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第52話 口上と焼き菓子は、最凶の牙を起こす

 空を見上げると雲行きが怪しくなってきた。


 お客さんたちも、各々客室に戻ったようだ。


 客足が消えたので、他の露店と同じように災厄の少女カラミティ=アリスのドキドキ☆キッチンも、これで店仕舞いとなる。


(無限リュックに露店を収納するだけで終わりなんだけど)


 メニュー画面をタップして、露店を収納したついでに、余った時間で上甲板に出ている机と椅子を船員たちと共に片付ける。


 リリーベルとロロ、アリスも普段着に戻って、片付けに追われていた。


 あらかた片付いたころ、天候はさらに荒れ、ぽつぽつと地面に色を塗る。


「海の天気は変わりやすいっていうが……早く俺たちも戻るか」


「そうですね」


「リリーベルさん。

 船長からの預かり物です」


 胸元からマリアベルの手紙を渡すと、リリーベルは驚いたように受け取った。


「ありがとうございます。

 でも何故、船長さんが……?」


「お母さんの知り合いなんだって。

 もしかしたら手紙にもあるかもね。

 これから雨だし、じっくり読んでも大丈夫だと思うよ」


「はい、そう致します。

 ムラカミさん、母の手紙を預かっていてくれて、ありがとうございました」


 深々と頭を下げると、リリーベルの金髪がはらりと流れる。


 リリーベルは母親と同じ旅路を追っているが、海上では特に母親が起こした話もないようで、持て余しているようだった。


 なので母親の手紙を渡せたことは、村上自身も心に温かいものが生まれた。


「俺は忘れ物がないか見たら行くよ。

 これから嵐だから、気を付けてね」


「はい、気を引き締めますね。

 ではお言葉に甘えて、先に戻ってます」


 中央フロアへ向かう背中を見送り、上甲板を見渡す。


 あんなにも旅客と露店がひしめき合っていた場所は、今や雨音だけが徐々に響き始めていた。


(リリーベルさんたちは部屋に戻ってもらった。

 忘れ物も無し、俺に戦う力はない――ここにいても邪魔になるだけだ)


 吹き付ける風の中、村上も立ち去ろうとしたとき、中央フロアへ続く扉の前で、ミナトとナミカゼが空を見上げていた。


「ムラカミちゃん、えらい繁盛してはったな」


「今回ばかりは繁盛させたかったからな」


「珍しくやる気やな。

 商人ギルドでも名のある僕を追い抜いたのは、流石やと思うわ」


「ミナトさんも商材を増やしたらいいんじゃないですか」


 ぼそっとナミカゼが呟くと、ミナトは細い目をさらに細める。


「ムラカミちゃんところで、一人だけ旨そうな飯食ってた護衛に言われたないわ!」


 ふんっと小さく鼻を鳴らして、ナミカゼは壁を背に腕を組んだ。


 どうやらそれで話は終いらしい。


「正直、ムラカミちゃんに負けたのは悔しいが――船に紹介したのも僕やから、鼻が高いのもあって複雑な心境ですわ」


「はは、ありがとう、ミナト」


「それにいつの間にホワイトラビット商会に顔が利くようになったのかも驚いたわ。

 まさか娘の災厄カラミティ=アリスの少女があんな楽しそうに店員をするような子だとは思わんかったわ」


「優しい子なのさ」


 あとでミナトにも真実を伝えて、その体験した気持ちを広めてもらおうと思ったとき、ナミカゼがハッと彼方を見上げる。


 併せたようにいつの間にか振り出した豪雨の中で、船員が何度も鐘を叩いた。


『翼竜、前方にてヘルメスを補足したと見えます――!!』


 雨音にかき消されそうになりながらも、海の男の伝令は何とか村上たちにも届いた。


「翼竜――ワイバーンって奴か?」


 強い雨は視界を奪い、目を凝らしても船首は良く見えない。


「良く知っていますね。

 ドラゴンの一種で、飛行に特化したタイプです。

 たまに大陸を渡る最中にはぐれるとは聞きましたが、まさか本当に出会うとは」


 先頭に特化した船員たちは雨が降りしきる中でも、革の鎧に身を包み、各々弓を構えてタイミングを計る。


「この船には他に傭兵はいないのかな……?」


 つい口にこぼしてしまったが、だからこそ船長は村上にも戦力を訪ねて来たのだろう。


「翼竜とやり合えるのは、おらへんやろね」


 ちらりとミナトはナミカゼを見るが、ナミカゼは動く気はなさそうだ。


「僕が出るまでもないです。

 はぐれた翼竜は群れに帰りたいだけ。

 船の戦力も普段からドラゴン狩りする考えで編成されてはいません」


「せやな。でもなんか腹好かせて凶暴そうな叫び声をあげ取るで?」


 言われてみれば、雨音に負けず、ぎゃあぎゃあと叫んでいるような気もする。


 翼竜はさらに船へと近づき、戦闘開始は時間の問題だ。


「ならもう一人の娘の災厄カラミティ=アリスに頼むしかあらへんな」


 ナミカゼは目をつむり、再び壁に背を預けようとしていたが、わずかに踏みとどまる。


「都を一つ消し去った子や。

 翼竜なんて訳ないやろ」


「ミナト、アリスには訳が――」


 と、村上が間に割って入ろうとしたとき、ミナトは『分かっとる』と、糸目を開けてアイコンタクトを送ってきた。


 どうやらアリスに戦闘力がないのは、予想されているようだ。


「あの子なら一瞬やろなあ。

 冒険者ギルドやのうて、ホワイトラビット商会のトレジャーハンターの方が強いって、また証明してしまうんやなあ」


「なっ――!

 の、乗りませんよその手には」


「ナミカゼ、知っとるか。

 娘の災厄カラミティ=アリスがどの子やったか」


「い、いえ知りませんけど……料理の監修だけでいなかったんじゃないですか?」


「それがおったねん。

 あの白い子、細くて小さくて、たどたどしい子やったなあ。

 まさかあの子が、ナミカゼよりも強いとは――」


「……あ、あいつが!?」


 ぎりっとナミカゼの口から、八重歯が見える。


 相当な驚きを隠せないでいるようだった。


「僕が追加料金払ったる。

 、凶暴がいることを見せたれや!」


「そ、それなら仕方ありませんね」


 どうやら、出撃しやすい理由をナミカゼは見つけたようだった。


 マントを投げ捨て、片手剣の柄に手を当てて船員たちの元へと歩き出す。


 ミルフィーユが胸ポケットから飛び出し、村上の耳元で呟いた。


「ミナト様、卓越した話術ですね。

 私も見習いたいものです」


「ああ、ほどほどにな……」


 もしかしてミナトもアリスが置かれた状況を見ていたのかもしれない。


 村上がミナトを盗み見ると、にやりと悪代官のように笑ったので、どう受け取って良いものやら。


「あ、ムラカミちゃん。

 良い匂いの物を持っとると思うから、それ、ナミカゼに投げつけてくれへん?」


「良いもの?」


「そろそろ在庫切れのはずやから。

 それで最強の噂を塗り替えれるはずやで」


 何のことかと思うと、ミナトはキツネの耳をピンとたてて、鼻をクンクンとする。


「魔獣クッキー、持っとるやろ」


「あ、ああこれか……これ!?」


「それでええ、ほら戦闘始まってまうで」


 訳が分からないまま魔獣クッキーを取り出して、船員たちの後ろにいるナミカゼ目がけて魔獣クッキーを全力で投げる。


 久しぶりの投擲だが、調子よく雨の中を突き抜け、ナミカゼは振り返らずに受け取った。


 袋を開けてバリバリと口の中に押し込む。


「ナミカゼ様のお身体が――」


 ミルフィーユが息を飲んで村上の頭にしがみつく。


 その間も全身は膨張し、2メートルほどの大きさになり、服も鎧も剣もすべて弾け飛ぶ。


 まるでその姿は――オオカミ男。


「ナミカゼは数少ないウルフ族や。

 血は薄くなったが、魔獣用の食べ物で先祖返りできんねん」


「――ウォォォォン!」


 高く吠える。


 赤毛に覆われた体毛は雨を弾き、爪は翼竜さえも一撃で切り裂きそうだった。


「一瞬や、瞬き厳禁やで」


 腹を空かせて凶暴化した翼竜を前に、ナミカゼはぐっと足先に力を込めたと思うと、刹那、姿を消した。 


「はやっ――!?」


 村上の目で追うことはできない。


 それはミルフィーユも同じようで、宙に視線を泳がせている。


 次の瞬間、重苦しい打撃音が聞こえた方と思うと、翼竜は上甲板へと落下していた。

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