ムラカミショウテンの露店の裏は、キッチンがないので簡素な作りだ。
しかも軽食の女神が試験的に作り出した、チートスキル「ファストフード」は容器をはじめとした食器も付属している。
なお使用したゴミや容器は無限リュックに収納すると回収できる。
(無限リュックのアイテム欄に表示される『汚れた食器』が、定期的に消えてるから、女神さんのところに戻ってるのだろうか……)
神が作る仕様は分からないが、お手軽だからこそ人間から見ればチートスキルなんだろう。
提供しやすい料理は押し寄せる人波が大量でも、店員さえいればすぐに料理を提供できた。
「こっちはハンバーガーのセット、そっちは牛丼並盛ね」
「いってきます、ムラカミさん。
良い思い付きのようで良かったです」
ムラカミショウテン改め、海上のみ
「アリスさんもなんだか楽しそうです」
リリーベルは普段、背中に流している金髪をポニーテールにして、食事を運んでいく。
普段の清楚な治癒師姿もあってか、優しげな雰囲気が接客でも好評のようだ。
(しかし、ミルフィーユは何故、この短時間で制服を3着も用意できるんだ……)
ミルフィーユの裁縫スキルもチート級ではなかろうか。
ただの裁縫ではなく、魔法めいた何かが存在しているのかもしれない。
「ふうい、お水、欲しいにゃあ」
「お疲れ様です、ロロウェルミナ様。
こちらをどうぞ」
エプロンドレス姿のまま、ヘロヘロになって戻ってきたロロに、同じ型でミニサイズの制服を着たミルフィーユがコップを手渡した。
「コクコク……ふはあ、ありがとう、ミルフィー!
師匠、良い感じに噂が広がってきたみたいにゃよ」
「狙い通りだな。
まだまだいろんな種類の料理を召喚するから、印象付けていこう!」
「あいあいにゃー!」
ロロは兵士のように額に手を当てつつ背を伸ばしてから、次の料理を手に、お客様の元へ駆け出した。
(災厄として畏怖と恐怖の印象しか持たれていないから、初動は動きが悪かったけど、珍しい料理は一人が食べてしまえば、いずれそれすらも広がっていく)
人々の好奇心は抑えられない。
それが『世界的に有名なホワイトラビット商会のトレジャーハンターであり、
「マスター、何名かの冒険者ギルドの方々も、興味を持ちだしたようです。
船内を調査した結果、旅客は元より、船長をはじめ、船員も露店に強い興味を持っています」
ミルフィーユは妖精としての機動力を生かして、既に船内の調査を終えて来たらしい。
「元々、『知らないモノが怖い』気持ちだけが、世界へ伝染しただけさ。
今日だけのアクションでアリスさんの印象を逆転することは難しいかもしれないが、きっと珍しい料理を振舞った噂は、徐々に過去を塗り替えて行くよ」
「ええ、私もマスターの考えを信じています」
SNSもネットもない世界だからこそ、人が面と向かって噂した情報は、ある程度の信頼性を持って伝わっていく。
(それに売上も上々で、ありがたいことだ)
Gを消費して軽食を召喚しているが、同時に差額の売上は無限リュックへと振り込まれていく。
女神の過去の手紙の一文を村上は思い返した。
チートスキル開発部門勤務の軽食の女神は、異世界では直接、商品販売できないルールらしい。
会社員として月給はあるが、ファストフードの売上によって、女神は会社から歩合があるのだという。
(最終的にチートスキルのバランス調整などを経て、チート完成でボーナスって書いてたけど……軽食ってよりはサラリーマン女神って感じだな)
プライベートを洗いざらい内容に記載するので、女神の情報は何となく筒抜けだった。
(テスト中だから
その為のチートテスターなのだから、そろそろ報告書をまとめて送る時期かな――と思い出しながら、流れで軽食を召喚していると、軽い足取りでアリスがカウンターへと戻ってきた。
「ラ、ギョ、チャセットは、出来てるかな?」
「はい、こちらどうぞ」
今にも鼻歌を歌い出しそうなアリスを見て、村上はどこか安心を覚えた。
「どうだい、初めてのお仕事は」
「うん、とっても楽しい。
それに……お客さんの気持ちがよく分かる」
「接客業は直接、やりとりするもんな」
「こうやって世界って回ってたんだね。
誰かが働いてくれてたから、誰かがまた暮らせてたんだ」
「……やっぱり君は優しい子だ、アリスさん。
大丈夫、作戦は順調に進行中だよ」
「へへ、そうかな。
あ、さっきも冒険者ギルドに所属する少年が、美味しければ噂を広めてくれるって言ってた」
「だからご機嫌なのか」
「うん!」
「じゃ冷める前に持っていかないとな」
「ありがとう、いってくるね。
これで必ず、旨いって言わせるんだから」
アリスは無邪気な子供のような笑みを浮かべて、中華料理が乗ったトレイを運んでいく。
(この船で災厄の少女が笑って接客した――彼女が正体を明かしたとき、世界の偏見を変える第一歩になる)
正体を現すタイミングも見計らいながら、順調に計画を遂行したいところである。
それから少ししてからの事、少年の感激と悔しさが混ざり合った雄たけびが響いたのは、すぐだった。
「今の声、まさかナミカゼ君?
いや、偶然かな」
ミナトさんのところのナミカゼは、もっとクールで冷静沈着な少年に見えた。
少年というよりは歴戦の傭兵のようだ。
彼が大声を出す姿は全く想像できない。
「貴族と商人、旅人が多く乗ってる船だ。
噂は世界各地で広がっていくだろうけど、情報伝達を強化するために、あと一押しが欲しいところだな……」
村上が顎に手を当てて考えていると、ぬっと大きな影がカウンターに落ちる。
「いらっしゃいませ!」
(お……あと一押しが、訪れたかもしれない)
「災厄が見つけた料理が評判なようだな。
ワシにも一つ貰えるかね」
重々しい声に、空気が一瞬だけピリリと張り詰めた。
革のジャケットのような上着を羽織り、黒いもじゃもじゃの髭を蓄えた眼帯の男。
魔物に襲われようが、嵐に見舞われようが、無事に旅人を目的地へと送り届ける海上の強者――それが、このヘルメスの船長らしい。