカゼを丸テーブルへと案内した。


「こ、ここで待っててね。

 これを捌いてくるから。

 そ、その間にメニュー、どうぞ」


 バニィ族の少女はポケットからメニューを取り出して、緊張した面持ちで席を離れていった。


 きっと酷使されているのだろう。


 少女の顔色は青白く、疲労の色が濃く浮かんでいた。


「しかしメニューとはいったい――」


 手渡された紙に目を落とすと、そこには聞いたこともない名前が上から順に並んでいる。


(なんだこれは、技名――なのか?)


 はんばーがー、てりやきばーがー。


 他にも、ぎゅうどん、らーめん、おりじなるちきんと書かれている。


 デザート欄すら存在する。


 この技で貴様を調理する――必ず命を刈り取る、とでも言いたげだ。


「き、きまった?」


「うぉっ!」


 背後から話しかけられ、ナミカゼはメニュー表でお手玉をする。


「ここは一体、なんなんだ……!?」


「ここ?

 ムラカミ ショウテ――あっううん。

 ええっと、災厄の少女カラミティ=アリスのドキドキ☆キッチンだよ」


「なっ……ドキドキ☆キッチン――だと!?」


 人生で生まれて初めて使用した単語に気恥ずかしさを感じつつも、つい繰り返してしまう。


(戸惑うな俺。

 ドキドキという間の抜けた単語よりも、重要なところがあるじゃないか)


災厄の少女カラミティ=アリスの、とはどういうことだ」


 あまりの衝撃に、つい本来の口調が漏れ出てしまう。


 鋭い目つきで見つめると、少女は怯えてトレイを胸に抱いた。


「――っ!」


 だが、ただの店員である少女は唇を強く噛んで、勇気を振り絞るように目線を合わせる。


「ホワイトラビット商会の災厄の少女カラミティ=アリスが、世界の珍しい料理を振舞うお店」


「なんだと、そんな危険な物を口にできると――」


 言葉を続けようとしたとき、ナミカゼの腹が大きく鳴る。


 近くで家族が食べている、黄色い麺が茶色のスープに入った食品の香りが、ナミカゼの鼻孔を刺激したのだ。


「ふん、なら試してやろうじゃないか

 本来なら武と武を競う予定だったが、この味勝負に乗ってやる――!」


 何が勝敗を決めるのか、ナミカゼ自身も理解していないが、これは災厄の少女カラミティ=アリスが仕掛けた勝負に変わりはない。


(俺の口に合わなければ、俺の勝利――ただそれだけのシンプルな勝負だ)


「じゃ、じゃあ、メニューから、選んで欲しいの」


「あの家族が食べてるやつと同じものを頼む」


「中華そば、だね。

 セットにする?」


「セット……だと?」


「餃子と半チャーハン」


 全く聞いたことがない料理だが、勝負を挑まれた相手の提案を断る気はさらさらないので、ナミカゼは大きくうなずき、


「中華そばセットを頼む!」


 と、技を放つように宣言した。


「ラ、ギョ、チャセット、一つー!」


 対抗するようにバニィ族の店員も大声で叫ぶと、何処からともなく中年の「あいよー」の声が返ってきた。


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【本日の昼食】

・ラ餃チャセット(ツキダカヤ)

・690G

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「あ、あの、一つ聞きたいんだけど」


「なんだ」


「あなた、冒険者ギルドの人?」


「ああ、俺はヴィーゼ領冒険者ギルド所属。

 階級はスリーカラー」


「スリーカラーか……」


「なんだ不服なのか?

 これでも本土では名声はある方だ」


 冒険者ギルドの階級は色の数で決まる。


 トップはセブンカラー、駆け出しはワンカラーなので、スリーカラーは中堅どころの傭兵だ。


「ううん、それなら噂は広がるなって」


「噂?

 はっ、旨ければ立ち寄った冒険者ギルドで、いくらでもお勧めしてやるさ。

 災厄の少女カラミティ=アリスが、上手い飯屋をやってるってな」


「ほ、ほんと!?」


 ずいっと顔を近づけられ、ナミカゼは押されて身を引いてしまう。


「う、ま、まぁな。

 旨ければの話だ、ありえないがな。

 あの災厄と呼ばれる人間が食事を提供するなど――って人の話を聞けええ!」


 バニィ族の少女は嬉しそうな足取りで、ナミカゼが話し終わる前にその場を去って行ってしまった。


「なんなんだアイツは……」


(まあ、どういう形であれ、災厄の少女カラミティ=アリスと手合わせできる。想像とは大きくかけ離れているが、いざ、尋常に――勝負だ)


 ナミカゼは自分に流れる戦士の血を高めながら、静かに目を瞑って、食事が運ばれてくるのを明鏡止水の気持ちで待った。


 たとえ周囲から腹が空く香りが漂って来ようとも、惑わされるように。

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